中編4
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天空郵便局2

ここは雲の上の天空郵便局。

死者が遺族等に宛てた手紙を配達する為に有る。

その日私の前に現れた投函者は、赤い首輪をした老犬だった。

死因となった胸の真一文字の傷が露で痛々しい。

「手紙を預かる」

「それなんだがな郵便屋、手紙でなくて、ワシを下界へ連れてってくれんか」

「規則上出来かねる」

「良いだろう、なあ、下界に心配事が有るんだ」

「無い者など居ない」

「人間のガキなんだ、そいつの人生がかかっているんだよ。

単にワシの我儘では無いんだ」

押問答の末、一度だけ配達に同行させる事になった。

私は天空自転車に跨り、下界へ向かった。

「ワシはもう鼻があまり利かん。はぐれてくれるなよ」

「あれだ、あの家だ」

街中の一軒家を老犬が指した。

「ここの子供はな、去年、捨てられていた老いたワシを拾ってくれたんだ。

先週ワシが死んだ時、亡骸を庭に葬ってくれた。

大恩人さ」

ふと庭先を見ると、何かを掘り起こした跡が有った。

「ワシの墓が暴かれている!?」

最近荒らされた様子だ。

気にはなるが、事態を調査している暇など無い。

一度その家を離れ、他を回る間、老犬の死様についての天空記録簿の内容を、私

は回想していた。

◇◇◇

鼻の利かない老犬は、以前飼われていた家に強盗が入った際、それに気付くのが

遅れ、番犬の役目が果たせなかった。

結果、金銭を奪われた上に三人家族のうち両親が殺され、犯人は逮捕されたもの

の、遺族の怒りの矛先は老犬へと向かった。

捨てられた老犬は昨年、先程の家に住む少年に拾われた。

先週の夜、その家にも泥棒が入った。

盗られた物は無かったが、この時は老犬が刃物で切り殺された。

この泥棒はまだ捕まっていない。

確かに、一度狙われた家は二度目が有るという話は聞いたことがある。

心配するのも無理は無い。

◇◇◇

配達に手間取り、日が暮れてしまった。

「最後にもう一度あの家へ寄ってくれい」

さっきは墓の状態に気を取られて、家人の様子まで見られなかった。

灯りのついた子供部屋の窓に天空自転車を横付けしてやる。

明るいのは子供部屋だけだったので、両親はどこかへ出掛けている様だ。

我々は異変に気付いた。

子供部屋の中で、少年が震えながら、首に赤いチョーカをした覆面男(男だろう)

と対峙している。

このチョーカは記録簿で見覚えがある。

覆面男は老犬を殺めた泥棒だ。

ヘヴィスモーカの様で、煙草の匂いがきつく香る。

「郵便屋!」

「我々は下界の人間には見えないし触れない」

「何とかせい!」

「この便箋に怒気を込めて拇印を捺す様に」

「何だと?」

「急ぐ様勧める」

老犬はバチンと便箋に前足で押印した。

天空郵便局の便箋に触れると、書き手の想いが届先の相手に伝わる。

私は覆面男の頬に便箋を叩き付けた。

男が、怒気に当てられ、咎められた様にびくりと身をすくめる。

少年はその様子に勢いを得て、叫んだ。

「鈴なんて知らない。心当たりも無い。出ていけ!」

鈴?

話は見えないが、中々勇敢な子供だ。

覆面男は諦めた様に逃げていった。

老犬が呟いた。

「追う必要は無い。鈴が無いとなりゃ、あいつももう蛮行はすまいよ」

我々は天空へ戻りながら話した。

「あなたが人生を救いたかったガキとは、覆面青年の方も含むのではないかと推

量する」

「ワシから見ればどちらもガキさな…子供を傷付ける気など無かったろうが、泥

棒の前科でも付いたら気の毒だ」

「元の飼主があの覆面青年か」

「そうだ。ぬけぬけと幸せそうに暮らすワシが許せんかったんだろうな。物盗り

する気など無かった筈だ」

「あのチョーカとあなたの首輪は同じ意匠だったのか」

「そうだ。共に鈴が付いていた。あいつにやられた時にワシが暴れて、どっちも

取れちまったがね」

得心が行った。

老いたとはいえ成犬が、むざと一太刀で人間に害されたのが少々不思議だった。

長年あのヤニ臭をかぎ鼻の潰れていた老犬は、鈴の音で飼主を判別していた。

殺害された夜も、鈴を聞いて、昔の飼主が現れたと、警戒を解いていたのか。

鼻が利けば、刃物の匂いもかぎ取れたかも知れなかったが。

「死に際にワシは、あいつの鈴だけが目の前の地面に落ちていたのを見た。あい

つは取れた鈴を持ち帰ってから、それがワシの鈴だと気付いただろう」

「青年自身の鈴が現場に残っていれば、凶行の物証となる。それを探す為あなた

の墓を暴いたのか」

「それでも見付からんから、今晩坊主を直接脅した。坊主が知らんとなれば、諦

めるだろうよ」

確かに、青年がこれ以上行動を起こすのはリスクが高い。

「青年の鈴は今どこに?」

「さあなあ。その辺りに埋まっとるんじゃないか?」

「…今回あなたがされた事を考えると、随分あなたはあの青年に寛容であると感

じる」

老犬がうつむいた。

「あいつの両親の件の詫びの意味も有るし、ワシを殺したのが元飼主と知れば、

最後の飼主達も悲しむ。

捕まらんで欲しいのさ。

それに…

あいつは確かにワシに酷いことをした。

でもな、見たろ、

今でもあいつは、

ワシと揃いの、

あの赤い首輪を着けていたんだ。

あの首輪を着けていたんだよ」

老犬が言い終わると同時に、

我々は天空郵便局に到着した。

△▽△

少し後、配達の途中で、偶然あの

子供を街の集団墓地で見掛けた。

彼は自分の先祖が眠る家族墓に

花を捧げて、祈りの仕草をして

いた。

私はペダルを漕ぐ足を止めて

耳をすます。

墓の中から、鈴の音が聞こえた

様な気がした。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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