中編3
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不摂生のおかげで、腹から下が関取クラスになってしまった。

大関に昇進する前に何とか手を打つため、ウォーキングを始めることにした。

日中は仕事があるし、日差しが熱くて歩く気になれない。

時間帯は自然と夕方以降になっていき、不精な性格のせいか、九時以降にようやく外に出ることが多くなってきた。

コースは、コンビニやスーパーが点々と続く、片道一車線の県道沿い。

墓地の前を通るコースも考えたのだが、さすがに怖い。

安全かつ交通量が多すぎない、最適なコースだった。

県道沿いの店は、コンビニ以外は夜遅くには当然ながら閉まっている。

しかし、比較的新しいアパートや住宅が立ち並ぶため、景色は悪くないし怖くはなかった。

一週間ほど歩いていて、やけに古めかしい家があるのに気がついた。

ベージュの外壁に、扉は昔ながらのの赤茶けた木製。

ドアノブに簡単につけられた鍵。

何の植物かわからないが、蔓が伸びて支柱に絡まり、鬱蒼とした玄関。

玄関灯は黄ばんだ明かりを放ち、カバーの中に虫の黒い陰が見えた。

扉の前にはたくさんの植木鉢が置かれ、扉を開けると確実に倒れてしまいそうだった。

扉の上方に小さな磨り硝子ののぞき窓があったが、部屋の明かりがぼんやりと見えた。

一人暮らしの老人が住んでいるのかな、などと考えたながらその時は通り過ぎた。

その後、なかなか体重が減らないのと、梅雨時期で雨が降り続いていたこともあり、一週間ほどサボってしまった。

梅雨の合間に珍しく晴れて星が綺麗な夜、再び歩きに出た。

いつも通りのコース。

水たまりと、むっと湿った空気以外は、何の変わりもない。

件の家の前を通り過ぎた時、ふと異変を感じた。

赤茶けた扉の郵便受けに、まるで親の敵のように、これでもかと新聞がねじ込まれていた。

数枚、地面に落ちてしまっている

住人は旅行だろうか。

玄関灯も点いていなければ、磨り硝子の向こうも真っ暗だ。

ふと、扉の植木鉢に目が行く。

また、異変。

植木鉢の縁に何かが乗っている。

実?花?

人の手だった。

土の中から半分ほど覗いて、植木鉢の縁に指をかけている。

そんな馬鹿な……

いや確かに手だし指だ。

爪もある。割と綺麗な爪だ。

血の気はないが。

しばらくの間、奇妙な中腰のまま、口を開けて植木鉢を見つめていた。

頭の中で、これはなに?いや手だろう、とやけに冷静な自問自答を繰り返していた矢先、ふと視線というか気配を感じた。

固まった筋肉を何とか動かし、顔を上げる。

相変わらず薄暗い玄関、よくわからない植物の蔓、

磨り硝子の向こうに……

肌色の影。

人が、いる。

こっちを見ている。

微動だにせず。

考えてみれば、私の方が不審者だ。

よそ様の玄関先に突っ立っていれば、私が男性ならば完全にストーカーになる。

しかし、磨り硝子の向こうの人影の方が、何倍も不自然で不気味に思えた。

影は動かない。

私は動けない。

こういう場面に限って、一台の車も通らない。

しばらく睨み合った後、突然向かいの家が吠えた。

その瞬間、磨り硝子いっぱいに肌色が広がった。

ビタン!という衝撃でボロい扉がガタンと揺れる。

磨り硝子にびったりと顔を押し付けていた。

顔立ちは確認できる。

だが女性か男性か、若いのか年老いているのか判別出来ない。

あまりに強く顔を押しつけているため、鼻は押しつぶされ目元は朝青龍みたいになっていた。

ようやく金縛りの解けた私は、ひぇ〜いと間の抜けた悲鳴を上げ、全力ダッシュで自宅に帰った。

あれからコースを変更し、墓地の前を通っている。

怖くないといえば嘘になるが、墓地には扉がない。

のぞき窓から覗かれることはないだろうから。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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