長編10
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異酒屋話-存在理由-

夏が終わると、あの暑さは夢だったのか?と思うほど寒さが一層際立つようになった。

今回はそんな時期のお話です。

今日は珍しく、お店には誰も来ていませんでした。

そんなとき、___ガラガラ

≪こんばんは≫

ドアの前に立っていたのは、カジュアルにジャケットを着こなした、優男。

「いらっしゃいませ。あら、お久しぶりです、久遠さん♪」

≪久しぶり、春ちゃん。今日は誰もいないんだね~、こんな日もあるんだね。≫

「たま~にあるんですよ。皆何しているのやら。今日はどうされます?お酒は・・・飲めないですよね?」

≪うん。いつ呼び出されるかわからないから。≫

と、スマホを確認している。

≪秋刀魚定食を!今日のお味噌汁の具は?≫

「今日はなめこです♪」

≪お!マジか!ラッキー!!≫

「今日は久遠さんが来るような気がしたんですよ。」

≪おお!そいつはうれしいなぁ。女将さん姿もすっかり板についたねぇ。営業トークも。≫

ははっと笑い、熱いお茶に口を透ける姿は昔の久遠さんからは想像もできないモノでした。

初めて会った頃の久遠さんは物静かで、自分にも世界にも関心がなく半ば抜け殻の様なモノだった。

炭火で焼いた秋刀魚は皮がパリッとして、綺麗な焦げ目に香り立つ香ばしい匂い。

傍らに大根おろしとカボスを添えて完成。今日は綺麗に焼けた。

脂ののったサンマは秋の風物詩です。

昆布と鰹節からとった黄金色の出汁に白みそを溶かし優しくたき上げる。

その中に浮かぶなめこは久遠さんの大好物。

「お待たせしました。」

膳に乗せ久遠さんのもとに運ぶと、久遠さんはカウンターに肘をつき眠っているようでした。

しかし、匂いに誘われてか夢の中から戻ってきました。

≪お、ありがとう。ちょっと眠っていた。≫

「お仕事、相変わらず忙しいんですか?」

≪まぁね。さて≫

パチンと手を合わせ、目をつむり。

≪いただきます。≫

久遠さんには食べる順序があるらしい。

まず初めに、白米を一口食べる。

つぎに、みそ汁に手をつけ秋刀魚へと向かう。

秋刀魚を半分ほど食べてから、カボスをふり食べ進める。

久遠さんの食べた秋刀魚は、漫画で描かれるような頭と尻尾を残してあとは骨だけという綺麗なものです。

≪うん。今日も美味しかった。ごちそうさまでした。≫

「お粗末様でした♪」

食後のお茶を飲んでいると、久遠さんのスマホが鳴りました。

≪わかりました。向かいます。≫

「病院からですか?」

≪うん。さて、うまい飯も食べたし頑張ろうかね。≫

「お医者さんは大変ですね。ちゃんと休めてますか?」

≪ちゃんとは・・・休めてないかな?食生活も偏りがちだし。≫

と、苦笑いを浮かべている。

「・・・カップラーメンばかりですか?」

私が少し強めに言うと、視線をそらし

≪・・・じゃぁ、行ってきます!≫

と、お勘定を置いて店を出ていきました。

「行ってらっしゃい。」

______

俺が病院へ到着すると、

___すいません。久遠先生。

と、看護師の三宝さんが玄関で迎えて声をかけてきた。

≪いいですよ。それで、容体は?≫

三宝さんが手渡してきた白衣に袖を通し、手荷物を預ける。

___呼吸が弱く、血圧が低下しています。

患者の病室へ着くと、俺が指導している研修医が診察していた。

___久遠先生。お疲れ様です。様子を見守っていましたが、久遠先生の判断無く勝手なことをするわけにはいかないと思い薬の投与はしておりません。

≪わかった。≫

確かに血圧が低く、呼吸が弱い。

手早く診断を済ませ、薬の指示を出した。

連絡が早かったこと、研修医の判断のおかげもあり容体を持ち直すことができた。

≪仮眠室で寝るね。何かあったら、連絡頂戴。≫

そう言い残し、仮眠室へと向かった。

仮眠室のベッドはやはり仮眠用であり、お世辞にも寝心地がいいとは言い難かった。

それでも、寝ないことには体がもたない。

そう自分に言い聞かせ、眠りへと落ちた。

_____

___久遠先生。ちょっといいですか?

書類整理や雑務関係の仕事を行っていると研修医が声をかけてきた。

≪なんだい?何か気になることでも?≫

___はい。今しがた初音ちゃんの検査結果が上がってきて勝手ながら僕も気になってしまい見てしまったんです。すいません。

≪うん。それで、どうだったの?≫

これなんですけど。と検査結果の紙を差し出してきた。

___数値が、やけに高くなっているんです。

確かに高い。

≪以前の結果は・・・≫

これです。と、俺に説明するために予め以前の検査結果を用意していた。

