短編2
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猫はしゃべるな

 寛政七年の春のことだ。

牛込山伏町の何とかいう寺では、猫を飼っていた。

その猫が庭におりた鳩を狙っているのを和尚が見つけて、声をあげて鳩を逃がしてやった。

そのとき、猫が、

「やっ、ザンネン!」

と呟いたのである。

聞いた和尚は驚いた。裏口の方に走っていく猫を取り押さえると、手に小柄(こづか)をかざし、

「おまえ、……」

「………」

「今、しゃべったな!」

「にゃあ?」

「ごまかすな。猫のくせにものを言うとは、恐ろしいやつ。さだめし、化けて人をたぶらかすのであろう。さあ、人語を話すなら正直に申せ。さもないと、坊主ながら、殺生戒を破ってでも殺してしまうぞ」

猫は観念したとみえて、こう応えた。

「ものを言う猫なんて、珍しくもない。十年以上生きた猫なら、みんなものを言うぞ。それから十四五年も過ぎたら神変も会得できる。もっとも、そこまで生きる猫は、まずいない」

「そうなのか……。ならば、おまえがものを言うのは無理もない。しかし、おまえはまだ十歳になっていないではないか」

「狐と交わって生まれた猫は、十年に満たなくてもものを言うのだよ」

和尚はしばらく考えた。それから、

「今日まで飼ってきたおまえを殺すのは、やはり忍びない。おまえがものを言ったのを、ほかに聞いた者はいないから、わしが黙っていればすむことだ。これまでどおり、この寺にいるがよい」

と言って、放してやった。

猫は三拝してその場を去った。

そのまま何処へ行ったか、行方知れずになったそうだ。

怖い話投稿:ホラーテラー 翁さん  

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