身を捧げる ~被検体side~

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身を捧げる ~被検体side~

*6月3日に投稿した「身を捧げる」の被検体サイドの話です。

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"期間限定!初めて登録した方に、ネットでお買い物に使えるポイントを、もれなくプレゼント!"

こんな言葉に乗せられ、俺はあえなくマッチングアプリに登録してしまった。

マッチングアプリなんてバカにしていたが、俺のささやかな自我なんて、この誘い文句で崩れる程度のものだった。

ポイントだけ貰って、時期が来たら退会…とはならず、暇つぶしに時間があれば見るようになり、その内、気になった何人かとLINEをするまでになった。

相手のプロフィールも当てにならないが、俺も経歴に嘘を記入している。

まあいい。そんなに長く続かないだろう。

「…っ?」

まただ。この頃、どうも誰かの気配を感じる。

…ストーカー?

いや、まさか。

見た目も経歴も残念な俺に、執着する人なんているはずが無い。

ネカフェ暮らしで、バイト先のコンビニとの往復しかしないし、知り合いもその小さな範囲だけだ。

恨まれる覚えもない。人畜無害な小さい人間の俺は、誰の記憶にも残らないとすら思う。

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"今度、お食事に行きませんか?"

LINEのやり取りをしている女性から誘いを受けた。

金も無いし、実際会ってしまうと色々面倒になるから迷っていた。

すると、

"私、この店の割引クーポン持ってるので、良かったら行ってみませんか?"

と、店のURLとクーポン券の画像が添付されてきた。

これは…クーポンを使えば、格安で食事にありつけそうだ。

俺は、またも乗っかる事にした。

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「お腹一杯になりましたね」

彼女が満足そうに微笑む。

特別美人ではないが、アプリの画像よりも実物は良い。

会話はまぁまぁ楽しかったし、あまり詮索しない所に好感を持った。

年は、俺と同じ位だったか。

研究の仕事をしてると言っていたが、身なりもきちんとしているし、待遇の良い会社に勤めていそうだ。

「研究の仕事って、なんか大企業に勤めてるの?」

まずい。相手の仕事の話を詳しく聞いてしまうと、こっちも話さなきゃならなくなる。

俺は、アプリ上では中堅の銀行マンだ。

「そんな事ないですよ。母体は多少大きいですけど、私達は下請けの下請け…みたいな感じです。」

詳しい仕事の話を振られるかと思いきや、彼女は自分の事を話し始めた。

仕事にやりがいを持っている事、大学の論文に協力した事があるって話もしていた。

難しい事はわからなかったが、半ば、仕事に執着と言えるほど身を捧げている気がして、結婚に縁が無かったのも少し納得した。

…この話が本当であれば。だが。

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「…っ。」まただ。見られている気がする。

だが、彼女にそれを気取られないよう店を出た。

俺はこの時、使っていた箸が無くなっていた事に気付かなかった。

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それからたまにLINEでやり取りをし、何度か食事に行ったが、仕事が忙しいのか、あまり時間は作れないようだった。

俺の経歴については、二回目に会った時に正直に話した。

彼女は意に介さないと言った風で、実は自分も年を3つサバを読んでいたと、笑っていた。

彼女は、俺の今の生活について深く聞くでもなく、家族や友達の事を聞きたがった。

病歴やアレルギーを聞かれたときは驚いたが、職業柄クセなんだと謝っていた。

医療系の仕事だから、ついデータを集めたくなると。

変わった所はあるが、俺は、彼女と付き合いたいと思った。

純粋に惹かれた訳ではない。

彼女の生活力と、あわよくば一軒家の社宅に転がり込めないだろうかという下心からだ。

結婚を前提とすれば、独身用でも住めると聞いた事がある。

ダメ元で付き合って欲しいと言った所、まさかのOKだった。

その日の帰り際、彼女から会社の名刺を貰った。

ネカフェに戻り名刺の会社を調べたが、ホームページを見る限りきちんとした所で、関連会社も名のある所だ。

今更ながら、なんで彼女が俺と付き合うと言ったのか、怪しく思えてきた。

…詐欺?いや、俺に、しかける価値があるとも思えないが。

でも、世の中には金の無い人間がターゲットになる犯罪だってある。

この名刺も、もしかしたら…

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それから少しして、俺は名刺にあった彼女の職場に電話をかけた。

