短編2
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ホテル

私には失踪癖というか、放浪癖みたいなものがあって、時々無意味に電車に乗ってなんとなく頭に浮かんだ数字と同じ字数の駅、もしくは時間分だけ電車に揺られ下車し、気が晴れるまでそこに滞在する。

言おうと思えば美談に仕立てあげられるが、これは紛れもない現実逃避であり、成人した今も治らないとなると社会的落語者だ。

…まぁ、(寛容な職場で)働いているから、まだそこまで落ちぶれては、いない…と思いたい。

これはいつもの如く逃亡したさきの宿泊先での出来事。

バッグにはお財布だけと心許ない装備。着替えとか化粧道具とか買いたかったけど、地理に詳しくないのでホテルを探すのでいっぱいいっぱいだった。

ようやく見つけたのは5階建ての古いホテル。多少訝しがられたけど、その日の寝床は確保。

シャワーを浴びたら解放感と疲れで、9時くらいには寝てたと思う。

早くに寝たせいか、真夜中に目が覚めた。とにかく静かで、無音の音を聞きながらボーッとしてた。

ふいに耳鳴り。静かすぎるからかと思ったけど、何か違う。寒気。

何か、居る。

「寒いなー」とか呟きながら、それほど乱れてないシーツを直す。その時視界の端に、異物が見えた。

居るはずの無いモノ、

気付いてしまったから、視てしまった。大きさも、動きも、赤ん坊だ。

ソレはこっちに、少しずつ、這いながら近付いてくる。

とにかく深く、静かに呼吸することしか出来なかった。

ソレは這い続け、とうとうベッドの死角に入った。

まだ、居る。絶対にまだ居る。

金縛りみたいに動けない。アレはまだ這っていて、死角から抜け出し、こちらに気付かず通り過ぎれと願った。

どれくらいそうしていたか、随分長い気もするけれど、20分くらいしか経ってないかも。大分落ち着くと、睡魔が襲ってくる。

…でも、まだアレが足元に居て、身体を這い上ってきて間近でハローなんて絶対に嫌だ!!!

いやだ、の単語の余韻で、もう破れかぶれでベッドから身を乗り出した。

思いの外近くで視たソレは真っ黒な赤ん坊だった。焼けただれたような皮膚、顔はぐちゃぐちゃで熟れたトマトを思い切り潰したみたいな。

完全な人のカタチを取れなかったのか、立つことも覚えていない赤子の死に際の姿なのか。

目と思しきものと視線が合うと、ソレは笑った気がする。

どうしてかその時はもう怖くなくて、こっちも笑ってみせた。

それから、また赤ん坊はどこかへ這っていった。

…あれが移動霊か自縛霊かは分からないが、無計画な旅行は止めといた方がいいね。質が悪い霊に出会ったら、そのうちマジ失踪とかするかも。

怖い話投稿:ホラーテラー 常世さん  

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