ゴースト・ハウス ホラーって言えばホラー

クリステン・スチュワート“だけ”を堪能する分にはギリギリ許容できるホラー映画という感じです。
映像的な見所はチラホラあったけど、それらはすべて過去の偉大なホラー映画の模倣であるため(詳しくは後述します)手放しに褒められないモヤモヤが残る。
霊の棲む家と、昔そこで起こった陰惨な事件、そしてその家に引っ越してきた家族、その家族が抱える家庭内事情。この4つのファクターをソツなく90分で語り切る手際の良いストーリーテリングはなかなかスマートだが、いかんせん90分という短さなのでかなり駆け足になっており、全体的な内容の薄さが気になる。
はっきり言ってこの物語は『シャイニング』の丸パクりなのだが、『シャイニング』って長尺のイメージがあるけど実は119分しかない。なので尺の問題というより、単純に見せ方の問題なのだろう。
真っ昼間から幽霊が出るのはアメリカン・ホラーにしては珍しいし、幽霊というよりはクリーチャーのような得体の知れない怪物の、ストップモーション・アニメのようなカクカクした動きはすごくシュール。地面が沼になるという発想や、高性能カメラでの農場の美しいショットも特筆に値します。
それだけに詰めの甘さが目立つ。
次男にだけ幽霊が見えるという設定にこれといった意味はなく、物語の推進力として機能しない。
シャイニングのジャックニコルソンよろしくある人物が狂い出す終盤の急展開はあまりに唐突過ぎ.(シャイニングが秀逸なのは恐怖の対象が霊から人間に推移してもなおホラーの範疇に収まっていたことだ。しかし本作は霊が暴れる前半と人間が狂い出す後半とで全く別の映画になってしまっている)。
そしてラストシーンは、せっかくロマンスの相手としてお膳立てされた男友達を無視してしまう脚本の杜撰。アメリカ映画なら、きっちりヒロインのクリステン・スチュワートと結ばせなさいよ。
そして、これまた意味もなくカラスが沢山出てくるのは、言うまでもないけどヒッチコックの『鳥』。お父さんが鳥に襲われるという露骨過ぎる場面まであるが、そもそも鳥と霊の結びつきがよくわからない。どうして鳥が人を襲うの?なんか霊と関係あるの?
なんだか「『シャイニング』と『鳥』を足せば間違いないだろうし、売れっ子女優クリステン・スチュワートのネームバリューがあればゴリ押しできんじゃね?」という企画会議の様子が目に浮かぶようでした。