南アフリカ共和国のクラークスドルプ市立博物館に展示されている小さい金属の球がある。直径約4cm、3本の溝が並行して周囲に刻まれているこの球は、パイロフィライトという鉱石を産出する同国の鉱山で見つかった。鉱山ではここ数十年間で同じような金属球が数百個も発見されているという。聞き慣れない名前ではあるが、パイロフィライトは日本でも産出されており「葉蝋石」「ろうせき」と呼ばれている。古来より印鑑や彫刻の材料に使われるほか、近年では粉末状にしたものが陶磁器、合成ダイヤ、絶縁体など幅広い分野で活用されている。先ほどの鉱山ではそんなパイロフィライトを石ごと切り出した際に、謎の金属球が頻繁に埋もれているらしい。
材質は不明だがとても固く、鉄の刃物でも傷がつけられない。サイズはまちまちだがどれも小さく直径数cm程度。内側まで固いものもあれば、内側が空洞で繊維物質が詰まっているものもある不思議な金属球だ。規則正しく線が引かれているあたり人工物のように見えるのだが、パイロフィライト層ができたのはおよそ28億年前の先カンブリア時代。その頃に人工物が作られたとはおよそ考えられないだろう。人類はおろか高等生物もおらず、原始生物くらいしかいない時代であるから、なぜそんな時代の地層に金属球が埋まっているのかがまるで分からない。
ポットチェフストロム大学の地質学者A・ビショッフ教授は、金属球を「褐鉄鉱凝結体」だと述べた。これは岩石中にときおり生成される自然の産物で、粒状物質のまわりを褐色鉱という鉄鉱が包んでいるに過ぎないという。だが、金属球が鉄の刃物で傷つかない点はこれでは説明がつかない。教授があげた褐色鉱の硬度は、金属球の硬度よりはるかに下回る数値だからだ。そして褐色鉱の塊は見た目もいびつで表面はザラザラしているはずだが、発見された金属球はなめらかな表面をもつ美しい球体という矛盾が生じていた。ちなみにパイロフィライトの硬度は褐色鉱よりさらに低いため、やわらかな石のなかに固い金属球が散らばる奇怪な現象が起こっていたのだった。専門家による分析は行われていないが、博物館館長によると金属球はガラスケースの中で1年に1、2回、反時計回りに自転しているとのこと。奇妙ではあるが、これは金属球が磁性をもっている証明であり、地球の磁場と何らかの関係があるのではと言われている。
また、この地方の先住民ズールー族のあいだでも金属球にまつわる言い伝えがあり、彼らが言うにはこれは大昔に航海者たちが方位磁石として使っていたそうだ。さらに、ズールー族の神話を一冊の本にして出版した一族の霊能者、クレド・ムトワはこのように語っている。「何千年も前のこと、金やダイヤを求めて海の向こうから大勢の民がやってきた。その中には一族にとって聖なる鉱石であるパイロフィライトを目的とする航海者の集団もいた。ズールー族の者が作業を手伝うと、彼らは感謝の意をしめす品として貴重な金属球をおいて帰っていったのだ」と。
ではなぜ、パイロフィライト層に何百個も埋められていたのか。そもそもそれが真相だとして、海の向こうで使われていた金属球の全容は謎めいたままである。自転の仕組みや材質などについても、未知の部分が多すぎるのだ。何でもないような小さな鉄の球でも、発見された場所や状況によっては背景に壮大なミステリーが隠れている。古代の伝承をたどるまでに存在の謎をはらんだ金属球は、いつか解明される日が来るだろうか。
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