・・・病状の悪化とは考えにくいな。だとしたら、人為的な何らかのミス?それとも・・・

≪この件、俺に預けてもらっていいかな?≫

___はい。もちろん。

_____

そんなことがある中、ある日

___久遠先生。お客さんですよ。

研修医・・・不動が俺を呼んだ。

≪俺に?≫

___はい。すっごい美人ですね、彼女さんですか?隅に置けないですね~。

なんて、俺を茶化した。

仕事の話をするときは、真面目な顔をするがそれ以外はこんな感じである。

若いのにオン・オフをしっかりもっている。こいつのこういうところを俺は素直に評価している。

入口のところに目をやると、白いカーディガンを身に纏った女性。

春ちゃんがいた。

≪ばぁか。そんなんじゃねぇよ。席外すけど、何かあったらピッチに連絡して。≫

___わかりました!ごゆっくり~。

「いきなりごめんなさい。」

中庭にやって来た俺たちはベンチへと腰を掛けた。

≪いやいや、大丈夫だよ。どうしたんだい?≫

たとえ体調を崩したとしても、人間の医者には治すことができない。

彼女も俺も人ではないから。ゆえに、彼女が病院には来る理由は本来ならないはずだ。

「久遠さん。この間来た時、顔色が悪かったから。お弁当もってきたんです。医者の不養生なんて笑えないですからね。」

≪まったくだ。それじゃぁ、ありがたくいただこうかな。おぉ!≫

弁当箱を開けると、卵焼きにウインナー、ブロッコリーに焼売や千切りのキャベツ色とりどりで、どれも俺の好物ばかり。しまいには水筒にお味噌汁まで。

本当にありがたい。

≪いただきます。≫

_____

お弁当はどれも美味しく、優しい味がした。

料理にはその人が現れる。

甘いものが好きな人は甘い味付けに、濃い味が好きな人は濃い味に。たとえレシピ通りに料理をしても無意識に表れるその人の本質。

春ちゃんの料理には、俺を気遣ってくれている。そんな味だった。

料理の感想と、感謝を述べると春ちゃんは帰っていった。

休憩を終え、医局に戻ると

___いいなぁ、美人さんがお弁当を持ってきてくれるなんて~

≪見てたのか・・・?≫

___それは誤解ですよ~。たまたま、目に入ったんです。ねぇ?三宝さん?

不動はけらけら笑いながら話す。

___はい。たまたまです・・・

≪え?三宝さんまで?≫

そんなやり取りをして、午後の診察が始まった。

少々変わっているが、俺は外来患者の診察も行っている。

≪風邪ですね。熱が出て心配だとは思いますが、大丈夫ですよ。≫

小児科は専門ではないが、母親の要望で俺の元へと回ってきていた。

___久遠先生がそう仰るなら安心です。本当にこの病院に久遠先生みたいな良い先生がいてくださってよかったです!

≪はは。褒めすぎですよ。≫

___いえいえ、そんなことないですよ!ほかの先生が悪いとかではもちろんないですが、やっぱり、久遠先生だと安心感が違います!

≪ありがとうございます。また、なにか疑問や違和感でも構いません、何かありましたらお越しください。≫

___はい!ありがとうございます!

そう言って、母親とお子さんは診察室を後にした。

≪・・・良い先生・・・か≫

_____

≪ねぇ?良い先生ってどんな先生だと思う?≫

店にやって来た俺は、小鳥ちゃんと花火ちゃんに聞いてみた。

『やっぱり、腕の良い先生じゃない?』

と、小鳥ちゃん。

【患者さんの話をよく聞いてあげる先生?】

と、花火ちゃん。

≪なるほどなぁ。≫

「久遠さんはどう思うんです?」

≪俺は・・・小鳥ちゃんと花火ちゃんの両方を備えた先生かな?≫

『ふ~ん。それで、久遠は“良い先生”やれてるの?』

≪俺は・・・どうなんだろうね・・・≫

怪異である自分が人の医者をやっている時点でおかしな話なんだよな・・・。

俺は、初めから矛盾ばかりだ。

恐怖や畏怖の対象が人を助けてるんだから。

_____

少し時は流れ、初音ちゃんの容態も安定し数週間が過ぎていた。

しかし、また緯線と同じような検査結果が上がってきた。

2度も同じようなことになるなんておかしい。

違和感と不安に駆られた俺は検査結果をだれにも伝えず数日間初音ちゃんの病室に夜になると身を寄せた。

AM3:00

その日はやって来た。

病室にやって来たのは、臨床ではなく論文畑にいる薬師(やくし)という医師だった。

初音ちゃんの傍らに立ち、ごそごそとカバンの中を探り取り出したのは薬液と注射器。

___医学の発展のためだ・・・。

そう呟き、初音ちゃんの腕に針を立てようとする。

≪何をしている?≫

久遠という医者ではなく。怪異として彼の後ろに現れた。

___わぁ!?!?!?!

白衣から黒衣へと変わる。

彼の首筋には大きな首切り鎌を当てる。

