あの日、俺達は亡霊に立ち向かった

長編11
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あの日、俺達は亡霊に立ち向かった

  これは、俺が高校三年のクラス対抗野球試合で体験した話だ。

俺のクラスD組は、お世辞にも団結力というものがなかった。

文化祭や運動会、そういった事に関しても最悪と言っていいほどまとまりがない。

男子校だからという点もあるかもしれないが、基本的に皆かったるい事が嫌いなのだろう。

そんなある日の事だ。

三年という事もあり、めぼしい学校行事も尽きかけた頃、クラス対抗の野球試合が開かれる事になった。

「おいお前ら、今度の対抗試合絶対に勝つぞ!」

昼休み、突然そう力説し始めたのは今月任期を終える生徒会長件クラスの委員長でもある村田だった。

「村田お前何一人でイキってんの?」

「んなもん適当に流しゃいいだろ」

「てかあれだろ?どうせお前内申良くしたいだけだろ」

予想通りの反応。このクラスに一致団結何て有り得ない。

大方先程クラスメート達の言葉にあった通り、卒業前の内申狙いだろう。

確か村田は大学進学組だ。

痛いところを突かれたのか、村田は何も言い返せず唇を噛み締めていた。

誰もが村田の言葉に耳をかそうとはせず、教室から散り散りになろうとしたその時だった。

「お前ら!俺の妹がどこの高校に通っているか知っているか!?」

村田の妹……確か一つ下の妹で地元の女子校に通っている子だ。

しかもその女子校……レベルが高い。

偏差値では無い……顔だ。

常日頃から可愛い子が多いと地元では評判で、文化祭等のチケットがオークションサイトで速攻ソールドアウトしてしまう程だという。

教室がざわつき始めた。

「な、何だよ村田……そ、それがどうかしたのかよ?」

クラスメートの一人が明らかに動揺した口振りで返事を返した。

「実はな……来週妹が学校の友達と打ち上げを行う事になって、カラオケに行くらしいんだが……」

村田が勿体ぶるように話し始めた。

男共の足がピタリと止まる。

皆、村田の話に固唾を飲んで注目していた。

「と、友達って何人だよ、どうせ3~4人くら」

「12人だ……!」

教室中に再び動揺が走った。

12人……うちのクラスは24人だ。

そのうち半数の女子がカラオケ……だと?

「日頃妹の勉強は俺が見てやっているからな、俺が口添えすればそのカラオケに……」

「やってやろうぜ皆!!」

「おう任せとけ村田!優勝はD組が貰った!!」

「ちょ、ちょうど野球やりたかったんだよ!」

当然の反応だった。

日頃からむさい連中に囲まれ三年間学業に耐えてきた男達にとって、女子校との合コン何て狼の群れに羊を投げ込むようなものだ。

「樋口!」

突然村田が俺の名を呼んだ。

ハッとして顔を上げると村田が俺に駆け寄り口を開いた。

「元野球部ピッチャーのお前が入れば優勝間違いなしだ!頼むぞ!!」

鬼気迫るような村田の顔が目の前にあった。

見損なうな。

これでも野球部の元エースだ。

他の奴らと野球愛に関しては譲れないものがある。

俺は席をゆっくり立ち上がった。

「やってやろうぜ村田!」

そう言って村田に手を差し出し、俺達は熱い握手を交わした。

教室から意味不明な歓声が巻き起こる。

彼女いない歴イコール生きてきた年数の俺が、こんな千載一遇のチャンスを棒に振るなんて事は断じてない。

こんなにも燃えたのは甲子園を目指したあの頃以来だ。

こうして、俺達は来たるクラス対抗試合へと執念、いや闘志を燃やした。

そして数日が立ち、俺達の野望を掛けたクラス対抗試合が幕を開けた。

一回戦の相手はE組。

相手にも元野球部員が居たが、今の俺達の敵ではなかった。

初回から大量点を量産し7回コールド勝ち。

続いてC組との対戦になったが、連中は俺達の異常な気迫に気圧されたのか全く相手にならなかった。

いよいよ決勝戦、A組との一騎打ちとなった。

A組にはスポーツ特待生が多く、所謂エリートクラス。

今まで初回で大量点を叩き出していた俺達だったが、2回の表で得た点数はたったの1点、流石に一筋縄ではいかないようだ。

2回裏になりA組の守備となった。

「ピッチャー交代!」

相手側の担任によりピッチャー交代のコールが飛んだ。

もう交代?早くないか?

