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隠れ里とは、日本中にあったとされる理想郷のようなものである。
なにかの拍子にうっかり足を踏み入れるものであり、1度抜け出すと2度とたどり着くことができないと言われる。
この世界に入った者は手厚くもてなされるので、たいそう気分が良いのだという。
平和で争い事がなく、食べ物や財に困ることのない理想的な土地である。
この隠れ里では、時間と日付の流れが現世と大きく異なる。
自ら望んでもたどり着けるものではなく、一般的には穏やかで優しい性格の者が行ける場所として知られるのだ。

日本各地によって隠れ里の状況は異なる。
岩手県にあったとされるのは、山の中の奥深く。
立派な御殿が建っており、迷い込んだ女が中へ入ってみた。
しかし中には人1人おらず、なぜだか恐怖を感じた女はそのまま御殿を後にして家に帰った。
翌日、女が川の近くを歩いていると川上から立派な椀が流れてきた。
不思議なことに、この椀ですくったものは量が減らず、女の家はそれ以降栄え続けたとされる。
また、長い時間を隠れ里で過ごした男の話もある。
ある朝、庭の池の上から美しい女が手招きしてきた。
男が近づくと、女から夫婦になってくれと言われる。
男には妻子があったが、あまりの美しさに女に着いて行ってしまった。
たどり着いた場所では、これまた美しい女たちが男を丁重にもてなしたため、すっかり気に入ってしまった。
しばらくして妻子のことが気になった男は、そろそろ帰りたいと申し出る。
すると女は、沢山の財を与えているから心配ないと言い、帰そうとしなかった。
しかし、どうしても妻と子に会いたい男は懇願し、女は折れて許してしまう。
ただし、このことを口外してはならぬと強く言われ、男も了承して家に帰った。
すると、わずかしか経っていないはずの日にちが3年にもなっていた。
家では自分は死んだことになっており、話のとおり財のある家になっていた。
妻から問い詰められた男はうっかり隠れ里の話をしたのだが、その瞬間に腰が曲り、廃人のようになってしまったという。

このような話が日本中で伝承されており、いずれも隠れ里に2度行った者はいない・心の美しい者しか入ることができないと言われている。
この隠れ里の話を聞くに、昔のおとぎ話にも似たような話がぽつぽつと出ているのだ。
例えば浦島太郎。
彼は竜宮城という現世とかけ離れたところへ行き、玉手箱を土産にもらっている。
それを開けた途端に年寄りになってしまったというのだから、3年も隠れ里に居た男の話と良く似ている。
おむすびころりんには、おむすびが転がった先に隠れ里があった。
ネズミの穴から入ったその世界で、爺は小さな箱をもらって帰宅している。
この箱からは大量の小判が出てきて財に困らない家になった話だが、椀を拾った女の話と似ている。
逆に意地悪で欲深い爺が同じ場所に行っても、もらえたのは百足やヘビが出てくる箱である。
欲のない正直者だけに富や財宝が与えられるという点も同じである。

山では山中の洞窟が隠れ里への入り口であり、海では海中に竜宮の城があるとされている。
一種の異次元のような空間であるが、ただの夢だった話では片づけられない。
現にそこから戻った人々は長い年月この世を去っており、近所の者や家族でさえも行方を知らないのだ。
ある日突然入ってしまう隠れ里。
望んでもたどり着けず、2度目は入ることのできない理想郷。
昔の貧しい暮らしから逃げ出したい人たちの憧れが生み出した異世界とも言える。