古からの誘い 外伝<風子:前編>

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古からの誘い 外伝<風子:前編>

三波風子が、名のある陰陽師を祖先に持つ五条夏樹、そして式神である瑠香と出会う六年前、当時風子はまだ大学に入学したばかりの十八歳だった。

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六月、まだ梅雨入り前の気持ち良く晴れ渡った空の下、目に染みるような新緑に覆われた大学内の小道を風子と友人の青井さくらが並んで歩いている。

この春大学に入学し、同じ学科であったふたりはたまたま最初の授業で席が隣り合わせだったことで、すぐに仲良くなった。

さくらは長野県長野市出身、風子は山形県新座市の出身で、共にひとり暮らし。

その一方で明朗快活、積極的で見た目もやや派手なさくらに対し、小柄で小学生に間違われてしまいそうな風子はやや内向的で地味な性格と、ふたりはほぼ正反対の性格なのだが、不思議とお互いに気の置ける存在となっていた。

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「ん?さくら、何か言ったかにゃ?」

やや長身であるさくらの肩程しか身長がない風子が、ふと隣を歩くさくらの顔を見上げるようにして尋ねた。

「ええ?何にも言ってないわよ。風子って空耳が多いわよね?」

「うん、昔からよく言われる。ねえ、さくら、もう今日の授業は終わりでしょ?このあとお茶あべ?」

「あべ?」

「あ、やだ、お茶行こうよってことにゃ。」

「ああ、山形弁かあ。でもその”にゃ”っていうのは可愛くていいね。」

「入学決まってからテレビ見ながら必死で東京言葉勉強してるのに、油断するとつい出ちゃうね。特に語尾の”な”がどうしても”にゃ”になっちゃうのが直らないの。」

「そうなのよね、私なんかもっと頻繁に長野弁が出ちゃうよ。この前も”ごむせー”って言ったら全く通じないの。」

「私も知らない。”ごむせー”って何?」

「うん、汚ねーっていう意味。」

「え~、聞いた事ない。でも方言直すのって難しいよね。自分じゃ何が方言なんだか分かんないんだもん。」

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ふたりが方言談議に花を咲かせていると、後ろからぱたぱたと走ってくる足音が聞こえ、ぽんとふたり同時に肩を叩かれた。

「ヤッホー」

肩を叩いたのは同じ学科の山田麗奈だ。

「さくらと風子が並んで歩いていると、ほんとに親子みたいだよね。」

「ちょっと麗奈、風子が小学生に見えるのは仕方がないとして、私が”お母さん”ってことはどんなに若くても三十をラクに超えてるってことでしょ?ちょっとあんまりじゃない?」

小学生と言われた風子はもう慣れているようで特に何も反応しなかったが、さくらは真剣に怒ったようで、唇を尖らせて麗奈の事を睨んだ。

「ごめん、ごめん、正直に言っただけなんだけどな。あはは。それよりも今夜私のアパートでたこ焼きパーティやらない?商店街のくじ引きでたこ焼きプレートが当たっちゃったの。ひとりで食べるのは寂しいから、一緒に食べようよ。」

「うん、いいよ。風子はどうする?」

「うん。行く。」

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◇◇◇◇

麗奈のアパートは吉祥寺駅から徒歩で十五分程のところにあり、駅で待ち合わせた風子とさくらは並んで井之頭公園の脇を抜け麗美の所へと向かった。

「さくら、麗奈のアパートって行ったことある?」

風子は吉祥寺を訪れること自体これが初めてだ。

吉祥寺は古くから安養寺、光専寺、蓮乗寺、月窓寺という4軒の寺が集まる寺町であり、現在は若者が集まるちょっとお洒落な町というイメージを持っているが、実はかなり古い歴史を持っている。

「うん、一度だけ。風子のボロアパートと違って、ちょっと古いけどコンクリートでできたお洒落なアパート。あの子んち、実はお金持ちなんだよね。」

「ふ~ん」

風子は初めて訪れる吉祥寺の街並みを物珍しそうにきょろきょろしながら、さくらに手を引かれるようにして歩いて行く。

井之頭公園も新緑が眩しく、池の上には平日だと言うのにボートに乗ったカップルがちらほらと見える。

麗奈のアパートは公園を抜けた住宅街の一角にあった。

外観はコンクリートの打ちっぱなしの三階建てで、ところどころ雨水によるシミがありそれなりの古さを感じるが比較的お洒落な建物だ。

敷地内を見てもそれなりに樹齢を重ねた大きな庭木が植わり、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「へえ、いいにゃ~、こんなしっかりした建物だと隣の騒音とかも気にしなくていいんだろうね。」

