「あの男は・・・焼身自殺したんだよ。」
俺達はただ黙っておじさんの言葉に耳を傾けるしか出来なかった。
Bがゆっくりと起き上った。
呆けた顔をしていたが、全員の表情を見て察したのか、無言で話の輪に入って来た。
「とにかくこの世に恨みを抱いたまま死んだんだよ。」
「仕事を失い、奥さんも出ていった。ギャンブルで多額の借金をして、あげくにはクスリにも手を出した。自分の不運は全て他人のせい・・・すれ違うのは幸せそうに日々を生きている人・・・憎い。誰もが憎い。男の心に渦巻くのは尋常では考えられないくらいの歪んだ思い。そして、男は自ら死を選んだ・・・」
「男のような末路となった人は世の中に少なくはないだろう。しかし、これほどまでに念が強いモノに出会ったのは初めてだ。」
「男はどうして上半身だけで現れたんですか?」俺はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
焼身自殺と上半身がどうしてもつながらなかったからだ。
おじさんはうなづくと、こう続けた。
「男が焼身自殺した時に
どういう訳か腰から下の燃え方がひどかったようだ。遺体を検死のため移動する時、炭化した下半身があろうことかボロボロと崩れた。その光景さえ男は憎しみの対象とした。B君を自分の意のままにしようとした男は、
先ず自分にない下半身から奪っていこうと考えたんだ。」
「そろそろ本性を出し始めたようだ。」
おじさんは眉間にシワを寄せ、立ち上がった。
おじさんに手招きされる。
俺たちは後に続いた。
着いたところは風呂場のような場所。
檜か何かで出来た浴槽。
しかし、シャワーも石鹸類も見当たらない。
浴槽には絶えず水が流れ込むようになっていた。
まるで旅館やホテルの温泉のように・・・だが湯気など一切出てはいない。
Aに聞くと、この寺のある山から湧き出る水だという。
おじさんはその場に唯一ある桶で頭から水を掛け、お経とも違う何かを唱えはじめた。
「おじさんの中にいる男が外に出ようとしている。みんな、頼む!おじさんの頭から水を掛け続けてくれ!」
全員がずぶ濡れになりながら交代で水を掛け始める。
しばらくすると、‘ジュー、ジュワーッ’と聞こえ出した。
おじさんの肩の辺りから火を水で消すような音が聞こえてくる。
俺の頭の中は恐怖で“無”になり、ただ必
死で水を掛けた。
腕がだるく感覚がおかしくなっていく中で、「照ちゃーん(おじさんの愛称らしい)、遅くなって悪かったなー。」という声が聞こえた。
玄関には雨合羽を脱ぐ成瀬さんの姿があった。
怖い話投稿:ホラーテラー たかしょうさん
作者怖話