「もしもし。わたくし、以前そちらの研究員の方に、卒論でお世話になった○○大学のものですが。また、協力をお願いしたい事がありまして、○○さんはまだ御在籍でしょうか。」

少し待った後、

「もしもし。お電話代わりました。」

彼女の声がした。

俺はそのまま電話を切り、食事に誘うLINEをした。

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前回会ってから一週間程して、彼女が自宅に呼んでくれた。

"家が片付いてない"

なんて理由で、はぐらかされていたが、まさか、毒蛇を飼っていたとは。

あまりの予想外に、かなり引いた。

顔に出ていただろう。

詐欺も何も、少し残っていた疑念も全部吹っ飛んだ。

仕事とは言え、その理由じゃ、男も寄り付かない。

そう言う趣味の人もいるが、蛇を好む人は自己愛が強く、なかなか恋愛に興味を持たない…らしい。

だが、そこに目をつぶれば、俺の目論見は上手くいくかもしれない。

日中は蛇の世話をして、体調のチェック。

エサは何日かに一回らしいし、そこをクリアすれば、ネカフェ暮らしとはオサラバだ。

しかし、なまじネットでエサやりの動画を見てしまった為、少し迷いが生まれた。

見なければ良かった。

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小作りで平屋ながら、立派な社宅が続く。

"立派なのは家だけ"と言っていたが、収入も結構あるのだと思う。

入って右側がリビング、向こうは浴室っぽい。手前は寝室か?

となると、奥の部屋がアレか…。

彼女が出してくれた昼食は、家庭の味では無かった。

こちとら、実家からも見切りをつけられ、誰かに料理を作って貰う機会も無いに等しい。

彼女に聞けば、素直にケータリングだと言いそうだが、黙っておいた。

味は良かったし、苦手を金の力で解決するのも悪くない。俺には、その金すらないんだから。

その後、彼女が"様子を見に行きたい"と言った。エサをやるんだろうか。

付いて行こうかとも思ったが、躊躇してしまい、残る事にした。十分以上はかかるらしい。

俺はその間に、台所のゴミ箱を覗いて答え合わせをした後、怪しまれない程度にリビングを見て回った。

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やはり、良い暮らしをしているように思う。あまり身の回りに金をかけていなさそうだが、それは興味が向かないからだと思った。

必要な物であれば、値段に関係なく揃えている。

頓着しないのか、食器棚の引き出しに通帳があった。残高や給与の振り込み額をみて、俺は決めた。

彼女に一緒に住みたいと言ってみよう。

蛇の世話をすると申し出て、嫌になったら、別れれば良い。

彼女が戻ってから、仕事の話を詳しく聞いた。

"万能な蛇毒の血清を開発して、世の中の役に立ちたい"

だいたいそんな内容だった。

彼女にとっては、仕事は生活の手段ではないようだ。

仕事に対して異様な程真剣だが、しかし、こんな暮らしをするためには、その位の熱量が必要だということか。

仕事の力になりたいと、ここでは軽く伝えておく。

昼食のお礼にと、夕飯の提案をした。食事をしながら、ゆっくり話すとしよう。

この先、長くは上手くやっていけなくても、しばらくは楽が出来るかもしれない。

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首筋に痛みを感じてから、どの位経っただろう。うっすら意識が戻ると、寒さを感じる。だから、体を丸めているのか?いや、何かに入っている?

