中編6
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僕のミア

 僕の一日の始まりは、まず起きてすぐに可愛いペットへ朝の挨拶のキスをすることから始まる。

 チュッと軽くリップ音を響かせると、僕は慈愛に満ちた瞳を細めた。

「おはよう、ミア。今日も可愛いね」

 そう優しく微笑みながらそっと頭を撫でてやれば、嬉しそうに頭をくねらせて可愛らしい声を上げたミア。

 そんな姿を愛おしく思いながらクスリと声を漏らすと、もう一度ミアの頭を優しく撫でてから口を開いた。

「今、朝ご飯用意するからね」

 寝起きで頭の冴えない状態のままキッチンへと向かうと、自分の朝食は後回しにしてミアの為の朝ご飯を準備する。

 やはり、ペットを飼っているとどうしても自分のことは後回しになってしまう。それ程に、ペットという存在は愛おしい。

 正直、ペットを飼っていると旅行にだって行けやしないし、心配で夜遅くまで家を空けることもできない。中々言うことを聞いてくれない躾の時間には、時には骨が折れる程の苦労をさせられることもある。

 だけど、ミアはその苦労以上の幸せを僕に与えてくれる。

 ミアの面倒を見ることは飼い主である僕にしかできないことだし、飼った責任だって勿論ある。僕の自分勝手な都合でペットとして飼われることになったミアのことを思うと、一生手放す事なく愛情を注いであげなければならない。

 それが責任というものだ。

「ほら、ミア。ご飯だよ」

 

 新しい水と食事をキッチンから持ってくると、ミアの足元にお皿を置いてニッコリと微笑む。

「たんとお食べ」

 促すようにそっと頭を抑えてやると、足元に置かれた餌の存在に気付いたミアは、嬉しそうに喉を鳴らすとピチャピチャと食べ始めた。

 その姿を眺めながら朝の癒しを堪能すると、棚に置かれた時計の針を見て慌てて会社へ行く準備に取りかかる。

 昨夜遅くまでミアの躾をしていたせいか寝坊をしてしまった為、どうやら今朝は朝食を食べる余裕はないようだ。

 だけど、どんなに寝坊をしようともミアの世話だけは欠かさない。それが、ペットを飼う責任というも。

「それじゃ、行ってくるね。いい子で留守番してるんだよ、ミア」

 悲しそうな瞳で僕を見送るミアの姿に心を痛めながらも、仕事を休むわけにもいかずに断腸の思いで自宅を後にする。

(今日は、お土産にミアの好きな魚でも買って帰ろう)

