中編4
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D・R・D・R・D・R・D

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「ゆうた」

私は首が2倍ほど伸びた子どもを抱えて、ある種の可笑しさを感じながら泣いていた。

こんなふうになるわけないよねと、既に死んだ息子に問いかけていたそうだ。

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ベッドから起きて、警察から説明を受け、ようやく息子が轢き殺されたことを理解した。

懲役は6年。聞かされた時はどうでも良かった。あの子を生み育てるために授かった命だったので、頃合いを見て自殺しようと思った。

ただ、学校に置いてある上履きや道具箱なんかを引き取りに行ったとき、考えは変わった。

触れた直後に感じたゆうたの温かさが、私の血を沸き立たせた。それは怒りと喜びと諦めの、到底、相容れないものだった。

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私は服役期間を数えることを生きがいにした。それ以外の行動を取らなかったので栄養失調になり、気が付くと病院に運び込まれ、引き続き世話をしてもらうこととなった。そのときいた夫には<車は持っていかないで>と頼み、離婚した。

「D・R・D・R・D・R・D」

本を読みながらお経のように呟く私に、誰も話しかけてはこなかった。

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そうして6年が経つと、錆びついた声を出し、犯人に謝罪してもらいたいと願い出た。話が通り、病室へ招くことにした。

1週間後、光を失った目で、よろよろと男が入ってきた。

「僕にも息子がいるんです」

入った矢先にそう言った。何かシナリオでも考えてきたのだろうか。私は無表情で<そう>と言った。

「あれから毎日夢を見ます。あの事故の瞬間を毎日」

男は涙をすすり、がくんと膝を付くと、さながら悲劇の主人公のような雰囲気を見せた。

「あなたの気持ちが私なんかに分かるはずもありません。私は二度と人を傷つけないことを誓います。もう車には乗りません。自転車にも乗りません。ただ静かに生きていこうと思うんです」

「うらやましい」

「は?」

「毎日ゆうたと会えるなんて、うらやましい」

男は理解を超えた恐怖を顔に浮かべ始めた。

「どんな顔をしてるの。死ぬ直前のゆうたは」

「すみません」

「驚いてたの?笑ってたの?」

「すみません」

「私にも会わせろ」

「すみません」

暴れだした私を看護士が止めた。すみませんしか言わない男は足早に部屋を出ていった。廊下から何かブツブツ言っているのが聞こえた。私は息を切らし、窓際で飛んでいる蝿を眼力で殺すように睨んだ。

蝿だ。私の人生に何の価値も生まずに邪魔だけする蝿ども。

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生活能力を復帰させ、カウンセリングも終えた頃には、私の気は晴れていた。

私は犯人と会うため、家を尋ねた。

男は何やら以前より衰弱していた。生活感の無い部屋で、しけたお茶を出され、すすった。

「私はあなたを許すわ」

ぼんやりと項垂れていた男の視線が上がる。

「もう私は大丈夫。これからしたいこともできた。あなたのおかげでね」

「そうなんですか」

「子どものことは忘れましょう」

「ああ」

男は泣いて、ありったけの感謝の言葉をぶつけてきた。私は男の頭を撫でた。

帰り際、玄関で小さな男の子が見送ってくれた。無邪気に笑っている様子がゆうたとよく似ていた。私がその子を見て「D・R・D・R・D・R・D」と唱えると、不思議そうに瞬きしていた。

そして夜を待った。

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運転免許教則本を読みながら、ギアをDにしてみた。

あっという間にぶつかってしまい、どん、と車全体が揺れた。

達成感が無かった。ギアをRにした。

ちょっと大きい石を踏んづけたタイヤの感触を確かめ、ギアをDに変えた。

石が潰れて、液体の音が増したのを確かめ、ギアをRに変えた。

また石を削り、ギアをDに変えた。

小さな石を潰し、ギアをRに変えた。

液体の上を滑らせ、ギアをDに変えた。

細切れの糸くずか何かを擦り潰したところでブレーキを踏んだ。

窓を開け、鼻で深く息を吸った。ガソリンと血とおしっこの匂いが入ってきたので良しとした。

「ああすっきりした」

あえて大きな声で言った。

私が車を降りて、下を覗き込んだとき、自分のふくらはぎが破裂した。

片足の感覚を失いその場に崩れた。見るとそれはやわらかく潰れていた。

「おまえが俺の息子を連れ去ったのか」

人の足と揺れるバットが視界に入った。私は笑みを漏らした。

「子どものことは忘れましょう」

それが癪に触ったらしく、バットは大きく振りかぶられ、殺意を持って脇腹に落とされた。

呼吸する機能が一瞬で失われ、逃げようともがいてみた。

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そこで見た男の顔は、すでに人間の顔ではなかった。

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あたなは現世に残るといい。みんなで空から手招きしていてあげるわ。

あなたを呪いながら。

Concrete
コメント怖い
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@兎
コメントありがとうございます。
それは僕がスルーしちゃってました。加筆してみます。

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