A組のピッチャーは俺と同じ元野球部だ。エースとまではいかないが抑えの効く良い投手。調子もさほど悪くはなかったはずだが……。

すると、控えのベンチから見た事もない男子生徒が駆け寄りマウンドに立った。

誰だあいつは?仲間達が揃って首を傾げる中、A組のベンチでも何やらザワついている様子だ。

まあいい、相手が誰であろうと勝つのは俺達だ。

「樋口!かっ飛ばせよ!!」

「お前には俺たちがついてるからな!」

普段なら歯が浮くような台詞がベンチから投げ掛けられる。

だが今は違う、仲間の声援がこれ程心強いと思ったことはい。

「任せろ!」

俺は腕を掲げ自分を鼓舞する様に返事を返しバーターボックスへと立った。

俺はバットのグリップを握りしめマウントを睨みつける様にして構えた。

ピッチャーが振りかぶる。

まずは様子見だ。

相手のフォームと急速に注視する。

──ズドン!

「す、ストライク!!」

球場からどよめく様な声が挙がった。

「ま、まじか……」

早い……早すぎる、何だ今の急速は!?

145ぐらいあったんじゃないか!?

何者だあいつ……あんな奴A組に居たのか!?

「樋口ビビんなよ!!」

「お前なら打てる!」

すかさずベンチから応援が飛んだ。

「お、おう!」

皆の期待を無駄にする訳にはいかない。

元野球部の名にかけて絶対に打つ!

