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夜行さん…あまり聞いたことはないかもしれないが、四国・徳島県で語り継がれている妖怪である。
主に首のない馬に乗ってあらわれる妖怪で、乗っているのは顔に大きな一つ目を持つ、髭の生えた鬼といわれている。首のない馬だけで走り回るときもあるそうだ。
夜行さんがあらわれる日は決まっていたとされる。
大晦日や節分、月に一度妖怪があらわれるとされている夜行の日など、決まった日の夜に出てきていたのだ。
運悪く、夜行さんに出くわしてしまった者は、馬の足で蹴り殺されてしまったり、命を取られてしまうらしい。
これは、外で夜行さんに出くわしただけではなく、家の中から覗いて見てしまっても同様に命を落としてしまうといわれている。
そうしたことから、昔は夜行さんがあらわれるとされている日に、外に出るものはいなくなり、家の扉をしっかりと閉めて、そのことが過ぎるのをただ静かに待つばかりだった。
万が一、夜行さんに遭遇してしまった場合、手拭いを頭からかぶり、後ろを向いて見てないを決めこんだり、頭に草履を載せて地面に伏せていると夜行さんから助かるらしい。
夜行さんのもとになったといわれている話が、現代に残っている。
昔の阿波国、今の徳島県の袖ヶ瀧山に、とても美しい公家の娘がいた。その公家は都から落ちてきた者たちだった。
大晦日の夜に、公家の一族が夜盗に襲われた。夜盗の数は多く、公家の者たちも必死で応戦した。
しかし、力の差は歴然で、公家の者たちはあっという間に切り殺されてしまった。
娘も必死で身を隠したが、夜盗につかまってしまった。娘に手をかけようとした瞬間に、不思議なことが起こった。
得体の知らない何者かが、夜盗の背中を襲ったのだ。
真っ暗な夜の闇の中で、何がいるのかもわからない状況だったが、夜盗たちはあっという間に蹴り倒されたり、食いつかれたりしたのだ。
恐怖に支配された者たちは、我が身を守るために無我夢中で武器を振り回した。
そのため、同士討ちとなり引き上げていった。
日が昇り、辺り一帯が見えるようになると、そこには無残な光景が残されていた。
夜盗によって皆殺しにされた公家の一族と、同士討ちによって倒された夜盗の亡骸がそこに広がっていたのだった。
娘は、首をズタズタにされて死んでいた馬に守られるように、息絶えていた。
それからというもの、同じ大晦日の夜になると、首のない馬と馬に跨った娘が袖ヶ瀧山から駆け下りてくるという。
その姿を見てしまった者は、命を落とすといわれ、現代も語り継がれているのである。
こういった夜行さんの話は、徳島県だけでなく東京の八王子でもよく似ている話が残っている。
かつて、徳島県では、大晦日や節分の夜など夜行さんがあらわれやすい日の、夜の出歩きを戒める日としていた。
夜行さんは、首がない馬と一つ目の鬼がいつも一緒というわけではない。どちらかといえば、首がない馬だけといっただけのほうが多いらしい。
今の徳島県の三好市では、節分の日に、家の中で食事の話をしていると、夜行さんが毛むくじゃらの手を差し入れてくるという。
同じ四国である、高知県高岡郡の越知町野老山辺りでは、夜行さんのことをヤギョーと呼んでいる。
夜になると遊行僧が持つ錫杖の音を鳴らしながら、山道を通るといわれ、その姿は誰も見たことがない。
現代でも、夜の道を歩いていると不思議な感じがする時があるだろう。
そのような時はきっと、魑魅魍魎や夜行さんといった妖が、すぐ近くを通っているのかもしれない。
決して振り向いたり、その姿を見ないように…