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笑般若、笑い般若は江戸時代の浮世絵として、長野県の伝承にみられる不気味な女の妖怪と言われている。

日本の能に出てくる般若と違い、こちらはマイナーな般若なので、知っている方は少ないものとされているのも、笑般若の特徴である。

これに描かれている笑般若は、顔立ちを見ると日本人の顔をしていないため、どこか国籍不明の般若と言われている。
しかし鋭い角と牙を持ち、子供の顔を持って、蚊帳の上から不気味に覗いている姿は、妖怪としては非常にインパクトがあるようにも感じられる。

長野県の伝承と言われるが詳細は不明で、絵の感じやタッチから見れば、どこか中国風で不気味な様子も北斎のタッチで細部まで描かれている。

葛飾北斎の浮世絵の代表作『百物語』では「笑いはんにや」と題し、角と牙を生やした鬼のような女が、稚児の生首をつかんで
狂気ともいえる笑顔を浮かべた姿が描かれていてとてもインパクトのある画に仕上がっている。

更に女が手にした子供の首は、果物のザクロのようで、不気味な様子に拍車をかけているものであるが、もともとザクロは
昔から特に人の味に似ているなどと噂されてきた果実なので、子供の頭をザクロに見立てて描いたのではないかとも言われているようだ。

また江戸時代でも、口減らしのために山に子供を置いてきぼりにしたり、間引きという行為はよく行なわれていたために
生活苦で生まれたばかりの子供を殺してしまったり、家によっては食べてしまうということがこの時代は普通に行なわれていたが、これは多くの子を持つ
家庭では仕方なく行われていたことなので、あまり珍しいことでは無かったと言う。

生活苦のあまり自分の子を泣く泣く間引いてしまった母親が、子供を喰ってしまうという笑い般若と呼ばれる妖怪に姿を変えたといわれているのである。

河鍋暁斎による画集『暁斎漫画』でも笑い般若が描かれており、人間の女性が邪心から鬼女に変化したものとされた。

長野県東筑摩郡にも、笑い般若と呼ばれる妖怪の伝承があるが、詳細は不明とされている。

ある説によれば、もともとは普通の女性であったが、生活苦のために我が子を間引きせねばならず、山に置いて帰るくらいならと
自分で食べてしまったともされていて、その女の怨念が生み出した妖怪ともされている。

幼児を攫って食べる鬼女の笑般若は山奥に棲んでいて、夜中になるとボリボリと子供を食べる音と、不気味な笑い声が山中に響くと言われていた。
 
もともと般若は女性が怒りや憎しみから、鬼の姿になってしまったものであり、日本の能の世界では般若には様々な派生があり
笑般若はその中でも残虐性が高い般若と呼ばれて、マイナーでありながらも現在も恐れられている。

またこの笑い般若には一つの説があり、子供を欲しくても出来なかった女性が他女性に対する妬みから生まれ、その女性の強い
怨念が笑般若という恐ろしい妖怪となって、現れたのではないかとも言われているようである。

葛飾北斎と言えば、日本を象徴する富士山など素晴らしい作品を世に残している浮世絵画家として知られているのだが、この笑般若は
いつ見てもインパクトのある不気味な般若が、稚児の首を指差して蚊帳を覗いて笑っている奇怪な画として、現在も美術館に残されている。

葛飾北斎の百物語では無垢な幼児の表情と、口元に血を付着させながら笑う般若の対比が生々しい作品だが、間引きのあった
この時代の背景を考えて描かれたものとも言われているようだ。

また現在でも、東京国立博物館蔵では「笑ひはんにや」という名称で展示されているので、ご覧になられると良いだろう。