この映画は、ウィリアム・ピーター・ブラッディの大ベストセラー
を映画化したものである。ピーター・ブラッディは元々コメディの
脚本を書いていたが、ある悪魔憑きの事件を聞き、クリスチャンで
もあり、そろそろ本格的な小説を執筆したいと思っていたタイミン
グだったので、この小説を書き下ろした。
それが思わぬ大ヒットになって、当の本人が一番驚いているのでは
ないだろうか。
余りの大ヒットに映画会社も映画化を考えたが、内容が内容だけに
躊躇していた。しかし、これほど傑作を埋もれさすのはもったいな
いと考え、映画化に踏み切った。ピーター・ブラッディは当初自身
で監督をするつもりでいたが、映画会社が難色を示したので、せめ
て、監督は自分で選びたいと言う事で、監督の選定はブラッディが
行った。
白羽の矢が当たったのは、前作「フレンチ・コネクション」でアカ
デミーを会得し、その手腕を高く評価されていたウィリアム・フリ
ードキンが選ばれた。しかし、これが興行的には成功でも作者であ
るブラッディについては悪夢の始まりだった。
監督と作者の間でカットする場面、入れる場面とお互い意見が異常
な程、食い違い映画は成功したにも関わらず和解までに30年もの時
を費やした。
1流のキャスト、1流のスタッフで製作したこの映画も、結局は監督
の独り舞台で、彼はスタジオに銃まで持ち込んで撮影に臨んだ。
思う通りにならないと空砲ではあったが、事あるごとに銃を撃った。
この映画には、アドバイザーとして、また出演者として本物のカト
リックの神父がいたが、そう言った神父にみフリードキンは容赦な
かった。しかしながら、そこまでの鬼気迫る追い込みがこの映画を
名作たらしめた大きな要因となったのではないだろうか。
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