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置行堀(おいてけぼり)は、東京の墨田区が舞台の怪談の1話である。
「おいてけぼりを食らう」という風に昨今でも使われる言葉の語源であり、魚を釣る「堀」にまつわるものだ。

その昔、現在の錦糸町付近で魚を釣っていると、思いのほか良く釣れた。
夕刻までにかなりの数が釣れたので、気を良くして帰ろうとしたところ「置いてけ」という声が聞こえたと言う。
恐ろしくなって魚を入れた籠を持ったまま逃げ帰ったが、家に着いて籠を覗くと魚は1匹も入っていなかったという言い伝えだ。
あれだけ釣れた魚が1匹もいないという点と、堀からの「置いてけ」という声が合わさり、立派な会談として伝わっている。

また、この話は1つではない。
置いてけという声に驚いて籠を放り出して逃げたが、後から籠を覗くと魚が入っていなかったというものもある。
声を無視して籠を持ち帰ろうとしたところ、堀の水の中から手が出て引きずり込もうとしたというものや、側を通った人が魚を取られるという出来事もある。
いずれも魚を置いていくことで回避できたようだが、この話は現代でも落語や怪談話として語り継がれている。

現在の東京に、かつて「置いてけ堀」と呼ばれる池が存在した。
ここで魚を釣った場合、3匹は返してからでないと帰れなくなるという言い伝えがある。
釣った魚のうち3匹を池に戻すと無事だが、魚を返さないままだと道に迷って家路に着けなくなるというのだ。
そして、さっき釣った魚も1匹残らず取り上げられるという。
埼玉県には今でも「置いてけ堀」という池が存在する。
ここもまた魚を釣ると、「置いてけ」という声が聞こえる現象が起きると言う。

これらの声の正体については、地方によって諸説ある。
最も多いのは河童やタヌキが化けて出たというものだ。
現に東京には多くの場所に河童が出たとする言い伝えが残っており、錦糸町公園には河童の像が立てられている。
この像の後ろに置行堀の伝承が記されているのだ。
そのため、これにちなんで河童が釣り人を驚かしたのではないかと考えられている。
またタヌキは、同じく東京に狸塚というものがあることから、タヌキが悪さを働いたものという説がある。
いずれも日本を代表する妖怪であることから、こうした現象の元にされている。

一方、池や沼の主が起こした怪現象だという話もある。
池や沼には特別大きなサイズのナマズやフナなどがいて、これらがその場所の主であると言うのはよくある伝承だ。
例えば、奈良県に伝わる大きな鯉もその1つであろう。
その大きさは4尺(120㎝前後)とも言われ、たいそう大きいことがわかる。
こうした主が自分の住家である池を守ろうとして「魚を置いてけ」と声を発したのではとされるのだ。
俗に、普通よりも大きくなった生き物には不思議な力があると言われる。
怪奇現象を起こしたり、捕まえようとした人の命を奪うのもその1つだ。

もしくは、ギバチという魚の出す音がこの声に聞こえたのではないかとも言われている。
この魚はナマズの仲間で、胸鰭のトゲをこすり合わせて音を出すことがあるのだ。
水質の影響を受けやすいため昨今は数が減っているが、置行堀の怪談がはじまった時代には川にいたと言われる。
このギバチの音を「置いてけ」と聞き間違えたという説だが、当時珍しい魚とは言えないギバチの音を知らないとは考えにくい。

未だにはっきりとした解明のできない置行堀の伝承。
日本の伝統的な妖怪が絡んでいることから、この話もまたれっきとした妖怪伝説に違いない。