中編4
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不機嫌な運転手

暗闇を裂いて、車輛のヘッドライトが道を照らす。

ズタズタになった防風林の並んでいた場所を、ブロロロ……とセダンタイプの車輛が一台、寂しく走り抜けて行く。

眉間に皺(シワ)を寄せた男がハンドルを握り、走り屋の如く猛スピードで駆け抜けるでも無く、かと言って臆病とも思える様なノロノロ運転でも無い───言わば丁度良い速度で走り去る。

チラリ、チラリとカーオーディオの時計と腕時計とを見比べる。

「……フン」

不機嫌な息を鼻から出す。

2:00……多くの知る、草木も眠る丑三つ時である。

いつの間にやら、後部座席に髪の長い、白く薄い服に身を包む女が音も無く乗っている。

俯(うつむ)いていて青白く、表情は読み取れない。

「……来たか」

チラリとバックミラーを見た男、低く呟き速度を上げるでも無く、落とすでも無く、変わらず防風林のなぎ倒された一帯を走り続けている。

「……え」

───女の口元だけが、かすれた声と共に開く。

忌々しそうな目付きでジロリとバックミラーを一瞥して、男は口元を歪ませる。

「……あ」

───再び女が口を開く。

明らかに乗り込んで来た様子も無く後部座席に現れて、この世の存在とも思えない異物と接触しているにも関わらず、乗せている男は恐怖どころか憤怒(ふんぬ)の表情でいながらも、穏やかにブレーキを掛けた。

「……どうして」

───後部座席右側……運転席真後ろの窓に手を掛けた女が、先程と変わらぬかすれた声で呟く。震えているのか、身体がブレ始める。

「さあな。怨むかい?怨むんなら、海の神様にでも喰って掛かる事だ。死んだ自覚も無いから乗せろって頼んでだよ、それで乗せたら消えてよ、タクシーの運ちゃんがどんだけ迷惑してると思ってんだ。で、此処(ここ)がどうやらアンタの家が〝在った〟所みたいだがな……どうだよ、どうなんだよ」

下唇を上の前歯で噛み、忌々しそうな表情を崩さず、男は拳を握り締める。

「う、う……あははは……私、死んだ……のね……どうして……どうして……なの……」

「どうして……どうして……」

声が増えて来た。後部座席右側の窓に手を置いたまま崩れ落ちる女の隣に、中高年とおぼしき夫婦が、肩を寄せ合って震えている。

「娘……娘……」

「あの子は……あの子は……」

「御宅等(おたくら)、あの髪の長い娘さんとは、知り合いで無いらしいな。同じ地震で、アンタ等も亡くなった様だ。だがな、あの日に元気な女の子が産まれた人も居たみたいだぜ」

冷たくあしらい続けようとしたが、徐々に軟化した口調になり始めた男、ふと震災直後に起きた奇跡とも思える話が、新聞記事に載っていたのを思い出して、話し始める。

「本当に……」

「ああ……もしかして……」

安堵に満ちた様な声がしたかと思うとそれは遠ざかり、夫婦の姿が穏やかに消えて行った。

「この辺りもなァ、津波が来てよ。防風林がなぎ倒されちまって、家も建物も飲み込まれちまった……だから家が見付からねェのは当たりま……」

「御免なさい……許せないけど……御免なさい………」

すすり泣きが聞こえながらも、その悲しみに満ちた声も遠ざかり、いつの間にやら女の姿も消え掛かっている。

「許せない?何の事だ」と睨み付けようとするも、良く良く考えれば、自分自身も料金を支払わずに消える幽霊客を許せず、夜な夜な暗闇の道を走り抜けていた為、或る意味では身勝手なる義憤である事には変わり無いよな、と男は思いとどまる。

「俺も……悪かったな」

ふと男が気付くと日が高くなっており、車内の熱さでじっとりと汗をかいていた。

警察車輛が男の周りを囲んでおり、聞く所に依ると明け方近くから、ずっとセダンが停まっていると、カブに跨がる新聞配達員からの通報が有ったとの事である。

もっとも、広範囲に亘(わた)って濡れていた後部座席に関しては、原因不明との結論が出されて、首をかしげられてしまったが。

────────────────────

暫くして、上司に呼び止められる。

「お前、夜な夜な海沿いの防風林がなぎ倒された場所を走ってるらしいな。夜のドライヴも結構だがな……タクシーの運転手のコスプレはやめとけ。自分の業務に邁進しなってこった」

「……え」

───面妖(おか)しい。密かな身勝手なる義憤から起こした行動だった筈なのに。しかも、誰一人として口外してもいない筈なのに。

更には、あの件に懲りる格好で、此処数ヶ月は走り抜けてもいないのだが……はて。

「ハイ、気を付けます」とは言ったが………いや、待てよ。

男はふと思い出して、滅多に開ける事の無いダッシュボードを、ガチャリと確認して見る。

「あちゃー……」

御守りがちぎれていた。

車屋から貰った説明書も車検証も、傷一つ無いのに……だ。

フロントガラスに貼り付けようとするも、吸盤の力が弱く諦めて、致し方無くしまっていたのを思い出した。

Concrete
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