中編5
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恋慕

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 ある日突然、

 死んだ愛する人が生き返ったとしたら——

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 それはある日、突然の事だった。

 今日もいつものように仕事を定時に終わらせた俺は、アパートの鍵を開けて誰もいない家の中へと入った。

 玄関に飾られた写真に、そっと指で触れる。

「ただいま、美希」

 ポツリと小さく呟やけば、そんな俺に向けて写真の中の美希が笑顔を見せる。

 ——俺たちは一年前、結婚するはずだった。

 結婚式を一週間後に控えた俺に知らせが届いたのは、そろそろ仕事を切り上げて会社を出ようとしていた時だった。今しがたしまったばかりの携帯が鳴り出し、俺は鞄から携帯を取り出すと画面を見た。

 そこには、知らない番号が。

 誰かと思いながらも、俺は画面に触れると携帯を耳にあてた。

「はい」

『—————』

 電話口からの知らせに、携帯を持つ俺の右手は小刻みに震え始め、ついに力をなくしたその手は握っていた携帯を離した。床へと向かって滑り落ちた携帯は、薄暗い部屋の中でカシャーンと無機質な音を上げる。

 

 美希が——交通事故で、亡くなったとの知らせだった。

 それは、あまりにも突然の出来事だった。

 あの日から——。

 俺は美希のいなくなったつまらない人生を、ただ生きる為だけに淡々と過ごしていた。今日もそう。それは変わらないはずだった。

 テーブルに鞄を置き、ジャケットを脱ぐとハンガーに掛けようと寝室の扉を開く。

 ———!!

 寝室の前で突っ立ったままの俺の手元から、ゆっくりとジャケットが滑り落ちてゆく——。

 俺は、目の前の光景にただただ驚愕した。

「おかえり。……京ちゃん」

 ベッドに腰掛けた美希が、俺に向けて優しく微笑む。

 俺は震える身体でゆっくりと近付きながら、カラカラになった喉から小さな声を絞り出した。

「美、希……? 本当に……っ、美希なのか……?」

「……うん。京ちゃんに会いに来たよ」

 そう言って俺に微笑みかける美希。

 どんなに会いたいと、毎日願った事か——。

 俺は震える指先で目の前の美希の頬にそっと触れると、まるでその存在を確かめるかのようにキツく抱き寄せ、その身体に縋《すが》り付いた。

「美希……っ! 美希……っ、会いたかったよ……美希っ!」

「私も……。会いたかったよ、京ちゃん」

 そう言って、俺を優しく抱きしめ返してくれる美希。

 これは一体どういう事なんだとか、疑問はたくさんあるけれど……。そんな事、どうだっていい。

 腕の中にある確かな存在に、俺はただ、喜んだ。

 ——美希がいる、それだけでいいんだ。

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 それからの俺の日常は、ガラリと変わった。

 モノクロでつまらなかった日々がカラフルに色付き、俺は毎日美希と過ごせる事に喜び、感謝した。

 もう、これ以上のものは何もいらない。心からそう思えた。

 俺は家から出る事ができないと言った美希に、「それでもいい。ただ、側にいてくれるだけでいい」と告げた。

 毎日キッチリと定時に仕事を終わらせ、美希の待つ家へと帰る。

 一年前——。

 俺達は、結婚して初めて一緒に暮らす予定でいた。その果たせなかった未来を今、俺は美希と一緒に叶えているのだ。

「ただいま、美希」

「おかえりなさい、京ちゃん」

 笑顔で俺を迎えてくれる、最愛の美希。この笑顔さえあれば、充分に幸せなのだ。

 俺は顔を綻《ほころ》ばせると、目の前の美希を優しく抱きしめた。

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 美希が戻ってきてから一カ月程が経ち、すっかりと今の生活にも慣れてきた。

 家に帰れば笑顔の美希が俺を出迎え、一緒に夕食を取って夜は美希を抱きしめて眠る。そんな、幸せな毎日。

 俺は右手に持った小さな箱を目前で掲げると、それを見つめて微笑んだ。

 今日は、美希と付き合って十年目の記念日。高校の同級生だった俺達は、俺の一目惚れから交際をスタートさせると、時々小さな喧嘩をしながらも順調に関係を築き上げてきた。

 そう——あの日、突然美希が俺の元から消えてしまった日までは。

 イチゴの乗ったショートケーキを嬉しそうに食べる美希の姿を想像すると、ケーキの入った箱を持って自宅へと急ぐ。

 ——すると、家に近付くにつれて徐々に騒がしくなってきた周りに気が付き、嫌な予感がした俺は、自宅へと向かって一気に駆け出した。

 目の前に見えてきた自宅へと続く角を曲がると、そこにはたくさんの人集《ひとだか》りと二台の消防車が止まっている。さらに奥へと続く道の先へと視線を移すと、驚きに身を固めた俺は右手に持っていた箱を落とした。

 愕然と立ち尽くす俺の視界に映っているのは、俺の住む木造アパートが勢いよく燃え上がっている光景だった。

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 ———!!!

「……美希っ!!!」

 群がる人集《ひとだか》りを押し退けると、俺は家の中へ入ろうと必死に前へと足を進める。

「……っ君! 危ないから、下がって!!」

「美希が……っ! ……っ美希がまだ、中にいるんだ!!!」

 制止を振り切ると、急いで階段を駆け上がって自分の部屋へと向かう。

(美希っ……、美希……っ!! 無事でいてくれ……っ!!!)

 燃え盛る炎の中、なんとか自分の部屋まで辿り着いた俺は、呼吸もままならない程の煙の中で必死に美希の姿を探す。

「美希っ!!! ……っ、美希!!! 」

「京、ちゃん……」

 微かに聞こえてきた声に目を凝らすと、そこには、泣きながら蹲《うずくま》っている美希の姿があった。

 俺はすぐさま美希の元へと駆け寄ると、その小さな身体を優しく抱きしめた。

「美希……っ。もう、大丈夫だよ」

「京ちゃん……」

 涙を流しながら、震える小さな手で俺を抱きしめ返した美希。

 美希が俺の元へ戻ってきた日——美希は、俺にこう告げた。

『この家から出たら、私は消えてしまう』

 腕の中にいる美希をキツく抱きしめると、俺はその耳元に向けて優しく口を開いた。

「……大丈夫。もう、美希を一人にはさせないから」

 抱きしめている身体をほんの少しだけ離すと、俺は美希の唇にそっと優しくキスを落とした。

「……愛してるよ、美希——」

 そう告げると、俺は目の前の美希を見つめて優しく微笑んだ。

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「……酷いわねぇ〜」

「木造だから、火のまわりが早かったみたいよ」

「煙草の不始末が原因らしいわね……。でも、犠牲者がいなくて良かったわよね」

「それがね……。一人いたらしいのよ、二十代の男性が」

「可哀想に……。まだ、若いじゃないの」

「……なんでもね。自分で飛び込んで行ったらしいのよ」

「え……? 自分で? ……命より大切なものでも、あったのかしら……」

「変な話しだけどね。その亡くなった男性、ウェディングドレスを抱きしめたまま亡くなってたらしいのよ……」

「ウェディングドレス……? 何でそんなもの……」

「さぁ……」

「……まぁ、他に燃え広がらないで良かったわよね」

「そうねぇ……。うちの旦那にも、煙草は気をつけてもらわなきゃ。うちの旦那ったら——」

「———」

「————」

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