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西日本を中心に伝わっている伝承の中に、【牛鬼】というものがある。
獰猛で残忍な性格の持ち主であり、顔が牛で体が鬼である妖怪と伝わっている。
もしくは、顔は牛だが体が蜘蛛だとも言われ、いずれにせよ人を食い殺すような恐ろしい妖怪だと言う。

現在の三重県に伝わる牛鬼は、昔、南伊勢の洞窟に牛鬼が住んでいたというものだ。
五ヶ所城の城主だった男がこれを弓で射て退治したところ、不治の病に倒れたと言う。
また、和歌山県にある牛鬼淵は、水が濁ると牛鬼が出るという言い伝えがあった。
ここに出る牛鬼は出会っただけで人を病にかけてしまうほどの力を持っていたとされる。
上戸川には滝壺に牛鬼が住んでいると言われ、これに影を踏まれると数日のうちに死ぬとされていた。
毎年滝壺に日本酒を供え、牛鬼が出ないようにしていたと言う。

主に海岸に出ると伝わる牛鬼は、山陰地方から九州では実際に海岸沿いに出たと言う話がある。
釣りをしていた村人の元に女が近づいてきて、赤ん坊を抱いてくれとせがんだ。
釣り人が赤ん坊を受け取り、顔をあげると先程の女の姿がなかった。
すると海から牛鬼が現れ、抱いた赤ん坊は岩のように重くなったために逃げ出せず、牛鬼に食い殺されたという。
牛鬼が女に化けて出るとも言われていたが、水にうつった姿は変えることができないので、水辺で姿を見破ることができたと言う。

こうした伝承が多いため、牛鬼は非常に恐れられていた妖怪であることがわかる。
現在の地名にも【牛鬼】という場所が多いのだが、かつて牛鬼が出たといわれる由来がある。

西日本に主に見られる牛鬼伝説だが、東京にも牛鬼が出たという古典が残っている。
むかし現在の浅草寺に牛の姿をした妖怪が現れ、寺にいた24人がこの悪い気を受け、そのうちの7人が死んでしまったという。
また、隅田川から牛鬼が現れ、牛島神社に飛び込んで【牛玉】という玉を残したという。
それからこの神社では牛玉を祀り、現在でも狛犬の代わりに狛牛がいるのだ。
神社を守るものとして大切に扱われているのがうかがえる。
ここには【撫で牛】という像もあり、自分の体の悪い部分と同じところを撫でると、あっという間に良くなると伝わっている。
悪い事ばかりでなく、こうした良いことももたらすものなのである。

現代にも牛鬼のものとされる遺物があり、徳島県には牛鬼の頭のミイラが存在する。
所有者の先祖が村人の依頼で牛鬼を退治し、持ち帰った首だという。
福岡県には牛鬼の手のミイラが保管されている寺がある。
むかし牛の顔に体は鬼の姿で牛鬼が現れ、不可思議な力で近隣の人々を苦しめていたと言われる。
誰もが退治できずに困っていたところ、この寺の住職が念仏で退治したというのだ。
退治した牛鬼の手をこの寺に、首は都に、耳は現在の耳納山へ納められた。
耳納山の名前はこのことに由来するものとして有名である。

香川県にある根香寺(ねごろじ)には牛鬼の角が納められている。
この寺で退治された牛鬼はこれまでのものと違い、サルのような顔にトラのような体をしていたと言う。
また、両方の前足には皮膜があり、ムササビに近い姿をしていたと伝わっている。
テラにはこの牛鬼の角の他に掛軸が納められているが、現在は掛軸の実物を拝見することはできない。
寺には牛鬼の石像が建てられているが、姿は恐ろしいものである。

日本で広く知れ渡る牛鬼は、現在でも地名や遺物と共に語り継がれている妖怪だ。

各地での逸話
岡山県、牛窓町(現在は瀬戸内市)に伝わる話では、、神功皇后が三韓征伐の途中、塵輪鬼(じんりんき)という頭が八つある牛の姿をした化け物に襲われ、弓で射殺した。その際、塵輪鬼は、頭、胴、尻尾に分かれ、それぞれ、牛窓の黄島、前島、青島となったとされている。
その後、成仏することができなかった塵輪鬼は、ここで「牛鬼」に化け、襲い掛かったが、住吉明神が角をつかんで投げ飛ばし、牛鬼は滅ぶ。
滅んだ後、体の部位がバラバラになり、黒島、中ノ小島、端ノ小島に変化したとされている。
牛窓の地名は、この伝説の地を牛転(うしころび)と呼んでいたものが訛ったものが由来とされている。

愛知県宇和島地方の牛鬼伝説は、伝承の中でも特に知られているようだ。
牛鬼はかつて、家畜を襲っており、喜多郡河辺村(現・大洲市)の山伏が退治を依頼されたという。
そして、牛鬼と戦いを繰り広げ、山伏は、ホラ貝を吹いき、真言を唱えると、牛鬼はひるみ、その隙に山伏が眉間を剣で貫き、体をバラバラに切り裂いたとされる。
その後、牛鬼からは七日七晩、血が流れ続け、淵となったという。
この話は、高知県土左山、徳島県白木山、香川県根来寺にそれぞれ牛鬼淵の名で後に伝えられている。
別説では、愛知県に出没した牛鬼は、顔が龍で、体が鯨だったという。
同じ伝承でも、地域によって著しく牛鬼の形状が違うことから、妖怪研究家の山口敏太郎は、水から上がってくる大型の怪物を全て牛鬼とされていたのではないかと述べている。
牛鬼はツバキの根だった説
牛鬼の正体、それはツバキの根という説があるようだ。
日本では、ツバキには神霊がやどっているという伝承があるのだが、牛鬼を神の化身とみなしている解釈も存在し、逆に、悪霊を祓ってくれる者として敬われている所もあるそうだ。
ツバキは、岬や海辺にたどり着いて、聖域に生える特別な花として、神聖なものとされている事から、「牛鬼が出現する場所を表している」との説もある模様。

牛鬼伝説が根強く残っているのは、それだけ恐れられた存在であることを示しているのだ。