クリスマス・イルミネーション

中編7
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クリスマス・イルミネーション

基本的に都心よりも、郊外の庭のある家で暮らしたいという私達夫婦の希望通り、埼玉県の郊外に百坪余りの土地を買い一戸建てを建てた。

それでも都心のタワーマンションよりもかなり安い。

ちょっとした林に面した広い庭とウッドデッキが自慢の家だ。

旦那の通勤は多少不便になったものの、それでも一時間圏内であり、保育士の私は引っ越しと同時に近所の保育園に勤めることにしたのだ。

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そして旦那はクリスマスシーズンになると、庭や玄関周りに電飾をする。

クリスマス・イルミネーションと言うとちょっと大げさな気がするが、十一月の最終週末に土日を費やして飾り付けをするのだ。

自分の小遣いから毎年少しずつ買い足して、今ではかなりの量になっている。

私が言うのも何だが、旦那は趣味が良く、ド派手な大型の人形などはなく、ただひたすらシンプルに白色&カラーの小さなLEDを並べ、庭の木々や家の周りを飾る。

様々な点滅を繰り返すような電球や、小さなトナカイや雪だるまの人形などもさりげなく飾られているのがかわいい。

最初は多少気恥ずかしかったのだが、近所の奥さん達や子供達からの評判も良く、今では私自身も楽しみにしている。

「あなたの趣味なんだから、自分の小遣いでやりくりしてよね。」

旦那には冷たくそう言い放っているが、ここ数年は旦那の飾りつけが終わると、ウッドデッキに備え付けのテーブルで、炭火を置いて簡単なバーベキューを食べ、ホットワインを飲みながらこの光のきらめきを眺めるのが至福の時間になっている。

もちろん毎日と言う訳ではないが、旦那から帰りが遅くなると連絡があった日には、日没から旦那が返ってくるまでの時間、ひとりきりの王国を楽しむ。

週末は旦那と一緒の時もあるが、良く喋る旦那はなんだかんだとウザいし、電飾を褒めると買い足しの費用をせびられる。

旦那と一緒の時間が嫌なわけではないのだが、家や、庭にある他の照明を全て落としてひとりきりの幻想的な妄想の世界に浸るのが好きなのだ。

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◇◇◇◇

私は今年で四十歳になるが、私達夫婦に子供はいない。

この家を建てた時、子供好きの旦那は将来子供が出来たらブランコを作って、滑り台も作るんだとはしゃいでいた。

しかし希望に反してなかなか子供に恵まれなかった。

病院で診て貰ったところ、旦那には何も問題がなく、私の体に問題があって非常に子供が授かりにくいという事だった。

医者にそう告げられた時、旦那が落胆したのは当然だったが、私は子供が産めないということよりも旦那に申し訳なくて胸が張り裂けそうだった。

「別のところで子供を作っても構わない。」

旦那に向かって思わずそう口走った途端、普段は穏やかな旦那が黙って手を挙げ、大きな音を立てて私の頬を張り飛ばした。

口の中が切れるほどの力で。

それが何を意味しているのかを理解し、私は涙が止まらなかった。

そしてその年の冬から、旦那のクリスマスの電飾が始まったのだ。

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◇◇◇◇

今日もスキーウェアに身を包むと庭に椅子を出し、小さなバーベキューグリルに炭火を置くと、いつものようにホットワインを飲みながら、串に刺した野菜やソーセージを焼き、ゆっくりとした時間を楽しんでいる。

電飾の形態は毎年変わるのだが、今年はまた面白い形をしている。

いつものように庭を取り囲む木々の飾りつけとは別に、巨大なツリーを作っているのだ。

普段はウッドデッキに置いてあるテーブルを庭の真ん中に置き、真ん中のパラソルを立てる穴を使って三メートルはあろうかというポールを建てている。

そして頂点にとても大きな正五角形を形作るよう水平に電球を並べ、その五つの頂点から地面に向かって斜めに広がるように光の線を降ろしている。

「変な形のツリーだなー。」

通常なら頂点に星などを飾るのだろうが、何もない。

テーブルを庭の真ん中に移動されてしまったため、私も必然的に庭の真ん中、ツリーの中心に座ることになる。

このように光のツリーの中に座ると言うのも悪くない。

今夜、旦那は忘年会であり、どうせ外で夕食を食べて帰ってくるのだ。

ひとりであっても、電飾の光で周囲は明るく、そもそも自分の家の庭であり怖さはない。

手の中のホットワインのカップのぬくもり、そしてオレンジ色に光る炭火の暖かさ。

寒いどころか、顔を撫でる冷たい風が逆に気持ちがいいくらいだ。

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***********

そしてスマホを弄りながら、夜が更けてゆき、ホットワインの酔いが回ってきたのか眠くなってきた。

そろそろ片付けて家の中へ戻ろうかと思った時だった。

ふと違和感を憶えて周りを見回した。

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真っ暗だ。

もちろん電飾は点いているのだが、その向こうに見えるはずの隣の家の灯りや道路の街灯が全く見えない。

停電だろうか。

いや、それならこの電飾だって消えるはずだ。

後ろを振り返ると、電飾の向こう側に薄ぼんやりと見えるはずの自分の家も見えない。

この電飾の光の外側は全て暗闇なのだ。

「何?何が起こったの?」

私はぐるぐると周りを見回し、そしてふと上を見た。星が見えるかもしれないと思ったわけではない。

何かの気配を感じたのだ。

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テーブルの真ん中からそびえ立つポールの先っぽに何か白いものが蠢いているのが見えた。

