中編3
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お向かいの老人

俺が高校生の時の話だから、もう5年ぐらい前になるか。

一学期の期末テストが迫る中、誰もいないのをいいことに俺は彼女を家に呼んで、一緒に勉強していた。

自室は散らかっていたので、その日は座敷を使って勉強していた。

暑いので扇風機を回しながら縁側の戸は開けっ放し。

ちょっと一息入れて談笑していると、庭の方に目を向けた彼女が小さな声を上げた。

彼女の目線の先を見ると、すぐそこにお向かいの家の爺さんが無表情で立っていた。

俺は昔からその爺さんのことを「タカ爺」と呼んでいた。

俺が小さな時は近所のちびっ子に竹蜻蛉を作ってくれたり、川釣りに誘ってくれたりとしっかりしていて優しい爺さんだった。

戦争も経験していて、兵隊として東南アジアの方にも行ったらしかった。

しかし、俺が中学に上がる頃、妻(俺達はヨシ婆と呼んでいた)を亡くしてから痴呆が始まり、それからと言うもの近所を徘徊し、時たま奇声をあげたりするようになってしまっていた。

その年の秋には施設に入るという噂もあった。

ビビりながらも「アレ?タカ爺どうしたん?」と声を掛けた。

彼女「この人は?」

俺「向かいの家のお爺さん」

彼女「あ、そうなんや。はじめましてー」

と挨拶するが、タカ爺は無表情なままこちらをみている。

(困ったなあ…)と思っていると、いきなりタカ爺は土足のまま縁側に上がりずかずかと寄ってきて彼女の腕を掴んだ。

困った顔をする彼女。

「ああ、この子ね俺のかのじ…」

言い終わる前にタカ爺は彼女を無表情なまま引っ張って行こうとした。

彼女は叫び、俺も「何すんだよ!」と言いながら引き離そうとするが、老人とは思えない程の力で(実際、タカ爺は背も高くてガタイも良かった)、男子高校生の力でも引き離すのは難しかった。

それでも何とか振りほどき、彼女を後ろに庇いながらなだめようとしたが、直後いきなり彼女が俺の腕を取って走り出した。

驚く俺にかまわず彼女は走り(田舎なので家は結構広い)、サンダルを持って2人で玄関から外に出た。

少し行った所で休憩し、サンダルを履いて(裸足で走ってた)落ち着いてから彼女に理由を聞いた。

「だってあのお爺さん、履いてた作業ズボンの腰のとこに草刈り鎌差してたから…」

彼女の右腕には爪の跡がくっきりと残り、血が滲んでいた。

彼女をなだめながら家に戻ってみると、タカ爺はすでにいなかった。

その日の晩俺、俺の父、彼女、彼女の両親の5人でお向かいの家に事情を話しに行った。

タカ爺の息子夫婦に応接間に通され、お茶を出された。

起きたことを俺と彼女の2人で詳しく話すと、家主(タカ爺の息子)は泣きながら土下座して俺達に謝ってきた。

彼女の父は相当お怒りな様子だったが、他になだめられて結局この件は謝罪してもらい、これ以上周囲に迷惑を掛けないようにすることを約束するだけで片付いた。

当のタカ爺は家に帰っていなかった。

それ以降タカ爺を見ることは少なくなり(たまに見掛けても今までが嘘のように大人しくなっていた)、噂の通り彼は数ヶ月後には施設に入所させられた。

そのタカ爺も2年前に亡くなった。

葬式には俺も参列した。

俺は彼を本当の祖父だと思って慕っていた。

今でもその気持ちは変わらない。

最近実家に帰った時に思ったのだが、彼は俺達と何かして遊びたかったのではないか。

しかし俺達が逃げたため見捨てられたと思った。だからあんなに大人しくなったのではないか、と。

彼が元気な頃に作ってくれた竹蜻蛉。

それを見る度、彼に申し訳ないような何とも言えない気持ちになってしまう。

こんな怖くない駄文を読んでくれてありがとう。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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