 ミアの喜ぶ姿を想像しながらクスリと小さく微笑むと、僕は会社へと向かう足を急がせたのだった。

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「──ただいま、ミア。いい子にしてたかな?」

 魚のお土産片手に自宅へと帰ってきた僕は、部屋の片隅に座っているミアを見つけるとニッコリと微笑んだ。

 どうやら、今日は大人しく留守番をしてくれていたらしい。悪戯された気配のない室内を見渡すと、優しく微笑みながらミアの頭を撫でてあげる。

「いい子だね、ミア」

 それに機嫌を良くしたのか、頭をくねらせたミアは僕に向かって小さく声を上げた。

 今すぐに構ってあげたいのは山々だけれど、まずはトイレ掃除をしてあげなければならない。それが終われば、次はミアの夜ご飯の準備だ。

 これが、僕の毎日のルーティン。

「ちょっと待っててね」

 そう声をかければ理解したのか、ちゃんと静かに待っている様子のミア。そんな姿がとても可愛いくて、トイレを片付けながらも思わず鼻歌が零れる。

「今日はね、ミアの好きな魚を買ってきたんだよ。食べやすいように解《ほぐ》してあげるからね」

 トイレ掃除を無事に済ませると、そのままウキウキとした気分でキッチンへと向かう。

 本当なら今すぐにでも堅苦しいスーツなど脱ぎ捨てたいところだけれど、可愛いミアを待たせるわけにはいかない。他のどんなことよりも、まずはミアのお世話が優先なのだ。

「ほら、魚だよ。今日はいい子だったね」

 そう告げながらミアの足元にお皿を置くと、喉を鳴らしてピチャピチャと食べ始めたミア。その姿は、本当に愛くるしい。

 可愛いミアの姿を充分に堪能し終えると、僕はやっとスーツを脱ぎ捨てると部屋着へと着替えた。

 帰宅途中で買ってきた弁当をテーブルの上に広げると、足元に横たわるミアの身体を撫でながら夕食を食べ始める。

「後でお風呂に入ろうね、ミア」

 ミアの身体が少し汚れていることに気付いた僕は、箸を進めながらも優しくミアの身体を撫でた。『お風呂』という言葉を理解したのか、僕の手をすり抜けると部屋の隅へと身を寄せたミア。どうやら、相変わらずのお風呂嫌いなようだ。

 暴れるミアをお風呂に入れるのは本当に大変だけれど、汚れをそのままにしておくわけにもいかない。今夜も躾に苦労しそうだ。

 そんなことを思いながらも、ミアのお世話をするのが楽しくてフフッと声を漏らす。

「ご馳走様」

 ミアを待たせては悪いとばかりに早々に食事を済ませると、部屋の隅に縮こまっているミアの側に近寄りその頭を優しく撫でてやる。

「お待たせ、ミア。お風呂に入ろうか」

 ミアの首に付けられた首輪を外すと、その身体を抱えてお風呂場へと移動する。これから起こることが分かったのか、急に暴れ始めたミア。危うく落としそうになり、慌てて抱え直す。

「コラッ! 大人しくしないとダメだろ、ミア!」

(どうやら、今夜も躾で遅くなりそうだ)

 そんな予感を感じながらも、愛おしくて堪らないミアを抱きしめてニッコリと微笑む。

 今にも逃げ出してしまいそうなミアをどうにかお風呂へと入れると、暴れるミアを抑えてその身体を丁寧に洗ってゆく。

 この時間が、実はお世話の中で一番大変だったりする。隙あらば脱走しようとするミアと、それを阻止しようとする僕との攻防戦が繰り広げられるのだ。

「っ、……コラッ! 暴れるな!」

 そんな事を言いながらも、この攻防戦が楽しかったりもする。小さな身体では当然僕の力に敵うはずもなく、項垂れたミアは観念したかのように大人しくなった。

 敵うはずもないと分かっているくせに、毎度のように脱走してみせようとするミア。そんなミアが可愛くて、クスリと声を漏らした僕は鼻歌混じりにミアの身体にお湯をかけた。

「よし、終わり。頑張ったね、ミア」

 グッタリとしたミアを抱え上げると、濡れた身体を優しくタオルで拭いてあげる。それだけでは乾ききらなかった毛を乾かすために、予め用意してあったドライヤーを手に取ると丁寧にミアの毛を乾かしてゆく。

 ペットのお世話をするのは本当に大変だけれど、その分愛しさも溢れてくる。僕は、そう感じるこの瞬間が大好きなのだ。

「もう、24時過ぎてる……」

 カチリとドライヤーの電源を切ると、視界に入ってきた時計を眺めてポツリと呟く。

 どうやら僕の予想は当たっていたようで、今夜もミアのお世話で気付けば24時を回ってしまった。

「もう寝ようね、ミア」

 細っそりとしたミアの首に首輪を取り付けると、優しく微笑みながらそう語りかける。

「…………ミア?」

 何の反応も示さずに、グッタリとしている僕のミア。

「あれ……?」

 ミアの顔に右手をかざして確認してみると、呼吸をしている気配を感じられない。どうやら、今回のミアも壊れてしまったようだ。

「ペットのお世話は、本当に大変だな……」

 首輪に繋がれた鎖をジャラリと響かせると、僕はグッタリと横たわるミアを抱き起こした。

「おやすみ、ミア」

 ミアだった”それ”の髪を丁寧にかき分けると、虚な瞳のまま命尽きたミアの唇にそっとキスを落とす。

 明日からまた、新しいミアを用意しなければならない苦労を考えると残念でならないけれど、こうなってしまったら仕方がない。ペットのお世話とは、それだけ大変なのだ。

 だけど、それ以上の幸せを僕に与えてくれる。

 僕の毎日を愛しい時間で満たす為に、明日からまた、新しいミアを探しに行こう。

 愛しい愛しい、僕だけのミアを──。

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