地元の知り合いから聞いた話。

昔、紀北地方の直川村に十郎という猟師が暮らしていた。
十郎は鉄砲を使わず、もっぱら“かすみ網”で鳥を捕ることを生業としていた。
鉄砲打ち達の陰口などどこ吹く風、単身で山に行っては、仕掛けの網を張りめぐらし、たくさんの鳥を捕まえていた。
肝の太い男で、かかった獲物を取るため、真夜中の山に一人で入るのも平気だったという。村の古老から「必要以上の殺生をするな」と窘められても鼻で笑うような、不信心な男でもあったそうだ。

その年の冬は例年になく寒さが厳しかった。
流石の十郎も家と山を何度も往復するのを嫌がり、網を仕掛けた場所近くの谷に小屋掛けをして寝泊まりすることにした。
ある晩、いつものように真夜中に起きて網場に行き、かかっていた鳥を絞め殺しては袋に投げ入れた。
小屋に戻ると、獲物で大きくなった袋を戸口にかけて、自分は一眠りと横になった。

しばらくして、戸口の方からする物音で目が覚めた。
近付いて戸を開けてみると、得体の知れない大きな影が戸口の前に立ち、袋から鳥を掴み出していた。
月明かりに照らされたその姿は、顔は人間のようだが無毛で、首から下は毛むくじゃらの化け物だったそうだ。そいつが二本の足で立ち、袋から出した鳥を引き裂いては貪り喰っていた。
流石のことに十郎も、ガタガタ震えて冷や汗を流しながら戸口で立ち竦んでしまった。
化け物は袋の鳥をあらかた喰い終わると、山の奥へとゆっくり引き上げていった。
ただ去り際に、十郎の方を向いて、血に染まった口を歪めニタリと笑ったそうだ。

翌日村に飛んで帰り、古老に昨夜の出来事を話すと、
「お前は二度と山に入ってはいけない。猟師は廃業しろ。今度山に行ったら喰い殺されるぞ」
と言われた。

その日から十郎は一切猟を止め、百姓として暮らしたそうだが、腑抜けたようになってしまい、数年後に亡くなったという。
村の人々は、十郎が小屋掛けしていた谷を「十郎谷」と呼ぶようになり、決して近付かなかったそうだ。