長編10
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紅い光

「決してするな」と言われた言い付けには、それだけの理由がある。

それを守れなければ自らの破滅を招くのは当然のことだ。

私達の過ちを皆さんの教訓としてもらいたい。

当時23歳の私達3人は、小学生の頃からの友人だった。

所謂腐れ縁の悪友というやつだ。

Fラン大学を出たが就職が決まらずニートの私、

高卒後バイトをコロコロ変えてばかりのフリーターA、

自営業の実家を時々手伝うだけのニート予備軍B。

そんなダメ人間達でだらだらとつるんでいたが、

Aが地元では割と有名な会社に就職することが決まった。

一足先に真っ当な社会人になるAに祝福とともに軽い嫉妬もおぼえたのだが、

これからは気ままに遊ぶ機会は無くなってしまうかもしれないということで、

私の車で「A就職おめでとう記念の旅」へと出かけたのだった。

2つ離れた県の有名な温泉地を目指して、

私とBとで運転を交代しながら海沿いの道を進んで行く。

ところがBはお調子者で、

道行く女の子をナンパしたりDQNの車と煽りあったりしているうちに、

知らない山道に入り込んでしまった。

Bは何とかなるさと適当に進み続けていたのだが、

間の悪いことに突然のエンスト。

携帯も圏外でJ○Fも呼べない。

お前の日頃の行いが悪いからだぞと冗談混じりで小突き合ったが、

実際は皆途方に暮れていた。

「電話借りれる所まで歩くか」Aが言った。

確かに滅多に車が通りそうにない荒れた道で待つより、

歩いて連絡を取りに行った方が早く目処が立ちそうだ。

Bが「最後に見た町から2時間は走ったしなあ。もうすぐ夜だし灯りも無しじゃキツイだろ」と反対したが、

周りを見れば道路沿いには電柱が立っているし、電線もある。

先に進めば町や村があるに違いない。

「この先に進んで電話を借りよう」私が提案すると、

「待つよりは」「戻るよりは」ということで2人も納得した。

しかし、電柱と電線を追いながら歩き、辿り着いたのはどう見ても廃村だった。

何とツイてない…。

まあ冷える季節でもないし雨が降っているわけでもない。

村の広場らしき場所に廃材を集めて焚き火をして夜を明かすことにした。

予想外の野宿となってしまったが、

私達は「キャンプファイヤーwww」と歌ったり大声を上げたり結構楽しんだのだった。

翌日、目を覚ました私達が途中で見た町へ向かおうと準備を始めた頃、ぽつりぽつりと雨が降りだした。

さすがに雨の中何時間も歩き続けるのはゴメンだ。

何とか雨を凌げそうな廃屋に入り込み、雨がやむのを待った。

しかし雨は一日中降り続き、昼過ぎには雷を伴う豪雨になってしまった。

結局、廃村を離れることはできない。

ちょっとしたお菓子やツマミは持って来ていたが、前日の夜に食べ尽くしていた。

廃屋には燃やせるようなものも無く、寒さと飢えを感じながら、

「本当にツイてねえなあ」などと愚痴りつつ2日目の夜は更けていった。

更に次の日、夕方まで雨は降り続けた。

しかし今から出ればすぐに夜になってしまう。

大袈裟ではなく飢え死にするんじゃないかという位の空腹だったが、

明日こそはここを出ようとお互いを励まし、廃村での3日目の夜を迎えた。

起きていても何もすることはないし腹が減るだけだ。

何とか探し出した廃材で暖を取りながら3人ともゴロンと横になり、うつらうつらしていたのだが…

その人は、突然やって来た。

「お前達、ここで何をしている?この先の車はお前達のか?」

坊さんだった。

着物は綺麗だったが足元が泥で汚れていた。

ここまで歩いて来たのだろう。

坊さんの太く優しい声に、私達は安堵した。

ノロノロと廃屋から這い出してみると、まん丸い月が辺りを照らしていた。

満月だ。

「助かりました。飢え死にするかと思いましたよ。済みませんが何か食べる物ありませんか?2・3日前から何も食べてないんです」

私がそう言うと坊さんは、

「食い物はあるがお前達にはやれん。他に喰わせてやらねばならん奴らが居るのだ」

と言って広場まで移動した。

そこには既に火が焚かれていて簡易的な祭壇のようなものが造られていた。

祈祷の道具を用意しながら坊さんは、

この「死村」に生きた人間が入るのは非常に危険であり、生きて帰りたければ自分の用事が済むまで大人しくするようにと注意した。

Bが祭壇のお供え物を見つけて近寄ろうとしたが、坊さんはBの腕をガッチリと掴んで引き戻し、

「それはお前達の食い物ではない。後ろで静かにしていろ。他の二人も私と一緒にこの中に入れ」

