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誰もが、夜の道はなにかと心細く感じてしまうものだろう。
街灯が少ない夜の道を、一人で歩いている時は、恐怖も増してくるように感じてしまう。
ただでさえ、夜の道というものは不安になりがちだ。
暗闇ではささいな音も気になってしまい、知らぬ間にその一歩が早くなってくるのだ。
べと…べと…
何かが、後ろをついてくる気配を感じたことがあるかもしれない。
恐怖を押し殺して、思い切って振り返ってみても、後ろにはもちろん誰もいない。
そういったときは、目に見えないこの世のものではない何かが、あなたの後ろをついてきているのだろう。
物の怪や妖の中に、夜の道を一人で歩いていると、後ろからついてくるものが確かに存在するとされる。
その妖怪は、べとべとさんと呼ばれる。
名は体を表すように、かわいい名前のべとべとさんは、どちらかといえば怖くない妖怪の部類である。
べとべとさんの話は、静岡県や奈良県に多く語り継がれている。しかし、べとべとさんは、全国各地にいると考えられている。
夜の道で気配を感じることがあっても、そこにべとべとさんの姿や形などはなく、べとべとといった、足音のみ聞こえてくるのだ。
後ろから感じる気配は、決して気持ちのよいものではない。
しかし、べとべとさんは、ただ後ろをついてくるといっただけで、特に危害をくわえたりはしないのである。
時に、足音や気配だけならず、べとべとさんとは話をすることができるのだ。
思いもよらず、べとべとさんに出くわしたときは、「お先にどうぞ。べとべとさん。」と声をかければよいのである。
これが、べとべとさんに出くわしたときの、一番良い方法なのだ。
声をかけられたべとべとさんは、追い抜いて、先へ行ってくれるとされている。自分の後ろで、さっきまでしていた足音が自然と無くなり、べとべとさんが先へ行ってくれるのだ。
語り継がれている話の中にも、こういった話は残っている。
ある村の男が、一人で夜の道を歩いていると、後ろから男をつけてくる足音に気付いた。
男は、べとべとさんがついてきているのだと思い、声をかけた。
「べとべとさん、お先にどうぞ。」
これで足音はやむはずだったが、男の耳には別のものが聞こえてきた。
「自分が先に行くと、暗くて歩くことができない。」
べとべとさんが、そう返事をしたのだった。
それを聞いた男は、自分が持っていた提灯を、べとべとさんに手渡した。
夜が明けた翌朝、男の家の前には提灯が置かれていたのだ。その提灯は、昨日の夜、男がべとべとさんに手渡したものだった。
男に提灯を借りたべとべとさんは、きちんと返しに来ていたのだ。
こういった話からも、べとべとさんは、人に危害を与えるような妖怪ではないといえる。
姿や形がなく、足音だけといった妖怪は、べとべとさんの他にも、福井県に存在する「びしゃがつく」といったものがいる。
現在見ることができるべとべとさんの姿は、水木しげる氏によって創造でつくられたものだ。
大きな丸い輪郭の顔から、二本の足が出ており、その顔には大きな三日月形の口がある。
そのため、怖がられることが少なく、逆に可愛いイメージを持ち、人気のある妖怪であるといえる。
しかし、あなたが、一人で夜の道を通ることがあったときは、後ろからついてくる気配に注意したほうがいいだろう。
足音が聞こえたのなら、息を押し殺して後ろを振り返ってみよう。
べとべとさんだった場合は、声をかけて先に行ってもらえればいい。
もし、べとべとさんではなかった場合は…