「ストライク!」

「ストライク!バッターアウト!!」

「すまん……」

俺は肩を落としながらベンチへと戻った。

「あいつ早過ぎないか……?」

「野球部にもあんなの居なかったよな?」

「あんなの打てんのかよ……?」

ベンチにも動揺が走っている。

まずい……流れが変わってしまう。

そしてその予想は残念な事に当たってしまった。

俺の後に続いた打者達も連続して討ち取られてしまった。

試合は進み俺達は何とか1点を死守する形で折り返しを迎えた。

「なあ……」

ベンチで村田が声を掛けてきた。

「どうした村田?」

「あいつ……たまに透けて見えるんだが……」

「はあ?」

俺は暑さで村田の頭ががやられたのかと思った。

「寝ぼけてんのか村田」

「いや、さっきからずっと観察してたんだが、たまに透けて見えるんだよ……」

「あのなあ、いくら相手が強いからって」

「いや、実は俺もさっきからそう思ってたんだよ……」

「あ、お前も?実は俺もさっきあいつが透けてるように見えたんだよな……」

「え?皆も?俺だけじゃなかったんだな」

ぞろぞろと訳の分からない声が挙がり始めた。

俺はこのままじゃ収支がつかないと思い監督である担任を見た。

「やっぱりか……」

やばい、担任までおかしな事をボヤいている。

「か、監督しっかりしてくださいよ!」

俺は堪らず監督に声を掛けた。

「樋口……お前は知らんだろうが、5年前この学校の野球部に浜崎というピッチャーがいてな……」

「浜崎……?」

「ああ……将来プロ間違いなしとも言われてた奴でな、プロの視察が入るくらいの注目選手だったんだよ」

「そ、そんなすごい人がうちに居たんですか?」

「そうだ、だが浜崎は卒業してプロになる事はなかった」

「なかった?プロになれなかったんですか?」

「野球の練習帰りに悪質なひき逃げに合ってな……それっきりだ……」

「ま、まじっすか……そ、それでその浜崎って人が何か?」

「そっくりなんだよ……あのピッチャー……浜崎と瓜二つだ……」

「ええ!?」

ベンチから驚く声があちこちから聴こえた。

「きょ、兄弟とか……?」

「あいつは一人っ子だった……」

「そ、そんな……じゃ、じゃああいつは……」

「そういえば奴らのベンチさっきから変じゃないか?」

村田の言葉にクラスメート達が相手側のベンチに振り向いた。

「本当だ……何かあのピッチャー避けるみたいに皆座ってんな……」

「担任まもさっきからずっと目合わせないようにしてるぞ……」

「つうか皆目逸らしてるじゃねえか……」

「アイツらも実はビビってんじゃね?」

「ある意味開き直ってんなA組の奴ら……」

皆の言う通りだった。

相手側のベンチの雰囲気が明らかにおかしい。

「せ、先生、いや監督!本当に浜崎で間違いないんですか!?」

「ああ、俺が面倒見た選手だ、見間違えるはずがない……」

「そ、そんな……」

「こ、抗議しましょう!!」

村田が立ち上がり叫んだ。

「抗議……?」

監督が聞き返す。

「はい、幽霊かもしれない、いや、そもそもA組でもない奴が選手として出るのはおかしいでしょ!!」

「おい村田!」

一人のクラスメートが突然立ち上がった。

「な、何だ?」

「今更ビビってんじゃねえよ!確かに俺達はカラオケ行きたいよ!けどな、高校三年にもなってこっちはガラにもなく熱くなってんだよ!こんな機会もう二度とねえんだぞ!!」

ベンチが静まり返る。

確かにこいつの言う通りだ。

抗議すれば事は上手く運ぶかもしれない。

しかし本当にそれでいいのか?

三年間、まとまりのないクラスだと他所からも揶揄されてきた俺達が、動機はどうであれ……いや合コンには行きたい!

行きたいのだが、今皆が一つにまとまりかけている。

そんな一生に一度の試合を、こんな事で濁すわけにはいかない。

「やろうぜ……」

「樋口……?」

村田が俺を見て言った。

「俺達の意地……あいつらに見せつけてやろう、そして俺達は、来週皆で合コンに行くんだ!!」

「よく言った樋口!やろうぜ皆!」

「おう!D組優勝だ!!」

「A組の奴らに一泡吹かせようぜ!」

「俺達の明るい家族計画が掛かってんだ……A組の奴らに邪魔はさせねえ!」

「待てお前ら……合コンって何の話だ?先生そんな話は、」

「よしっ!そうと決まれば行くぞお前ら!!」

「おう!!」

「ちょ、お前ら先生の話を……」

気合いを入れ直した俺達は早速守備に入った。

俺はマウントに立ち打者を待った。

一打席目は奴、浜崎だ。

奴が幽霊だろうが何だろうがこの際関係ない。

相手が誰であろうと勝つだけだ!

俺は試合開始の合図を確認し、初っ端から大きく振り被った。

際どい内角ストレート、俺の得意なコースだ。

だが。

──カキーン!