と四本の杭を注連縄で囲った場所に入れられた。

全員が中に入ったのを確認して坊さんが言った。

「この村で昔、飢饉によって多くの村人が餓死した。辺鄙な場所にあって他の町とは殆ど交流も無く、誰も異変に気付かなかった」

それを聞いて改めて月明かりの中の村の様子を見てみた。

家は潰れ草木が屋根を破って生えている。

小さな土山のようだ。

周囲には電柱など一本もない。

我が眼を疑ってしまう。

私達が来た時も確かに廃村だったが、ちゃんと家の形を留めていた。

昭和の頃に廃村になった村かな、くらいに思っていたのだ。

そのことを伝えると坊さんは、私達が幻に惑わされたのだろうと教えてくれた。

余りの非常識な事態に呆然としていると、Aが俺の腕を掴んだ。

祭壇を指差し、「あれ…」と呟く。

青い光が2つ、3つと、次々に増えていく。

ビー玉ほどの光の玉が祭壇の食い物に群がっていた。

「人魂?滅茶苦茶いるぞ!」Bが声を上げる。

「人魂ではない。餓鬼魂だ。ここで飢死した村人の無念が化けたものだ。私は毎年ここへ来て施餓鬼供養をしている」と坊さんが言った。

坊さんがもう少し来るのが遅かったら、私達はあいつらに喰われていたのだろう。

ゾッとして足が竦んだ。

餓鬼魂が祭壇の周りを這い回り始めた。

目を凝らして見ると、それは人の形をしていた。

ボサボサの髪にギョロついたて青く光る眼。

痩せこけた体とぽっこりと膨らんだ腹。

男も女もいた。

そのうちカリカリカリと音がしだした。

数多く積み上げられていたお供え物が、黒い牡丹餅のような塊を1つ残して忽然と姿を消した。

みんなこいつ等が喰ってしまったんだと理解したが、幽霊が食べ物を食べるのか?と坊さんに聞くと、

「余りに強い食欲の念の為、実際に物が消える。本当に喰われているのだ。さて、これで最後だ」

と言って首から下げた袋から何かを撒き始めた。

お経を唱えながら四方に撒く。

米のようだった。

パラパラパラッ…ガサガサガサッ…カリカリカリッ…パラパラパラッ…ガサガサガサッ…カリカリカリッ…

米粒を撒く音、餓鬼魂が這い回り、それを齧る音が繰り返される。

喰っている筈なのに、米粒はなくならない。

いつまでも一粒の米を喰い続けている。

そのうち1匹また1匹と、餓鬼魂は小さくなって地面に沈んでいき、あれ程あった青い光は一つも見えなくなった。

「終わったぞ。清めた黒米を齧り続けさせることで少しずつ飢えを癒していくのだ。もう何年かすれば皆成仏する」

不思議そうに見ていた私達にそう説明すると、坊さんは続けた。

「人は2・3日喰わんでも死にはせん。ここの村人はもっと苦しんで死んだのだ。冥福を祈ってやってくれ。

なぁに、夜が明けたら寺の者が迎えに来る。ほんの少しの辛抱だ、がっはっは」

豪快に笑う坊さんにBが言った。

「終わったんならあの残ってる牡丹餅、食ってもいいんじゃねえの?」

一瞬で空気が凍りついた。

「残っているのか?どこに!」 叫ぶ坊さんの顔色は蒼白だった。

「ほら、あれ…」と指差すB。

「まだ残っているのか?まさか…大虚(メノスグランデ)…?」声に脅えがあった。

不安になった俺がそれは何なのかと尋ねると、坊さんはこう答えた。

「餓鬼魂は食い物を残さない。供物が残っているということは餓鬼魂も残っている。

そして、私が供養し切れないほど強力だということはまず間違いなく、今残っているのはメノスグランデだ。

蟲毒というのを知っているか?壺の中の毒蟲に殺し合いをさせて最後に残り、強い力を得た蟲を用いた呪術だ。

それと同じように、餓鬼魂が共食いをして最後に残った強力な餓鬼魂がメノスグランデなのだ。

こうなると場所にも縛られずにさ迷い出す。手が付けられん。その恐ろしさは祟り神と変わらない」

するとAが私の腕を掴んだ。震えながら無言で指差すA。

指差す先には例の牡丹餅。

いや、その先の暗がりに2つの紅い光が揺れていた。

左右ゆらり、ゆらりと動いている。

あれは眼だ…。

紅く光る2つの目玉…。

パチッと焚き火の薪が崩れ、光の加減が狂った。

朧気に見えたその姿は、確かに餓鬼魂だった。

しかし、先ほどのものとは比べ物にならないくらい大きい。

牛ほどもあるのではないか。

そいつは手足をついた四足獣の姿勢のまま、ザッ、ザッ、と少しずつ近づいて来る。

ヒョイと牡丹餅を取り、喰い始めた。

眼はこちらを見つめたままだ…。

私達のことが見えているんだと気付いた時、恐怖で全身がガタガタと震えだした。

すると坊さんが言った。

「お前達を惑わせたのもあいつだろう。私が何とかして隠す。こちらへ来て頭を下げなさい」

