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鮭の大助とは、名前の通り鮭の妖怪である。
妻の「小助」と一緒に川を上ると言われる伝承がある。

その昔、濃川近くに金持ちの男がいた。
毎年11月15日になると地域の漁師たちは漁をしない習わしがあるのだが、男はこの習わしが「鮭の大助」が出るとされていたことに疑問を抱いた。
そしてある年の11月、漁師たちに「鮭の大助を捕まえてはどうか」と提案した。
この鮭の大助・小助は、川を上るときに「鮭の大介、いまのぼる」という低く恐ろしい声を発すると言う。
この声を聴いた者は死んでしまうとされていたため、漁師たちはこぞって提案を拒否した。
しかし金持ちの男の権力に負け、仕方なく11月15日に鮭の大助捕獲をすると約束してしまった。

そして15日、川に金持ちの男と漁師たちが集まり、鮭の大助・小助を捕まえるために漁を開始した。
普段なら良く捕れるはずの魚は1匹も網にかからず、漁師たちは気味が悪いと騒ぎ出した。
鮭の大助どころか小魚すら捕れない事に恐怖を感じ、金持ちの男よりも鮭の大助を恐れて漁をやめてしまった。
金持ちの男1人を岸に残して、漁師たちは皆家に帰ってしまったのである。
時刻はすでに真夜中になっており、金持ちの男も引き上げようとしたところ、目の前に銀髪の老婆が立っていた。
そして男に「今日はご苦労であった」と言ったのだが、男の意識はだんだん遠のいていく。
薄れる意識の中で男が聞いたのは、大きな水音と、「鮭の大助・小助、いまのぼる」という声だったと言う。

こうした伝承があるため、この時期には川で仕事をする者は絶対に川に入らず、仕事をしばらく休むのだと言う。
そして鐘を鳴らして歌をうたったり、酒を飲んで、鮭の大助・小助の声を聴かないようにしたのである。

この風習は決して昔の話ではない。
現在でもこの伝承は信じられており、毎年11月になると近隣の家々に「鮭の大助くる」といった内容の回覧板が回ってくる。
これが来ると近隣住民たちでカラオケ会場を作り、酒やつまみを大量に集めて祭りの準備を開始するのだ。
比較的最近の話だが、祭りの期間に子供が亡くなったという話がある。
住民たちが祭り会場でどんちゃん騒ぎをしていたときのことだ。
突然、会場全体が騒然とし、1人の子供の周りに大勢の大人の群れができていた。
大人たちはしきりに「聞いたのか?」と子供に問いかけ、子供に対して憐れむような目を向ける。
祭りから3日後、その子供は心臓が破裂するという不自然なかたちで死亡した。
まさにその子供は、鮭の大助の声を聴いたのだと言う。

こうした、ただの伝承では済まない事例があることから、各地で未だに風習として行われている。
山形の最上郡真室川町安楽城(あらぎ)では、大日様(だいにちさま)の祭りという風習があり、この祭りが終わらないうちは鮭漁に行ってはならないとされているのだ。
最上小国川沿岸では耳をふさいでつく「耳ふさぎもち」をつくようになっている。
また、最上川下流の庄内平野や新庄盆地でも太鼓を叩いて賑やかな音を立てたり酒を飲んで騒ぐ風習があり、いずれも鮭の大助の声を聴かないようにするためのものだ。

鮭の大助は鮭の王であり、彼が川に戻ってくる日には漁に使うしかけを解いて川に上れるようにしてやるのが習わしなのだ。
捕れる数を調整するという意味でも必要なことだと考えられている。
こうした伝承と風習によって毎年豊かな鮭の到来を招いているので、鮭の大助伝説は結果的に町のためになっているのかもしれない。