中編6
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異常食欲者 山田の話

-お前が死んだら、俺がお前を喰らってやる

 

 静寂を切り裂くのは鉄の衝撃音。細く鋭い音が広い空間に響き渡る。

 古い洋館に目で追いきれない二つの影が、重なっては離れ重なっては離れを繰り返していた。

 吹き抜けのホールに大幅の階段。玄関から見ると正面に階段が見え、そこから2階の通路も全て見える仕様になっていた。広さは30帖以上あるだろうか。一般的な日本家屋では考えられないホールの広さだ。

 淡い残像を引き連れた二つの影は、おおよそ人の動きではない速さでぶつかり合う。その度に激しい撃鉄の音がする。

 階段脇でじっと佇む女は、黙ってその動きを見つめていた。見ているのかいないのか、それすらもわからないほど薄暗い。しかしそもそも目で追えるスピードではない。

 二つの影のぶつかり合いは次第に激しさを増してゆく。それに混じって小さなうめき声も混ざる。

「山田。厳しいのなら私が出るぞ。」

 女が徐に口を開く。影は、一際大きな撃鉄の音を響かせもう一つの影と距離をとった。

 山田と呼ばれたその男の姿が、窓から射し込む月明かりで顕になる。歳の頃はおおよそ20代前後、美しく光る黒髪にその出で立ちは漆黒の和装という、甚だ洋館に似つかわしくない様相であった。その手には月明かりに照らされた一本の日本刀が握られている。

「黙れ。それよりお前がなぜここにいる。これは俺の…」

「来るぞ」

 山田の声を女が遮るのと同時にもう一つの影が、音もなく消えた。

「くそッ」

 山田は首を振りながら辺りを見回す。焦りからか息が荒くなっているのがわかる。月明かりに照らされて初めて、その体が傷だらけであることがわかった。もとは大変良い物であろう漆黒の着物もほつれや破れ、切り傷が目立つ。

 影は目にも留まらぬスピードで移動し続けている。一瞬目に見えたかと思うと次の瞬きの瞬間には離れた場所に移動していた。

 しばしの沈黙の後、山田がゆっくりと目を閉じた。呼吸を落ち着かせ、神経を集中させる。一所に留めぬよう、広く深く集中力を研ぎ澄ましてゆく。

 山田の背後に現われた影が、初めてその姿を見せた。というより肉眼で捉えることに成功したと言った方が正しいだろう。

 月明かりに照らされたそれは、侍のそれだった。鎧兜をまとった兵士。だがその顔はすでに人間の原型を留めてはいなかった。削げ落ちた頬から歯茎が覗いており、左目はすでに落ちかけている。その顔が歪に口元を歪めながら、ニヤリと笑みを浮かべる。

 山田の背後に一瞬で現われ、持っていた刀を上段に構えた。勝利を確信した笑みなのか、邪悪な笑いをその口元に称えながら、鋭く獲物を振り下ろした。

「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!死ねェェ!!」

 そこからは一瞬だった。振り下ろした刀がズドンとホールのフローリングに突き刺さる。

「ヒャヒャヒャァァァ!!小僧がァァ……あ?」

 勝ち誇ったように兵士が叫ぼうとした瞬間、異変に気付く。

 切り捨てたはずの男がいない。どこだ…どこに…?

 

「目障りだ。消えろ、亡霊が。」

 背後から山田の声が響いた。

「な…に…?」

 兵士が振り返ろうとした瞬間、胴体がズルッと嫌な音をたてながら、ずり落ちてゆく。

 切断面からはゴポゴポと血と体液が溢れ出ていた。

 全身全霊で集中した山田の速さを、その兵士は侮っていた。兵士が刀を振り下ろすより早く山田は反転し、その勢いを利用して横薙ぎに胴を抜き切ったのだった。

「嘘だ…どうやっ…!き、消えたくな…い…」

 ズドンという音と共に、声が遮られた。兵士の上半身がフローリングに落ちたのだった。兜や甲冑はいつの間にか消えており、男は着物一枚となっていた。胴体から真っ二つになっているので、この場合は2枚というのか。

