最近久しぶりに、十年来の友人に再会したのだが、どうもおかしい。
お互いに就職して地元を離れたのだが、
私の会社の近くに彼女が転勤してきたことから、久しぶりに遊ぶことになった。
昔は色白で少しぽちゃっとして、少し色っぽい美人だったのだが、
痩せたせいか目がつり上がり、口が妙に大きく見えた。
化粧のせいか、小さく黒目がちタレ目だった目が大きくなっていたのだが、
輝きが全くなく、死んでいる。
こちらに視線をあわせて話をしていても、視線がどこか定まっていないような感じを受けた。
服装や髪型は小綺麗に整っていたものの、ふと横を向いた瞬間に、髪の毛が少し少ないように見えた。
見た目だけでなく、行動も少しおかしかった。
彼女の運転している車の助手席に乗っていると、前の車がやたら遅い。
よく見ると、落ち葉マークをつけた軽トラだった。
彼女はゆっくりとウィンカーを出して失礼のないように追い越すと、運転しているおじいちゃんをちらりと見ながら、
「あんな年になってまで運転させるのは少し可哀想だね。
おじいちゃん事故に遭わないといいなぁ……」
と眉を下げて呟いた。
私は少しほっとした。
見た目は少し変わっても、昔からの優しい友人に変わりはなかったと。
中学の時からの付き合いだが、誰にでも優しく、労りと相手の立場に立つことを忘れない子だった
ところが……
また暫く走ると、また同じように少し遅い車がいた。
同じ軽トラで、今度は落ち葉マークも何もついていない。
開いた運転席の窓から、タバコを持った男性の腕が見えた。
おそらく、60くらいのおじちゃんだろう。
眠気を覚えていた私は、ぼんやりと前の車を眺めていた
突然、車内にゴン!という音が響き、目が覚めた。
隣で友人がハンドルを握り拳で叩いている。
「………なんでッ、わぁ(方言で自分の意、女性はあまり使いません)がォめぇみでぇな屑やろうに………人生無駄にされなぎゃなんねンだよぉぉお………
ごろスぞぉお…………ぁぁあ?!!!!!」
声も全く違う。
喉が潰れたんじゃないかと思うくらいの嗄れ声で呟き、連続してハンドルをガンガンガンガン叩いている。
顔は興奮して赤黒くなり、目も真っ赤。
横から見ると、赤くなった白眼に血の塊がぽつりと見えた。
こめかみに青筋まで浮いている。
私は横を向いたまま、固まってしまった。
同じ人間には思えない。
半分寝ていたこともあり、頭が働かず、違う世界の違う人間と一緒にいるような感覚になっていた。
運転すると人格が変わる人もいるようだが、少なくとも大学時代の彼女はそんなことはなかった。
慎重で比較的優良ドライバーだったため、友人たちと出かける時は、よく運転役をしていたくらいだ。
勿論、無事故無違反のゴールド免許。
彼女は、どうしてしまったのだろうか。
回らない頭で、昔の彼女と今の彼女とを比べているうちに、体が大きく右に傾いた。
物凄い勢いで前の車を追い越して行く。
追い越す瞬間、ドライバーを睨み付ける彼女の顔を、まともに見てしまった。
角と牙こそないものの、般若の面にそっくりだった。
不思議なことに、こんなに怒っているのに、目は完全に濁って死んでいる。
彼女を見ていられず、視線を反らして、追い越されるドライバーを見ていた。
おじちゃんからも、彼女の顔が見えていたんだろうか。
ポカンと口を開けている。
娘二人の乗った、淡いベージュの軽自動車に、こんな勢いで追い越されるとは思ってもいなかったろう。
サイドミラーに映った軽トラが小さくなっていくに連れ、車内に響く荒い彼女の呼吸音も、だんだんと静かになっていた。
車内に気まずい静寂が流れる。
暫くして、恐る恐る横の彼女を盗み見ると、もう怒ってはいないようだ。
小面の面のように、無表情でハンドルを操っている。
肌は相変わらず透き通るように白かったが、頬に赤みは全くなかった。
人が変わったように、静かな走行音だけが車内に響く。
「さっきはどうしたの?」
そんなことは聞けなかった。
それから車はショッピングモールに着いた。
駐車してシートベルトを外した彼女の表情は、至極穏やかだった。
「お昼何にしよっか。私ラーメン食べたいなぁ……」
いつもの、昔からの彼女だ
私は安心して泣きそうになった。
さっきのは何かの見間違いなんだと思い直し、彼女と食事やショッピングを楽しんだ。
大学時代に戻った気分だった。
モール内を歩き回って疲れたので、カフェで紅茶を飲むことにした。
アイスティーをストローでかき回しながら、ふと彼女の表情が沈んでいるのに気がついた。
「さっきはびっくりしたでしょ。ごめんね。」
楽しいショッピングの後でいまいちピンと来なかったのだが、さっきの車内での出来事のことを言っていたのだろう。
あの般若の顔がフラッシュバックする。
あまり、思い出したくない。
「ううん……確かに前の車遅かったよねぇ……」
「あのおじさんに悪いことしちゃった……」
彼女を見ると、今にも泣き出しそうだ。
鼻の先が少し赤くなっている。
「死ねなんて言っちゃって……
睨んでたのもわかったよね……」
とうとう彼女は泣き出した。
幸い隅の席に座っていたため、周りは誰も気がついていない。私はポケットティッシュを彼女に渡した。
鼻を噛んだ後、彼女はぽつぽつと語り始めた。
最近仕事が忙しく、上からも下からも色々言われるし、もういっぱいいっぱいだと。
身勝手なお客さんも多いし、もうお客さんと接してもやりがいも何も感じない。
常にイライラしていて、さっきのように自分が抑えられなくなる。
いつか人を殺しそうで怖い、と。
彼女の話を聞いていたが、それ程までに辛い仕事なのに、辞めたいという言葉は一切出て来なかった。
「そんなに辛いなら辞めたら……?