≪人間風情が俺の獲物に手をかけると?≫

___なななななんだ、お前は??!

彼の質問には答えない。

≪俺はいつでもお前を見ている。忘れるな。≫

___わぁ!!!

薬師は部屋を飛び出しどこへともなく走り去った。

サァっと纏っていた黒衣は消え去り、着慣れた白衣へと色を変えた。

_____

またかよ・・・

さすがにあれで薬師も懲りただろうと思っていたが、そうではなかった。

初音ちゃんの容態はまたしても悪化した。

検査の結果はまたしても依然と同じ結果だった。

俺が甘かった。人に毒されたのだろうか。

痛い思いをすればもうしないと思っていた。しかし、あの男は違ったようだった。

≪あの野郎・・・。≫

今まで抱いたことのなかった感情。

殺意。

俺の患者に手を出し続けるとわな・・・。殺してやる・・・。

その日から、俺はまた初音ちゃんの病室に身を潜めた。

次、ここに現れた時がお前の最後だ。

潜めて何日が過ぎただろう。

その日はやって来た。

あいも変わらず、AM3:00

ドアが開く・・・やはり、薬師だった。

依然と同じように注射器を取り出すと初音ちゃんの腕へと伸ばした。

___私の論文・・・ひいては医学の発展のためだ。

コロス・・・

俺が具現化しようとする刹那。

ガララ!

病室のドアが開く。

___テメェ!!!何してんだ!!!!

怒声とともに現れたのは・・・不動だった。

俺が怪異として具現化するより早く彼は現れ、薬師の頬へと重い一発を放っていた。

大きく吹き飛ぶ薬師。不動は馬乗りになり続けざまに拳を振るう。

___俺は・・・医学の発展の・・・ために・・・。

___発展のためなら・・・女の子一人の命をモルモットにしていいのかよ!!

固く握りしめた拳を大きく振りかぶる。

パシッ

≪そこまでだ・・・不動。≫

___久遠・・・先生・・・?。

最後の言葉を吐いた後、薬師の意識はなくなっていた。

不動への言葉は後。とりあえず、この男を運ぶことにした。

仮眠室へと放り込み、宵の喫煙所で不動の話を聞くと。

当直だった不動が見回りをしていると、初音ちゃんの病室に違和感を感じたらしく外で聞き耳を立てていたところ薬師の言葉が聞こえたまらず飛び込んできたというものだった。

それからの流れは、先で述べたものだった。

≪・・・不動。君は組織の中、社会の中で生きるものとしては少し早計なことをした。暴力はやはり良くない。≫

殺そうとまで思った俺が言えたことではないが・・・

___はい・・・。

≪ただ、個人的な気持ちを言うのであれば“よくやった。”形はどうあれ、君は確かに初音ちゃんの命、未来を守った。今回のことは、俺が理事会に説明する。やつも殴られたことを口にするだろうが気にするな。ことが事なだけに殴ったことなんてどっかに消えるだろうし、もしもの時は俺がしかるべき場所できちんと説明する。≫

うつむいて、殴った右手をさすっている。

案外、人というのは固いのだ。殴りなれてないものが殴ると作用反作用の法則に従ってひどい痛みを伴う。

≪こう言うのもなんだが、あそこで君が先に殴ってくれてよかったよ。じゃなきゃ、俺があいつを殺してた、ハハッ。・・・ったく、そんなしょげた顔をするな。君は・・・良い医者になれるよ。≫

_____

ことの顛末。

俺が今回のことを理事会に報告したことにより、薬師は聴取を取られることなった。

もちろん不動に殴られたことをやつは話したが、理事会は相手にしなかった。

それもそのはず、俺があらかじめ話を通しているのだ。理事会の人間は俺の話を無視できない。それほどの貸しを作っている。

警察を交えた話ともなり、奴の身柄は警察預かりとなった。

「久遠さん・・・。体調・・・あまり芳しくないでしょ?」

カウンター越しの春ちゃんが俺の顔を覗き込む。

≪まぁ・・・ね。俺はみんなと違い、刻一刻と寿命を消費しているしね・・・。≫

『生き方は・・・もう変えないの?』

≪もちろん。≫

俺は“死神”として魂を刈っていた。

死神である俺が人を助けることは、己が存在の否定にもつながる。すなわち、寿命の消費だ。

俺の死神としての過去は消えないし、消そうとも思わない、後悔もしない。それが俺の存在理由だったから。

だけど今は違う。たとえ、俺が消えることになろうとも魂は刈らない。助けられる命は、泥にまみれようが、寿命を削って、血反吐はこうが絶対に助ける。・・・俺は、“医者”だから。

♪~♪~♪~

今日もまた、定食を食べ終わった俺のスマホが鳴る。

命続く限り、俺は人の命を救い続ける。

一人の医者として。

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