中編3
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守獅子具

 大好きだった祖母が亡くなった時、私は形見分けで祖母のお気に入りの帯留めをもらった。普通、帯留めといえば花や貝殻が多いのに、祖母が気に入っていたそれは唐獅子の姿を象っていた。

 朱漆で塗られた赤獅子。凛々しい牙を剥き出しに、左前肢を威嚇するように構えている。

従姉妹も姉も着物の帯留めにまったく興味がないようだったが、私だけはこの帯留めに秘められた話を知っていた。

 昔、この帯留めは華族のご令嬢の為に作られたのだという。明治という時代に帯刀するわけにもいかず、主は大事な一人娘を守る為に獅子の帯留めを腕の良い職人に作らせた。

 娘は父親からの想いの詰まった護りの品をとても気に入り、肌身離さず持ち歩くようにした。当時は洋装に身を包むことも多かったが、娘はいつも獅子の帯留めと共にあった。

 この時から、娘の暮らす屋敷では奇妙なものを見たという使用人が現れ始めた。夜な夜な、屋敷の中を巨大な赤獅子が練り歩いているというのだ。まるで夜警をしているようだという。

 屋敷の当主、娘の父がそれを聞くと「しっかり仕事をしているようでなにより」と大層喜んだという。娘の方はといえば「わたくしも見てみたいわ」と屋敷の使用人たちを困らせたらしい。

 以後、娘は軍人の家に嫁ぎ、夫との間に六人の子供を設けた。男の子が五人、女の子が一人。夫は日露戦争で重症を負ったが、死ぬことはなかった。この時、獅子の帯留めを妻は夫の上着にしっかり縫いつけていたという。

帰国し、帯留めの話を妻から聞いた夫は「俺は戦場からどうやって基地へ戻ったのか記憶がはっきりしない。この傷で、あのような距離を戻れる筈もないと思っていたが、そういうことか」と妙に嬉しそうに納得したらしい。

 やがて、かつての令嬢は七十八歳でこの世を去った。その際、末っ子の一人娘に帯留めを授けた。

 その末子が、私の祖母だ。

 獅子の帯留めを受け継いだ私も、祖母と曾祖母がしていたようにいつも肌身離さず持ち歩いた。成人式にもしっかり着けた。友人たちには不思議な顔をされたが、私は誇らしい気分だった。

 しかし、去年の冬。一人暮らしをしていた私の部屋に空き巣が入った。仕事がちょうど繁忙期だった私は遠方に出張していて、宿泊先のホテルで警察から連絡を受けた。

 部屋には通帳も印鑑もある。そして、こんな時に限って私は帯留めを忘れてしまっていた。いつも必ずなにかしらに取り着けて持ち歩いているのに。

 しかし、警察の方によれば被害はないという。

「いやね。空き巣に入った男が相当酔っ払ってたみたいで、あなたの部屋にでかいライオンがいたっていうんですよ。近所の方が男の悲鳴を聞きつけて110番したらしいんです。我々が到着すると、空き巣に入った男が玄関先でノビてましたよ」

 獅子の帯留め。

 すぐにピンと来た。酔っ払いが見た幻かも知れない。でも、私は確かに空き巣は獅子を見たのだと思う。

 出張を終え、急いで部屋に帰って来た私は一番最初に帯留めを確認した。小さな袋の中に獅子の帯留めは変わらず入っていた。

 ほっ、とした私だったが、違和感に気がついた。そして、すぐに違和感の正体に気がついて顔が思わず綻んでしまった。

 今、獅子は右前肢を構えている。出張前は、左前肢をあげていたのに。

 どうやら、慌てて間違えたらしい。

 私は微笑ましい気持ちになりながら、獅子の帯留めを大切にポケットに戻した。

 我が家の守り神は、律儀に主の血筋を守っている。

怖い話投稿:ホラーテラー 継人さん  

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