 男の目は見開かれており、その憎悪の篭った目は活動を停止しても尚、山田を捉えていた。

「うるせえんだよゴミクズが。」

 山田は吐き捨てるように呟き、男の上半身を足で踏み潰す。グチャッと粘着性の高い耳障りな音がする。

 吐き気のするほどの生臭さと、腐敗したような吸気が辺りを満たす。顔を背けたくなる惨状だった。

「お前は、黙って俺に…」

 山田が男を見下しながら自らの刀を逆手に持つ。血でぬらりと濡れた刀身月明かりに照らされて妖しく光っていた。

「喰われてろ。」

 ズドンッ

 振り下ろされた刀は男の胸を貫いた。傷口からはさらに血がドボドボと溢れてきている。

 山田がその刀を強く引き抜くと、刀身には男の心の臓がまるで串焼きのように突き刺さっていた。山田はそれを恍惚の表情で見つめている。

 一頻り見とれた後、山田は心臓にかぶりついた。グチャグチャと生モノを貪る音がする。血が飛び出そうが顔にドロドロの体液がつこうが、全く意に介さずこの世にこれ程旨いものがあるのかという勢いで心臓を喰らっていた。

 膝をつき両手で心臓を貪る山田。背後からカツカツと足音が近づいてくる。山田はそれでも気にせずとてつもない勢いで心臓を喰らっていた。筋肉の塊である心臓は異常に硬いはずであるが、山田はなんなくそれを前歯で噛み切り、奥歯で磨り潰すようにせわしなく口を動かしていた。

「いつ見てもその姿は醜いな。」

「黙れ。クソ女が。」

 階段脇で、手すりにもたれかかって傍観していた女が、腕を組みながら山田の背後から声をかける。

「異常食欲者か…反吐が出るな」

「こっちだっててめーらには吐き気がするぜ。」

 女の姿はまたこの洋館にはそぐわない服装であった。

 女が着ている着物は真紅の生地に銀色の刺繍で蝶があしらわれており、それが幾重にも重なって幻想的な雰囲気を醸し出していた。そこにゆるりと腰辺りまでおろされた艶のある黒髪が、泳いでいる。目鼻立ちの整った清楚な顔、尖った発言に沿うような切れ長の目。和の美を兼ね揃えた女だった。そして両腰には脇差が据えられている。

「利害が一致しているだけだ。お前にはやってもらわねば困るからな。」

「それ以上喋るな。お前も喰らうぞ。」

 もはや半分ほどなくなった心臓に噛み付きながら、振り返りギロリと女を睨みつける。

 女は顔色一つ変えず山田の顔を見返していた。

「やれるものならな。お前が一度でも私に勝てたことがあったか?」

「何度も言わせるな消え失せろ、巴。」

 巴と呼ばれたは女は大きく溜め息を吐き出すと、くるりと踵を返した。

「今日はたまたま運が良かっただけだ。次もうまくいくとは限らない。少しは腕を磨いておけ。」

 出口へと歩き出しながら、振り返らず巴が山田に言葉を投げかける。

 山田は心臓から自分の刀を抜き、槍投げの要領で巴の頭目掛けて凄まじいスピードでその刀を投げつけた。

 ヒュン

「せめて」

 巴が振り返りながら、無表情で締めくくる。

「後ろからの攻撃を私の体に当てられるぐらいにな。」

 巴の二つの指に、山田が投げた刀は挟まれていた。巴が指を離すと、カランカランと高い金属音をたて、ホールに刀が転がる。

 ギィーと建具を軋ませながら、大きな扉が開かれた。そしてドアの閉まる音とともに巴の姿は見えなくなり、洋館には再び静寂が訪れる。

 山田は苛立つ感情を抑えつけながら、心臓にかぶりつき残りを全て口に運んだ。全てを飲み込み終えると、汚物のように転がっていた男の遺体はサラサラと砂のように朽ちていき、ホールには血の痕だけが残った。

「あのクソ女…いつか必ず喰ってやる。」

 玄関前に転がっていた自分の刀を拾い上げ、刀身で空を切る。滴っていた血のりは全て吹き飛び、その後慣れた手つきで鞘に刀身を滑り込ませた。

 静寂が帰ってきた洋館から、山田は更なる暗闇へと歩き出す。漆黒の着物と深い黒髪が闇と同化し始め、その姿はやがて見えなくなった。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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