まだ再就職出来る年だしさ……」
そう言うと、彼女は頑なに首を振った。
「仕事って辛いものだよ。みんなそうだと思う。だから、私はまだまだ精進してないの。もっと頑張って、仕事の効率上げないといけないの。
私が出来ないから駄目なの。」
心なしか、震えているようだった。
かける言葉が見つからない。
こういう真面目な人間に限って苦しむように、社会は出来ている。
私も押し黙ってしまい、再び静寂が訪れた。
その静寂が、遠くからの怒号によってうち破られた。
急に現実世界に引き戻されて振り向くと、カウンターでおっさんが店員を怒鳴りつけている。
別に怒るのは勝手だが、おっさんが客ならこっちも客。
おっさんのうるさい声で、こっちが不快になる義理はない。
話の途中だったのに……と思い、彼女の方へ向き直った。
また、あの顔をしている。
目は不自然な程に見開かれ、唇を血が滲みそうなくらいきつく噛んでいる。
私はその唇は、牙を隠すために噛んでいるのでは、と一瞬思った。
彼女が立ち上がる。
私になど目もくれず、腰の辺りにガタンガタンと椅子がぶつかるのも気にとめず、カウンターの方へ向かっていく。
おっさんに向いていた客たちの視線の一部が、彼女に注がれる。
私は慌てて彼女と私のカバンを持ち、追いかけた。
椅子が腰の辺りに当たる。
鉄製で重いものだ、当然痛い。
彼女は痛くないのだろうか。
私がもたついている間に、彼女はおっさんと対峙してしまった。
「おい」
「………ぁあ?」
声を掛けられたおっさんが振り向く。
うら若い女性が立っていたので、少し驚いたようだ。
ようやく彼女に辿り着いた私は、彼女の腕を掴んだ。
「ね、帰ろう……」
「この屑が。
お前みたいのは生きてるだけで迷惑なんだよ。
ぁあ?」
怖くて彼女の顔を見られない。
店員の恐怖で引きつる顔から察するに、また般若になったんだろう。
おっさんも明らかにビビっている。
「うるせぇ…」
と言いかけた瞬間
「死ねよ」
ぞっとするような声で彼女が呟いた。
けして大きくも、高くもない声だが、地の底から響き渡るような声だった
「死ねよシネよしねよシネヨシネヨシネヨシネヨシネヨシネヨシネヨ……………」
壊れた玩具のように彼女が呟く。
私は懇親の力を込めて、彼女を店から引きずり出した。
店にいた全ての人が、呆然として彼女を眺めていた。
目についてトイレに引きずり込むまで、彼女はシネヨシネヨと唱え続けていた。
トイレで我に帰った彼女は、個室で長い間吐いていた。
それから私は代わりに車を運転して彼女を部屋に送り届け、彼女の親に連絡した。
初めは止めてくれと嫌がっていたが、母親がすぐに来ることを告げると、緊張の糸が切れたのか、わんわん泣き出して。
彼女の母親が三時間程して到着するまで(同じ県内なので)話を聞いていたが、
専門用語は多いし知らない人の名前は出てくるし時系列はめちゃくちゃだしで、全く意味が分からなかった。
だが私も泣けてきて、彼女を抱き締めながらひたすら話を聞いていた。
その後、彼女はドクターストップがかかり退職した。
今は実家で休養しているらしいが、見張っていないと、仕事に行こうと家を抜け出すらしい。
なぜそこまで自分の会社に義理を通すのか、私には分からない。
彼女の母から私の母に伝わった話に寄ると、かなりの激務で残業代も出なかったらしい。
加えて身勝手な客が多く、その殆どが60代の団塊世代の男性であったとか。
これで合点がいった。
同じ年頃の人にとっては、至極迷惑な話だが。
彼女の部屋に行ったとき、目についたものがある。
大量のビール缶だ。
大きめのゴミ袋で5つはあった。
ただ出し忘れだだけだと思いたい。
怖い話投稿:ホラーテラー ローレライさん
作者怖話