今から五年ほど前の夏の夜のことです。
八月に入り、夜になっても昼間のような蒸し暑さが残る夜道を、夜中の1時くらいに私は一人家路を急いでおりました。
なんてことはない、いつも帰り道に使う住宅街の路地。
いまだ銭湯やら木造住宅が立ち並ぶ下町の夜道。 人通りはなく、ぽつんとついた電灯のジジジッという電気音が聞こえるほどの静寂さ。
私は次の日の予定を考えながらただ歩くのみです。
そのとき、なんと言うのでしょうか?
生温い風とともにお香の匂いのようなものが前方から漂ってきまして、思わず立ち止まりました。
ひたすら、下を向いて歩いておりましたので前方数メートル離れた街灯の下に人が立っていることに気がつきませんでした。
いくつかの街灯のおかげで女性ということがわかりました。
みたところ、浴衣をきていて髪を結っていたようですが、佇まいのみでその浴衣の柄などはもちろん見えませんでした。
なにしろ下町ですから、浴衣を着ている女性も夏になれば何度か見ましたので不信には思いません。
そのまま私は普通に歩みを進め、その女性へと近付いていきます。
あることに気がつきました。
浴衣の女性は首をかしげるように、何度も首を横に曲げ佇ずんでいます。
その時点で、なんだか気味が悪くなり、『あぁ…早く追い越さなければ…』と幽霊などというよりは、変質者か何かかとびくびくしておりました。
近づくにつれ、その女性は私の進行方向と同じ方向に身体を向けているようで、腰の帯が見えておりました。
なんだか顔を見るのも怖い…
私はなるべく下をむいたまま、その女性の脇を通ろうとしました。
相変わらず女性は首をかしげるように佇んだまま首を横に倒しておりました。
女性を追い越す瞬間が近づくと同時に
嫌な冷や汗が私の頬を伝うのがわかります。
なるべく下をむいたままその女性の脇を通り過ぎて、一安心。
後ろを振り向いて顔を確認する勇気なんぞはなく、そのままダッシュして逃げるのも変質者であればかえって、刺激してしまうだろうと思い、普通のペースで歩いていきました。
その瞬間
カラカラカラカラッ
数メートル後ろから音がしまして、振り返ると
先程の女性が近付いてきておりました。
『え?下駄の音?』
いいえ、下駄の音ではありませんでした。
カラカラカラという音は
その女性が首を左右に傾げるたびに、音がなり、 女性の足元を見ると走っているのではなく、地面を滑るように首をかしげながら私に近付いてくるのがわかりました。
恐怖のあまり叫びながら走り路地の終わりの大通りまで一気に駆け抜けました。
大通りにはまばらではありましたが人通りが…
酔っ払いのお客さんを見送るスナックのママさんや飲み屋帰りの人達…
慌て後ろ、つまり路地を振り返りましたが
そこに女性はもうおらず、ただ ただ 静かないつも通りの暗闇が広がるのみ。
いまだにあの女性がなんだったのかわかりません。
かつて事件があったとも聞いたことはありませんが、その昔、その路地には何件もの遊郭があったという歴史のみ覚えていていただきたいのです。
つまらないお話、最後までお読みいただき有り難うございました。
怖い話投稿:ホラーテラー パタリロさん
作者怖話