「願いの適う石、ねえ」
旅行サークルの第2サークルルームの中、東野はチェーンのついた小石を目の前に掲げて見せた。
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入り口に「旅行サークル、秘境探検の部」と書かれたその部屋は、実質的には東野が独占しているようなものだった。
周囲には怪しげな古文書やシルバーのナイフ、果ては和紙で作られた人形などであふれ、およそ健全な「大学生出会い系コンパサークル」といわれた旅行サークルとは一線を画し過ぎている。
やがてこの部屋は東野に乗っ取られ、オカルト研究部にでもなるのではないかともっぱらの噂だった。
東野の傍には、1人のセミロングの少女が、やや思いつめたような表情で東野の様子を窺っている。
「で、これを持って、その校舎の屋上に行ってみたい、と?」
問いかける東野に、少女はためらいながら頷いた。
普段は明るく、印象的なグレイがかった瞳は、今は重い決意に支配され、伏し目がちになっている。
「どう・・・ですか?」
「どう、とは?」
「その石、です。何か感じますか?本当に願いを叶えてくれるのでしょうか?」
「さあ?正直俺には分からない」
「っ・・・そんな!」
「渚さん、だったね?」
「はい。渚、で結構です」
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「じゃ、渚。
どんな強力な呪具でも、護符でも、パワーストーンでも、それ自体が願いを叶えたり、物事を解決する事はない。
祈りを増幅したり、願いを邪魔するものを祓ったり、行動が理想どおり成されるように守護するぐらいの事なんだ。
その意味で、この石それ自体が願いを叶える、なんて事はない」
「それじゃ・・・」
「だが、この石からは力を感じる。
一見すると、ただの鉄鉱石の原石の破片ようにしか見えないし、何かの様式に従って作られたものとも思われない。
しかしこれは呪物だ。きっかけがあれば、なんらかの力を発動すると思う」
「・・・じゃ、ひょっとしたら」
「ああ、ひょっとしたら、渚の想いの実現の力にはなるのかもしれない。もしもその願いを叶えたいなら、手伝うよ。
人助けは俺のモットーだからな」
渚、と呼ばれた少女の眼がぱっと輝いた。
「よろしく、お願いします!」
少女は、ぴょこんとその場に頭を下げたのだった。
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渚が東野に持ってきた相談とはこうだ。
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高校時代、彼女の親友が、校舎の屋上から謎の転落死を遂げた。
遺書などは見当たらず、警察では事件と事故の両面から捜査を進めたが、結局有力な証拠は見つからず、捜査は困難を極めた。
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こういう時の流れは決まっている。
生徒たちの動揺を治めたい、という学校側の建前と、事件化したくないという本音。
そして長期化を渋る警察の思惑が一致し、「思春期特有の衝動的自殺」、という玉虫色の捜査結果のもと、警察はその役割を終えた。
つまり彼女の死の真相は、つまるところ闇の中のまま、警察の捜査は終了したのだった。
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ところが、話はこれで収まらなかった。
渚の夢の中で、夜な夜な親友が現れるようになったのだ。
なにか訴えかけるような目で、渚を見つめ、夜明けとともに消えていく。
そんなことが何日も続き、精神的にも深刻な影響が出てきた渚は、故郷の港町の占い師のもとを訪ねて助言を求めた。
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その時に占い師から渡されたのが、この石だった。
なんでも、「願いを込めると、本人の最も大切な想いを代償に願いを叶える」という石らしい。
これで親友が亡くなった場所に行き、願いを込めれば、あるいは親友とのコンタクトが取れるかもしれない。
礼を述べて謝礼を払おうとする渚に、
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「なあに、お代はいらないよ。なかなか面白い話を聞かせてもらったからね」
と、占い師は決して謝礼を受け取らなかった。
仕方なく、礼を述べて去ろうとすると、後ろから「ただし、タダではないけどね」という呟き声が聞こえた気がしたが、振り返ると、占いの館の扉は既に固く締まり、もう2度と開く様子がなかったという。
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「願いの適う石、ねえ」
もう一度同じ言葉を呟くと、東野は石を、護身用のアミュレットと一緒にズボンのポケットの中にしまい、ゆっくりと立ち上がった。
『この石を持って、親友が死を迎えた場所に一緒に来てほしい』
それが渚と呼ばれた少女の願いだった。
だが、1人では心細かったのだろう。
それで超常現象について造詣が深く、風変わりながら人助けが趣味、という自分のもとにわざわざ相談に訪れたのだ。
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無論、東野だって、願いの適う石などという都合のいいものがこの世に存在するなどとは思っていない。
しかし、それで渚と名乗る少女が救われるというのなら、行ってみる価値はあるだろう。