そして私達の髪の毛を1人ずつ抜くと、お経のようなものを唱えながら食べてしまった。そして、

「お前達は何があっても、太陽が昇るまでここから出るな。そして絶対に喋るな。この言い付けに背けば見つかり、喰われるぞ」

そう言うとさっき米を撒いた時と同じお経を唱えながら注連縄の外に出た。

私達3人は、坊さんを止めることができなかった。

私達の身代わりに喰われようとしているのだと分かっていたのに。

動けなかった…恐怖で足が竦んでいたんだ…。

坊さん…ごめん…。

メノスグランデがのそり、のそりと坊さんに近づいて行く。

「ズズッ、ズズッ」音が鳴っている。

メノスグランデが臭いを嗅いでいる音だった。

坊さんがメノスグランデと間合いをとりながら注連縄を離れる。

鼻を鳴らしながら近づくメノスグランデ。

そして坊さんの腹に顔を押し付けてまた「ズズッ、ズズッ」と臭いを嗅いだ。

小便の臭いがした。

私は余りの恐怖に失禁してしまったのだ。

そして他の2人も。

ゴジュッという音に続いて坊さんが悲鳴が響いた。

メノスグランデが坊さんの腹を喰い破ったのだ。

腹に喰い付いたままの首が左右に振られた。

ブジュッ、ブジュッ、と腸が引きずり出される。

口からは血が溢れ、坊さんは声を上げることもできない。

目の前で人が喰われている。

固く眼を閉じて必死で耐えるが、ブチッ、ビチャッ、ゴリッ、という音が耳に響き、胃液が逆流しそうになる。

なかなか収まらない音。

私達3人の身代わりに、坊さんが喰われ続けていることに心も体も押し潰されそうになる。

もう限界だと思ったその時、

突然、Bが奇声をあげて注連縄の外へ出ようとした。

「Bッッッ!!」A思わず叫び、取り押さえる。

メノスグランデはチラリとこちらを見たものの、また坊さんを喰い始めた。

私もBを押さえ付け、後ろ向きに坊さんの喰われる音だけを聞いていた。

Bは「ヴゥッ!!ヴゥゥゥッッッ…!!」と、鼻水と涙を垂れ流しながら唸り声を上げ続けたが、暴れることはなかった。

時が流れていく。

ゆっくり、ゆっくりと…。

空が白み始めた頃、ようやくあいつの食事が終わった様だ。

恐る恐る振り返ると、あいつはしゃがんだまま地面をじっと見つめていた。

坊さんは骨どころか、服の一片さえも残っていなかった。

そして小さな餓鬼魂のようには、あいつは消えてくれない。

あの時叫んだAの声が聞こえており、私達がここを出るのを待っているのかも知れない。

坊さんは言った。「何があっても陽が昇るまでここから出るな」

そのままの状態が続き辺りに陽が射して来た。

メノスグランデは、そのままの姿勢で薄く透明になっていく。

早く!早く消えてくれ!!心の中で絶叫した。

2つの紅い光の玉だけが…目玉だけが最後まで残った。

ハッキリと見える。

こちらを見ているのだ。

誰を見ているのだろうか…。

あいつが完全に消える寸前、聞こえてしまった。

つぶやく声。

しわがれて乾いた、それでいてハッキリとした響き。

「××××…」

すっかり明るくなった頃、若い坊さんが迎えに来た。

眼が怖かったが何も言わず私達を車まで誘導して、車の所まで連れて行ってくれた。

しばらくするとJ○Fが来て、修理を済ませるとさっさと帰ってしまった。

死んだ坊さんの事は誰も聞かないし話さない。

ただ町まで付き添ってくれた若い坊さんが、

「忘れなさい。そしてここには来ないことです」と言っただけ。

町に着くまであれだけ車が通らなかったのに3台の車にすれ違った。

全ての車に坊主が乗っていた。

あのメノスグランデの事は何故か話さなくても、分かっているようだった。

その後、私達3人は余り会う事もなくなり月日が過ぎた。

Aは就職したもののトラブルを起こし、会社をクビになってまたフリーター生活に戻ったという。

あの時のトラウマが原因かもしれない。

私もいまだに夢に見る。

Bはあれからおかしくなって施設に入ったが、先月自殺したとの知らせを受けた。

それを聞いて私は「ヤッパリそうなったか」と思った。

食事をしてもすぐに吐いてしまい、ガリガリに痩せこけて苦しんでいたそうだ。

食べても食べても満たされない。

餓鬼魂のように。

そう、あいつは確かにこう言って消えたのだ。

「13kmや…」と…。

すんません間違えました。

「B…」と…。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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