中編4
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仕事中毒

なにか、怖い話ないですかね、と先輩に聞いた。

すると先輩は苦い顔をしてこれはちょっとビビッた、と珍しく唸った。

【仕事中毒】

これは先輩がまだバイト時代の話だ。俺の先輩はバイトしていた居酒屋で社員になった男なので随分居酒屋にまつわる怖い話を知っている。で、俺が聞いたのはある店長についてだった。その頃の先輩は車が欲しくて軽い気持ちでバイトの面接を受けた。その店長は細長くて色白の頑張り屋だったらしい。彼女もなし、会社が借りたマンションで一人暮らし。まだ20代後半のその店長は半年間休みがないことなんて当たり前だった。その店は小さいから社員は店長しかいない。

「俺は別に人のことなんか気にしないタチだけど、あいつは別だったな。だってよ、営業終わるだろ、皆呑みに行ったりするのに仕事が終わらないって机にかじりついてる。で、次の日行くともう働いてんだよ。聞いたら一睡もしないで仕込みやってたっていうんだから。しょうがねえなって感じでサービス残業を随分してやったもんだ。店長になりたてでよっぽど嬉しかったのかね、仕事が生きている価値って野郎だった。よくさ、生きるために仕事するのか、仕事するために生きるのかって言うだろ、完璧仕事中毒だったな、あれは」

こいつはいつか倒れちゃうんじゃないか、と思ったらしい。

それで先輩はよく面倒をみるようになったらしい。ほっておけば休憩もしない、まだ仕事が終わらない、仕事、仕事。

先輩は一年位経つとキッチンのリーダーも、店長業務もできるようになっていて、無理矢理店長を帰したりしたんだと。でも休みの日だって一度は店を見に来た。早く休めよ、声をかけると店長は笑って仕事がまだ終わってないからと言って従業員控え室に置いてある店長専用の机に座ってシフトを作ったりしていた。

で、暫くしてから営業後に皆が呑みにいこうとしていたら珍しく店長が俺も行くと言い出した。妙な事もあるもんだな、と思ったけどたまには息抜きすればいいと皆で近くの居酒屋で飲んだ。店長は上機嫌でいい店で仕事できてうれしいとか、そんなことをいってビールを二杯飲んでもう寝る、と言って先に帰った。

それで次の日、店に行くと、鍵がかかっていた。いつもは店長がいるはずなのに。久しぶりに飲んで遅刻したか、たまにはいいやと思いながら先輩が店に入ると、薄暗い店内のテーブル席に店長が座っている。なんだいるじゃないか。安心して従業員控え室に入って着替えていると店の電話が鳴っている。一度切れて、また鳴った。店長がいるのにと思いながらフロントに行って電話を取った。

それはエリアマネージャーからだった。クレームの件で店長の携帯に電話したが出ないと言われて、先輩は振り返ったが、店長はさっきまでいた場所にいなかった。後でかけ直しますと言って切ったが、それから店長はどこにも見当たらず、営業は店長抜きでやった。連絡も全く取れない。今までそんなことは一度もなかったのに。営業が終わると売り上げを数えて金庫にしまったり日報を書くのがフロントの締め作業だったが今日は一人欠けていたのでそれが遅くなった。他のバイトを先に帰らせてから煙草をふかしてビールを飲みながらゆっくりとやっていたら四時になっていた。そろそろ帰るか、と先輩が従業員控え室のドアを開けると、いた。

少し明るくなりはじめて、窓から光が差し込んでいる。店長がいつも座っている店長専用の机。そこに店長が背中を向けて座っている。なんだこの野郎、と思ったらしい。

「店長、いたんすか」

「うん」

「どうして今日いなかったんですか」

「ごめんな」

「まあ今日はゆっくり休んでくださいよ。営業は大丈夫でしたよ」

「駄目なんだ、まだ仕事が」

「仕事っていったって」

そこで、気がついたんだ。

先輩はずっとフロントにいた。そこしか出入り口はない。だから、入ることが出来ない。

どこから、入ったんだ?

いや、いつから、いたんだ?

「仕事が、まだ終わらないんだよ」

そして店長が振り返った。

気がつくと、店長は消えていた。次の日店長が亡くなっていたと聞かされた。心配したエリアマネージャーが部屋に行くと、風呂に入って死んでいたらしい。酒が入って気持ちよく眠ったまま逝ってくれてたんだったらいい、と先輩はやけにしみじみと、言った。

それからその店は暫く店長不在のまま営業を続け、店長代理として先輩が仕事を引き受けた。そのお陰で社員になれたんだけどよ、と吐き捨てた。

「あの日な、振り返った店長の野郎の顔。すげー情けない顔でよ。泣きべそかいてるんだ。まだ仕事が終わらないってよう。あいつはまだ死んだこと解らないのかもな。死んでからも仕事が終わらないって言ってると思うと、無限地獄だぜ、それは。」

その店じゃ、その後もしばしば店長の霊が出た。噂じゃ今も。先輩も店舗移動でしばらく行っていないが、出来るなら行きたかないと言った。それで最後にこう締めくくった。

「俺が適当に仕事をやるのは、いい加減だからじゃねえよ。俺も忙しいけど、仕事中毒だけにはなりたかねえ、と思ってるんだ」

人生にはもっと楽しいこともあるからな。そう言ってかっかっかっ、と笑う先輩を俺は少し見直した、かもしれない。

おわり

怖い話投稿:ホラーテラー 鉄砲さん  

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