風子が建物を見上げ、自分の住む木造のアパートと比較してため息を吐いた。

「そうね。私のアパートも風子の所ほどボロじゃないけど結構隣の部屋の音が気になるのよね。」

「ボロで悪かったにゃ。」

麗奈の部屋は三階の一番端になる301号室で、建物にエレベーターがないため、ふたりは建物のほぼ中央にある外階段を昇って三階まで登って行った。

さくらがふと気がつくと階段を昇る風子が何か辛そうな表情をしている。

「どうしたの、風子?気分でも悪い?」

「うん、何だか、ちょっと。」

「このくらいの階段を昇るだけで気分が悪くなるなんて、運動不足じゃない?だめよ。これからたこ焼きをお腹いっぱい食べるんだから。」

さくらの言葉に風子は大きくひとつ深呼吸をして苦笑いを返した。

「大丈夫。すぐ直ると思うから。」

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********

約束の午後六時ぴったりにさくらが麗奈の部屋の呼び鈴を押すと、待ち構えていたようにすぐにドアが開き麗奈が顔を出した。

「いらっしゃい。待っていたわ。さあ、入って。」

「お邪魔しま~す。」

麗奈の手招きに従い、さくらと風子が部屋の中に入ると、そこは1DKの間取りで、手前に六畳程のダイニングキッチンがあり、奥に八畳程の居室がある。

「わあ、かわいい。この前来た時から模様替えした?」

比較的シンプルに整頓されたダイニングキッチンからガラス戸を挟んだ居室に入るとさくらが部屋を見回して声を上げた。

居室は女の子らしい薄いピンクと白でコーディネートされたカーテンや布団カバー、カーペットなどで整えられ、麗奈のセンスが伺える。

「うん。この前さくらが来てくれた時はまだ引っ越してきたばかりだったからね。あれからいろいろと買い揃えたんだ。さ、そこに座って。」

褒められて嬉しかったのだろう、麗奈はにこにこしながら部屋の中央に置かれた丸いローテーブルを指差した。

しかし、さくらに続いて部屋に入って来た風子はまだ気分が悪いのか、どこか不安げな表情で部屋の中を見回していたが、それでもさくらに続いて座布団に腰を下ろした。

丸テーブルの上には既にたこ焼きプレートが中央に置かれ、それぞれの前に紙コップと小皿が並んでいる。

「えっ?麗奈、何か言った?」

麗奈がふたりにジュースを注ごうとペットボトルに手を掛けた時、ふいに風子が麗奈に問いかけた。

「え?いいえ、何も言ってないわよ。」

麗奈が怪訝そうな顔で風子を見ると、さくらが呆れたような顔で風子を見た。

「風子、あんたいっぺん耳鼻科に行って診て貰った方がいいんじゃない?空耳が多すぎ。」

「ごめん。」

風子は唇を尖らせたが、素直に謝った。

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若い女の子が三人集まれば、話題は尽きない。

学校の事、ファッションの事、学友たちの事、そして勿論恋愛に関する話が出ないわけがない。

どうやら三人とも上京してきたばかりでまだ彼氏はいないようであり、女子大に通う彼女達は何処で彼氏を見つけるかをさかんに論議していたが、主に話をしているのはさくらと麗奈であり、どちらかと言えば内向的な風子はにこにことふたりの話を聞いているだけだった。