「何?なにあれ。」

それはポールの頂上辺りで蠢いていたが、やがて頭を下にしてポールに沿って一気に駆け下りてきた。

地面に降り立ったその白い物体は、二メートルはあろうか。

最初は犬かと思ったが、その精悍な顔立ちと体型は犬ではないとすぐに気がついた。

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狼だ。全身真っ白な狼。

「何で?どうして狼がここに?」

あまりの驚きにじっとその白い狼を見詰めたまま、私は固まっていた。

するとその白狼が後足で立ち上がったかと思うと、滲む様に人間の男性に姿を変えた。

色白だががっしりとした体躯に精悍な顔立ち。頭髪は真っ白だ。

そして衣服は身に付けていなかった。

(寒くないのかしら)

そんなことが頭を過ったが、その男性は固まったままの私に近づき、優しく抱きしめて唇を重ねてきた。

何故か逆らう気持ちは湧かず、なすがままに服を脱がされた。

不思議と寒さは感じない。

そしてワインの酔いもあったのだろうか、夢見心地の中で、彼に抱かれたのだった。

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◇◇◇◇

「美香子、美香子!」

旦那の声に我に返ると、私は庭のテーブルでうつぶせに眠っていた。

慌てて体を起こして自分の体を見たが、服はちゃんと身に付けている。

どうやら夢だったようだ。

「こんなところでうたた寝してると、風邪をひくどころか凍死しちゃうぞ。さあ早く家に入ろう。」

忘年会を終えて帰宅した旦那は、家の照明が消えているのを見て、ひょっとしたらと思い庭に回ってきたそうだ。

旦那に手伝って貰い、庭のコンロやグラスなどを片付けながら、私は自分の股間に違和感を感じていた。

本当にあれは夢だったのだろうか。

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◇◇◇◇

そして年が明け、私は妊娠していることに気がついた。

旦那の子供でないことは明らかだ。

十二月に入ってから仕事が忙しく、忘年会も多かった旦那とは全く夜の関係はなかった。

子供を作ることが難しい私がお腹に子供を宿した。

堕ろすと言う選択肢は私にはなかった。

しかも私は不貞をした憶えは全くない。あの白狼との夢を除いて。

旦那に何を言われても、このお腹の子は守る。

私は腹を括って旦那に妊娠したことを告げた。

もちろんあの白狼とのことも併せて。

自分ではない誰かの子供を宿した私に対して当然旦那は怒ると思っていた。

しかし旦那はそれを聞いて、怒るどころかにっこりと微笑んだのだ。

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◇◇◇◇

旦那は鳥取県の出身で、近くに三朝温泉と言う観光地がある。

源義朝の時代に、その家臣が白狼に出会い助けたことによって教えて貰った温泉であり、三日入ればどんな病も治ると言われた。

そのためこの地では白狼に対する信仰が強く、旦那もその影響を強く受けていたのだろう。

私が子供を宿しにくい身体だと知った旦那は、なんとか白狼にすがる方法はないものかといろいろ探り、

詳細は教えてくれなかったが地元にいた呪術師と呼ばれている人から白狼を呼び出す方法を教わったようなのだ。

そして毎年、オオカミの活動が活発化する冬の時期になると庭に電飾でその文様を描き、時間があれば、今の家からそれほど遠くない、白狼が守護するという埼玉の三峯神社へのお参りも欠かさなかった。

そして先月、これまでの準備がすべて整ったという。

「気がつかなかったかな、今回の電飾は真上から見ると五芒星になっているんだ。そしてその中心に白狼を召喚したという事なんだ。」

「じゃあ、この子を産んでもいいの?」

「当たり前だろ。その子が欲しくて、俺が何年もかけて召喚した白狼から授かった子だ。俺の子と同じだよ。」

私はお腹の子を安心して産めることを知り思わず涙ぐむと、旦那は優しく抱きしめてくれた。

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◇◇◇◇

お腹の子は順調に育っている。

毎日大きくなるお腹を撫でながら幸せな気分に浸っているのだが・・・

時折ふと不安になる。

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ひょっとしたらこの子が満月の夜に遠吠えするのではないかと・・・

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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