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帰宅しようとして、ガラリ、と扉を開け、サークル棟を出ようと廊下を歩いていると、向こうから何か口論するような声が聞こえてきた。
旅行サークル本体のサークルルームからだ。
何だ?と思っていると、ガタン!と大きな音を立てて、中から人影が飛び出してきた。
「・・・・・・渚?」
東野は思わずつぶやいた。
先ほど東野のもとを訪れていた渚だった。
「東野さん?」
渚は立ち止まると、大きな目を見開いて東野の方を見る。
と、
「渚、おい、待てってんだよ、おい!」
言いながら、大柄な男が現れた。
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のっそりと扉から出てきた男は、東野の方を見ると、
「お?」
一言呟くと、好戦的な眼差しでポケットに手を突っ込んだまま、東野の方に向かって来た。
「東野さんよお。やめてくんねえかなあ?渚に変なこと吹き込むのよお」
こいつは、たしか『南田 潮』とかいう奴だ。やたら渚に絡んでは軽くあしらわれている男だ。
「・・・・・・なんの話だ?」
「ほおお、とぼけんスか?こいつを妙なオカルト話でたぶらかす事ッスよお。
こいつ、友達があんな目に会って、それをまだ忘れられねえ、ってのに。
あんたみたいなのがこいつの気持ち引っ掻きまわすの見てると、黙ってらんねえんだ!」
「やめて!もう止めてよ!東野さんには、私からお願いしたの」
渚が大声で叫ぶ。
東野はため息を一つついた、
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「随分な言いがかりだな。渚の親友の魂が迷っている、というのは事実だろう。
それを何とかしたい、という彼女の気持ちにこたえるにはどうするのか、を考えるのが人間としての筋だ。
渚は故郷から占い師から助言と、それ相応の道具を手に入れた。
ならばそれを試したいのが当然。
止めるのではなく、見守るのが渚の気持ちを思う者が行うべきことだと思うが?」
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「そのクソ理屈を止めろ、ってんだよ。ってかアンタ、渚とか軽々しく呼ぶなあ!」
南田はその手をポケットから出すと、猛牛のような勢いで東野の襟首をつかんだ。
「潮君!」
渚が叫ぶ。
南田はそれを無視すると、東野の首を締め上げんばかりにグッと力を込めた。
「この際言っておく。俺はてめえみたいな男、
前々からずっと気に食わなかったんだよ!
いいか、そのスカシた顔で、2度と渚に近づくんじゃねえ!」
「いいかげんにして!!」
渚が大きく手を振りかぶって、南田の頬に張り手をくらわせた。
shake
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パァン、という、風船が破れるような音が廊下に響き渡る。
何事かと、他のサークルの連中が扉を少し開けて、こちらを伺いだしているのが見えた。
「ケッ、下らねえ」
南田は東野の襟から手を離すと、廊下の壁をガンと一つ蹴りを入れて、出口へと去っていった。
「東野さん、ごめんなさい」
「・・・君が謝ることじゃない」
頭を下げる渚に答えながら、東野はポケットの中の石が、かすかに熱を放つのを感じていた。
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それから数日
約束の金曜日の夜、かつて通いなれた学校への道を、渚は東野と歩いていた。
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もう2度と来ることはないのではないかとすら思っていた高校・・・・・・。
日も沈み、外灯も乏しい道の先にある校舎は、渚の青春の思い出を抱擁しつつ、まるで巨大な墓標を思わせる威容で月明かりに浮かび上がっている。
「渚、何か感じるか?」
「・・・・・・え?」
何気なく屋上を眺めていた渚に、東野が話しかけてきた。
ふ、と東野を振り返った瞬間、渚の目の端になにか動くものが見えた。
「!! ・・・・・・?」
慌てて屋上に目を戻すも、もう何も見当たらない・・・・・・。
今、確かに人影のようなものが・・・・・・。
「いるんだな」
東野の目がすうっと細くなった。
「行こう。これは返しておく」
東野はポケットから例の鎖のついた石を取り出した。
渚はそれを受け取ると、首から下げ、校門を乗り越えるべく鉄の格子に足をかけた。
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在学中、一度も鍵がかかっていなかった視聴覚準備室の窓から校舎の中に侵入すると、懐中電灯の電源をつける。
まだ宿直や、用務員がいないと決まったわけではない。
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二人はライトを極力床に近づけ、明かりが窓から漏れにくくすると、準備室から廊下へ、そして階段へと向かった。
照度を抑えたライトに浮かび上がる鏡や、ロッカーなどは、かなり不気味なものだったが、東野は構うことなく進んでいく。
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「あ、あのっ」
東野に置いて行かれそうになり、渚は思わず前へ行く背中に声をかけた。
「あの、もう少し、その、ゆっくり。ちょっと、歩いてもらえませんか?その、怖くて」
「・・・・・・怖い?」
東野は速度を緩めると、渚を振り帰った。