打ちやがった。

流石エースと呼ばれた男。

直ぐにライトがボールをキャッチし2塁に投げる。

奴は1塁を蹴り2塁へと走っていた。

足もかなり早い。

際どかったがセカンドがボールをキャッチし浜崎にタッチした。

「ナイスセカンド!」

しかし。

セカンドのグローブが空を切った。

いや、正確には浜崎をすり抜けたのだ。

呆然とするクラスメート達。

「は、反則だろ!」

セカンドがすかさず審判に抗議した。

確かにそうだ。

相手がどうであれルールはルールだ。

正直この時点で奴が異常な事は皆分かっていたが、それ以上にヒートアップしていた俺達は、奴が信じられない事をした事と言うよりルール違反だという事に食らいついていた。

最早皆の常識も麻痺しつつあったのだ。

合コンとは恐ろしいものだ。

こんなにも人を変えてしまうものなのか……。

審判達の話し合いの結果、浜崎の2塁出塁は認められず1塁に戻される事になった。

戻り際、浜崎は。

「ちっ」

と、大きく舌打ちをしていた。

幽霊の癖に舌打ちかよ、ふざけやがって。

それで俺の闘志に再度火がついた。

残り三者を連続三振で討ち取り、その後も試合は均衡が崩れること無く最終回を迎えた。

点差は1点のみ。

流石に試合のブランクもあるせいか、俺も疲労を隠せなかった。ファーボールで塁を許してしまい、次の打者にツーヒットを打たれてしまった。

状況はかなり不味い。

ツーアウト、ランナーは2塁と3塁。

しかも次の打者はあの因縁の浜崎。

俺が焦り迷っていると、監督がタイムを掛けた。

仲間がマウンドに集まってくる。

「樋口落ち着いていけ……」

「そうだ、俺達良くここまでやってこれたよ、なあ皆?」

「ああそうだ、樋口が頑張ってくれたからな……」

目に熱いものが込み上げてくる。

惜しくも甲子園を逃し野球部を引退した俺だが、まだこんなにも勝ちたいという思いが残っていた。

こいつらと……こいつらとなら俺は……合コンに行ける!

「ばかやろう……俺だけじゃない、皆で頑張ってここまで来たんだ……そうだろ?」

「そうだな……樋口の言う通りだ!俺たちならやれる!そうだろ皆!」

「ああそうだ!樋口、打たれても気にすんなよ!俺が絶対に取ってやる!!」

「何ならデッドボールでもいいぞ、一矢報いてやろうぜ」

「ばか、幽霊に当たるわけねえだろ」

「樋口、お前には俺達がついてる、だから気にせず思いっきり投げてこい!」

皆の応援が、俺の背中を支えてくれている。

肩の力が抜け、緊張が嘘のように和らいでいく。

「勝つぞ皆、そして行こう……合コンに!」

「いや、だからその合コンって何の話だ樋口、先生は何も聞いてな、」

「おう!!」

「守備は任せとけ!」

「頼んだぞ樋口!」

皆が守備位置に戻っていく。

監督は最後まで腑に落ちない様子だったがとりあえず無視した。

プレイ再開。

俺は初っ端から全力で投げた。

「ストライク!」

2球目。

「ボール!」

3球目。

「ボール!」

4級目。

「ストライク!!」

手に汗を感じる。

体が熱い。

歯を食いしばり振りかぶる。

「ボール!」

ツーストライクスリーボール。もう後がない……。

「これでどうだ!」

叫びながらボールを投げた。

──カキーン!

激しい金属音が鳴った。

打ち上がるボールを皆が固唾を飲んで見上げた。

「ファール!」

危なかった……。

が、その時だ。

──キキーッ!!

遠くから車の急ブレーキ音が響いてきた。

校門の入口に車が2台見える。

どうも入ってきた車とお見合いしそうになったみたいだ。

気を取り直し、俺は審判からボールを受け取った。キャッチャーからサインを貰う。

球速は落ちるが俺の得意球、内角ストレートだ。

振りかぶる。

だがその一瞬だった。

浜崎の顔色に変化があった。

怯えた目付き。

俺は瞬時に大きく振り被った。

ど真ん中、スピードにものを言わせた直球勝負!

投げたボールが一直線に放たれた。

ボールを捉えようと浜崎のバットが唸る。

「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!!」

「やったぞ!」

気が付くと、俺はマウンドで雄叫びを上げていた。

クラスメート達が俺に駆け寄りグローブで容赦なく小突いてくる。

すると。

──カラン。

音に振り向くと、バッターボックスにバットが転がっていた。

浜崎の姿がない。

「あいつ……」

村田がボソリと零す様に言った。

すると監督がしんみりとした顔で口を開いた。

「おそらくさっきのブレーキ音で記憶が蘇ったのかもな……」

「かもしれません……あの音を聞いて浜崎の様子がおかしかったから……」

「成仏して欲しいもんだな……」

「だな、敵にしても凄い奴だった」

「ああ……」

「俺達にも譲れない戦いがあるんだ浜崎……すまん」

皆それぞれ口にしながら、最後に俺達はバターボックスに転がったバットに手を合わせ黙祷を捧げた。

以上が俺が高校の頃に体験した話だ。

あれから数年が経つが、あれ以上に熱くなれた想い出は未だにない。

ちなみに村田の約束だが、女子校で流行り風邪が蔓延したとの事で中止になった。

おそらく村田の嘘だろう。

なので卒業式の日に皆でボコった。

まあある意味それも良い想い出だ。

浜崎、俺はまだ野球続けてるぞ。

お前に負けないくらいのピッチャーになるために……。

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