体が動かない。

声は出せそうだが、安易にそうしてはいけない気がした。

彼女と外に行こうと話して、プレゼントがあると言われ…その時、首筋に何かを打ち込まれたんだ。

倒れた後、白い服の男がやって来て何か話していたが、後は覚えていない。

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俺は、車に乗せられているようだ。

どこかに運ばれているのか。

彼女は、なぜあんな事を。

考えられるのは、まさか、臓器売買…。

今になって気づいた。

俺の経歴は関係なく、健康か、いなくなっても後腐れのない人間か、それが重要だったのだ。

大きな組織ぐるみなのか。いずれにしろ、助かる見込みは無いだろうと思った。

………

どこかに着いたようだ、俺は外装ごと何かに乗せられ、ガラガラと、どこか建物の中に入っていった。

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この施設に来て、3ヶ月になる。

定期的に蛇毒を注射され、抗体が出来るのを待っている。初めは体調が悪くなったが、その内慣れてきた。

検査やらもあったが、ネカフェより快適に過ごしていた。

三食昼寝付き。制限付きとはいえネットは使い放題。バスルームもある。

このブロック外には出られないが、歩き回るのも自由だ。被検体の健康も、重要なんだろう。

彼女ともたまに顔を合わせるが、涼しい顔で毎回挨拶されている。

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"抗毒血清を作る器になる"

話を聞いた時は、どこか海外に連れて行かれるのかと思ったが、俺は適性検査の結果、日本に多くいる毒蛇と相性が良いらしく、ここで抗体を作る事となった。

……"マッチング"したのか。笑えない。

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こんな事になって自分でも不思議だが、案外肝が座っていたらしい。

そういえば昔から、良くも悪くも慣れるのだけは早かったな。

ネットで、血清の事も調べた。

俺の体で増やした抗体を使って、血清を作る訳か。

あの時は話半分で聞いていたが、彼女が言っていた事が、今は何となく理解出来た。

困っている国や人が多い事も。

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「おう。抗体作ってるか?」

イラつく声で話しかけられた。

俺をここに運んだ男だ。彼女の上司で、そこそこ偉いらしい。

この男は、彼女の家での様子もカメラで見ていたようで、"お前とは通じる物がある"と、何だか馴れ馴れしい。

研究員とは最低限の会話しかしないが、この上司はある程度の情報を教えてくれる。

俺が暴れたり、逃げようとするとは思っていないらしい。そのつもりもないが。

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やがて、俺の抗体抽出の日がやってきた。

ここで良い結果が出せなければ、別の用途に回されるんだろう。

良い結果…と言っても、そうなったら生かさず殺さず、死ぬまでここで抗体を絞られ続けるんだ。

「嫌になったら、死んでいいよ」

と、ご丁寧に致死量の蛇毒をいつでも投与すると言われている。

どこまでも研究に使おうという腹に笑ってしまったが、上司はそんな俺を見て嬉しそうだった。

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「んー。並だな。」

丼の注文ではない。俺の抗体の話だ。

どれをとっても平均的な数値だそうだが、俺にしては上出来だ。

「それでさ、提案があるんだけど。」

上司はニヤつきながら俺にある話を持ちかけてきた。

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あれから一年が経った。

上司の提案に乗っかった俺はこの研究所で、調査員兼、雑用兼、時々被検体として働いている。

…あの上司は、ホントに俺の上司になった。

被検体から調査員になった事例は、過去に一件だけあったそうだが、異例中の異例らしい。

何で俺に声をかけたのか、上司は答えてくれない。

上司の言うようにターゲットを観察したり、髪の毛や使った箸の回収はするが、LINEのやり取りはこの人がやっている。

そして、相手は高確率で釣られている。

指示も的確だし。

だから尚更、何か理由があって俺をこっちに回したんだと思うんだが。

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合間に、蛇にエサをやったり、蛇毒を抽出する手伝いもしていたが、こっちも上達したと思う。

この抽出作業が、危険な上に時間がかかる。

多分これで噛まれたら、そこでまた被検体に逆戻りだなと毎回思いながらやっている。

初めは躊躇していたエサやりも、他の作業も慣れてきた。

その順応性が取り柄だと、上司はまたニヤリと笑った。

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prrrr…

「もしもし、以前お話していた、抗体を持った被験体同士の受精に関してですが。

準備が整いましたのでご連絡を。

抗体の質は並ですが、受精に関してはそちらの方が良いと思われます。順応性が期待出来ますので。

ええ。新しく研究する、胎児から育てて抽出する方法です。

その方が、より抗体抽出に向くのではないかと…。」

Concrete
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