「怖いというのは、その親友とやらが怖いのか?」
「・・・・・・」
渚は戸惑いを隠すように沈黙した。自分でもそんなことは考えたこともなかった。
だが、東野に指摘されたら、ひょっとしたら、そうなのか、という気持ちが沸き起こってくる。
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「どうしてだ?その親友は会って話をしたくてたまらなかった相手ではないのか?」
「・・・っそれは・・・・・・そうなんですけれど・・・・・・」
「・・・・・・怖い、という感情は不安な気持ちの裏返しだ。なにかその親友に対して、後ろめたいことがあるんじゃないのか?」
静寂が場を支配する。
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ややもあって、渚が口を開いた。
「・・・・・・そう、かもしれません」
「どんな気持ちだ」
「・・・それは・・・・・・」
しばらく階段を上る足音だけが辺りに響き渡った。
「話したくないなら、無理にとは言わないが・・・・・・」
「あ、あの…」
「ん?」
「東野さん・・・は、どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」
渚は話を変えた。
東野は、怪訝な顔で渚を振り返った。
「何を言ってるんだ?自分が付いてくるように頼んだんじゃないか」
「そう、なんですけれど・・・私なんか、そんなに、変な言い方ですけど・・・それほど仲が良いわけでも・・・・・・その…」
「人助けが俺のモットーだ、と伝えたはずだが・・・・・・」
「あ、それ!その、それは、なんで、かなあって・・・・・・」
「似合わないか?」
「あ、いえ!決してそんなわけじゃ・・・・・・」
東野は再び前を向いた。そしてしばらくしてから、一つ小さなため息をついた。
「俺がまだ小さい頃の事だ」
「あ、はい」
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「俺の夢の中に、おかしなものが出てくるようになってきた」
「おかしなもの、ですか?」
「ああ、真っ黒な、巨大な闇で出来たような蛇だ。
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絵本で見た、神話に出てくるヤマタノオロチのような、赤い鬼灯のような目で、俺の目を射すくめるんだ。隙あらば俺を飲み込もうとするような、憎悪に満ちた眼だった。
そして心なしか、その蛇は俺が成長するにつれ、巨大になっているような気がした。
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俺は夜を恐れるようになった。
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やがて俺が心のどこかで恐れていたことが起きた。
その蛇は、昼にも現れるようになったんだ。
俺が何気なく目をやった暗闇の中。それが路地の闇でも、用水路の穴の奥でも、冷蔵庫の影でも、闇がある限り奴はそこに潜み、燃えるような赤い目で俺をにらんでいた。
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俺は夜とともに、闇も恐れなくてはならなかった。
そして、俺が小学生になろうかという頃のある日の事だ。
俺はその時家の中にいた。そして冷蔵庫と食器棚の間の影から、いつものように奴は俺を見つめていた。
ちょうどその時、母親が俺の前を通り、冷蔵庫に向かったんだが、突然蛇がその身を躍らせて、母親の右腕に咬みついたんだ」
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「え!?でも、その蛇は・・・・・・」
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「そう、俺の見た幻、只の妄想、のはずだった。
しかし母親は叫び声をあげ、その場で右腕を抑えうずくまった。
みるみる母親の右腕が赤く染まっていった。
蛇はなおもその身をくねらせ、母親の腕を締め上げた。
母親の腕があらぬ方向に曲がっていった。
母親は恐怖の表情を浮かべながら、俺の方に手を伸ばし、俺に助けを求めた。
俺はのしかかるような恐怖に耐え切れなくなり、その場を逃げ出した」
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「・・・・・・え?」
「俺は泣きながら走った。どこをどう走ったかわからなかったが、当時よく遊んだ公園にいた。
そこで、俺に声をかけてくる男がいた。
公園に住み着いていた、ヒッピーのような中年のホームレスだ。
俺は訳も分からないまま、その男に今まであったことを話した。
俺の話を聞いたホームレスはすぐさま俺の家に向かい、俺の家の中に入った。
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不審者を招き入れる罪悪感、なんてものは微塵もなかった。とにかくだれか大人に、力ある人間に何とかしてもらいたかった。
ホームレスは、リビングに入り込むと、何やら儀式を始めた。
母を飲み込み、キッチンで闇の蟠りと化していた蛇は、ホームレスにも飛びかかろうとしたが、なぜかそれが出来無いようだった。
やがてそいつは苦しそうに暴れ出すと、母を吐き出し、家中をのたうち回った。
遂にはその鬼灯のような目だけを残し、蛇は祓われて消えた。
ホームレスはそれを酒瓶の中に放り込み、蛇はそれっきりになった。