「それで風子はどうするの?早く彼氏を見つけたいんでしょ?」

黙ってふたりの話を聞いていた風子に麗奈が話を振って腕を人差し指でつついたが、風子は笑って手を振った。

「ううん、私は慌てないの。そのうち私でもいいって言ってくれる男の人が現れたら考える。」

「そんなの、待ってちゃダメよ。どうせ風子に言い寄ってくるような奴はろくでもないオタクのロリコン野郎だから、風子がいいって思った男には積極的に行かなきゃ。」

さくらが怒ったように言うと風子は苦笑いした。

「でも私はチビでブスだから、自分からいってもフラれるだけだにゃ。」

「風子、山形弁。」

麗奈が笑いながら風子の語尾にチェックを入れると、すっと立ち上がって風子の後ろに回り、いきなり風子の脇から胸に手を当てた。

「世の中にはぺちゃパイの方が好きって言う男もいるらしいからさ、風子のこんな可愛い胸でも武器にしなきゃ。」

「や~ん。」

いきなり胸を揉まれた風子は体を捻じって身悶えたが、麗奈はすぐに手を離し自分の席に戻った。

「いや、びっくり。風子ってホントに胸ないんだ。私の小学生の時みたい。」

それを聞いてさくらは腹を抱えて笑い、風子は泣きそうな顔になった。

「まあ、風子の小学生体型は分かってたけど、麗奈、あんただってそんな風にスカートなのに立膝して、パンツ丸見えでたこ焼き食べてる姿を見ると男は引いちゃうよ。」

「いいじゃない、今は女だけなんだから。それに私の魅力的なパンチラなら男は涎垂らして寄ってくるわよ。」

「いや、そう言うのはパンチラって言わないで、パンモロって言うのよ。男は絶対引くわ。」

「そんなことない、寄ってくる。」

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「絶対に引く。」

「寄ってくる。」

「引く。」

「寄ってくる。」

「引く。」

さくらと麗奈が無限の言い合いを始めたその時だった。

チーン

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どこかで澄んだ金属音が部屋中に響いた。

思わず会話は止まり、三人は部屋の中を見回した。

「やだ、麗奈、変なオチをつけないでよ。」

さくらが多少声を震わせながら麗奈に言ったが、勿論自分の目の前でたこ焼きを食べながら言い合っていた麗奈が、そんな音を鳴らすことが出来るはずがない事はわかっていた。しかし、何か言わないと怖かったのだ。

「私じゃないもん。」

もちろん麗奈は不安そうな表情ですぐに否定した。

ふたりの視線は風子に向いたが、もちろん風子もそんな音を鳴らすようなものは持っていない。

「外から聞こえた?風鈴?」

この建物で隣からの音とは考えにくい。さくらが立ち上がり、カーテンを開けて外を見たがそのようなものはベランダにはない。

「何だったんだろう。凛の音みたいだったけど。麗奈、この音はいつも聞こえるの?」

さくらの問いに麗奈は首を横に振った。

「ううん、今日初めて聞いた。何の音だろう。」

何故か風子はじっと麗奈の顔を見ている。

そのまま三人はじっと部屋の中を伺っていたが、もうその音は聞こえず、どこか遠くで車の通る音や同じアパートの中を歩く人の足音がかすかに聞こえるだけだ。

「何だったんだろうね。」

さくらは座り直すと、ホットプレートの上に残っていたたこ焼きを摘まんだ。

そしてしばらく今の音の事を忘れようとするように彼氏をいかに作るかという話を続けていたが、ふと時計を見るともう零時近くになっており、さくらと風子はそろそろ終電を意識しないといけない時間だ。

「そろそろ帰ろうか。」

さくらが風子に言うと、麗奈が慌てたようにさくらの袖を掴んだ。

それは楽しいからもっと居ろということではなく、何かに怯えているような雰囲気だが、その原因は先程の音だけとは思えない。

「ねえ、お願い。今夜はふたりとも泊って行って。」

「どうしたの、麗奈?」

さくらの問いかけに麗奈は不安そうな表情でふたりの顔を見た。

「今日はね、ひとりで寝るのが不安だったの。だからたこ焼きパーティにかこつけてふたりに来て貰ったのよ。」

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「何があったの?話して。」

風子が麗奈に向かってそう言うと麗奈は頷いた。

◇◇◇◇ 中編へつづく

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@エル様
いつもありがとうございます。
このサイトには栞の機能がないようなので、10分程度で区切るようにしています。
本文自体は全部書き上がっているし、ここのところおかしな広告紛いの投稿が立て続けにあり、間にそれが大量に挟まるのが嫌だったので、連続で投稿することにした次第です。
これからも一気に投稿できる場合は、そうしますね。

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一気に前・中・後篇はありがたい!

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