後には気を失った母親だけが残された」
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渚は黙って聞いていた。
かける言葉がなかったといってもいい。
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「そのときのホームレスの指示で救急車を呼び、幸い母親に大事はなかった。
その後、ホームレスはなにか俺に色々解説してくれたようだったが、余りに長い話になったので、子供の頃の俺の記憶には残っていない。
だが、その時に聞いた『真実を求めろ。目を背けず、恐れながらでも立ち向かえ』という言葉が、今でも俺の心に残っている。
そしてもう一つ、『あいつは滅んではいない。いつか必ず再びお前の前に現れるだろう』という、俺にとっては呪いにも近い言葉だ。
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俺は世の中で、自分のように霊障に苦しんでいる人がいることを知った。
そして、自分では何もできず、恐怖に押しつぶされそうな日常を送っているものがいることを知った。
俺はその人たちを、かつて俺がホームレスにされたように、助けたいと思った。
そして、いつか再び『あいつ』が俺の前に現れた時、自分で『あいつ』を服従させる力が欲しいと、心の底から思った。
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それ以来、俺は、真実を求めること、そして、霊障に困っている人がいれば全力で助けること、そのための力を、知恵を身に着けること、を自分の行動原理にしている。
今日の事も、それに則ってのことだ。
・・・・・・俺の話は以上だ。どうだ?納得したか?」
「あ、はい。あの・・・・・・ありがとうございました。その、話してくれて」
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東野は、闇が支配する校舎の中で、懐中電灯の明かりがひときわ大きく揺れるのを感じた。渚がぴょこんと一つ頭を下げたらしい。
「あの…実は、その鬼灯の眼をもつ怪物の夢を、私も小さい頃・・・・・・」
「ついたぞ。話は後だ」
渚の話を、東野が遮った。
東野の話に夢中になっていたが、いつの間にか、二人は校舎の最上階、屋上に出るドアの前に立っていた。
「準備はいいか?」
尋ねる東野に、渚はこくりと頷いた。
東野は鍵を開けると、ゆっくりとドアを開いた。
生ぬるい夜気が流れ込んでくる。
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月明かりに青白く光るシート防水の床が視界に入って来た。
懐かしい、よく放課後にたわいもない話を級友たちと話した、屋上の景色が眼前に広がっていく。
渚は東野の後に続いて、屋上に降り立った。
辺りを見回してみる。
当たり前だが、誰もいない。
だが・・・・・・
「・・・・・・ここに、いるんだな?」
東野の問いに、渚は一つ頷くと、首から鎖のついた石を外した。
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渚は、一つ息をついた。そして、
「私の、一番大切な気持ちを捧げます。どうか・・・・・・」
どうか私の親友、「木江 洋子」に会わせてください、と渚が口にした。
沈黙が支配する。
何か起こる気配はなかった。
(・・・・・・やっぱり、駄目だったのかな?)
渚が戸惑っていると、東野が声をかけた。
「渚、お前の一番大切な気持ちとは何だ?具体的に言ってみるんだ」
東野の声に、渚は一瞬戸惑っていたが、やがてきっぱりと前を見て、石をもう一度、更に高く捧げた。
「私の高校時代の、仲間たちの思い出を捧げます。どうか、どうか・・・・・・」
渚がなおも言葉を続けようとした、次の瞬間。
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突如石が真っ赤に染まり、猛烈な熱を発した。
同時に渚の手に、灼けんばかりの熱が伝わってきた。
「!熱っ!!」
渚は思わず石を取り落とした。
コツ、コツ・・・・・・
軽い音を立てて石が転がり、慌ててその石を拾う。
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と、石の先に、小さな上靴が揃って並んでいるのが渚の視界に入った。
赤いリボンのついた上靴には、濃紺の靴下が収まり、その上には、ほっそりとした足が伸びている。
(人の足だ)
恐る恐るその顔を上げる。月光に照らされ、絹のように滑らかな両腿に、夏物の制服のスカートの裾がかすかに揺れている。
(・・・・・・まさか)
白いサマーセーターの肩には、懐かしい、二人でお揃いで、思い切って買った海外ブランドの鞄が下げられている。
(まさか、まさか・・・・・・)
肩より下にまで伸びたストレートの黒髪は、カラスの羽のように艶やかで、つつまし気につけたピンクの髪留めがよく似合っていた。
そしてその髪に包まれた、卵型の輪郭に彩られた、その顔は・・・・・・
「渚、久しぶりだね」
夜風に通る声が、懐かしく渚の耳朶を打つ。
もう、2度と聞けることの無いと思った、その、声が・・・見ることのないと思っていた眼差しが・・・・・・。
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「・・・・・・洋・・・子・・・・・・」
渚はその場で膝をついた。
亡くなったはずの親友の少女が、月の光に、はにかんだ笑顔で佇んでいた。
作者修行者