古からの誘い 外伝<風子:完結編>

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古からの誘い 外伝<風子:完結編>

大学へ入学したばかりの三波風子と青井さくらは、友人の山田麗奈に誘われ彼女のアパートでたこ焼きパーティをやっていたが、途中でおかしな物音が聞こえ、そして麗美はふたりに泊って行って欲しいと懇願した。その夜、部屋に女性の幽霊が現れ、霊感持ちの風子と何やら話をしていたようなのだが・・・

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朝になり、麗奈が目を覚ますと風子の姿はなく、さくらだけがカーペットの上ですやすやと寝ていた。

風子はどうしたのかと思い、周りを見回すとキッチンからガタガタと音が聞こえる。

「風子?」

麗奈がキッチンを見に行くと、まだTシャツ一枚の風子が流し台の下の扉を開けて中の物を床に取り出し、四つん這いになって頭を突っ込み何かをやっている。

「風子、何やってるの?パンツ丸見えよ。」

「あ、麗奈ちゃん、良いところに起きて来てくれたにゃ。大きめのモンキーかスパナある?」

そんなもの何をするのかと思いながら工具入れからスパナを出すと風子に渡した。

「ありがと。」

スパナを渡された風子は笑顔でそれを受け取ると再び頭を突っ込んだ。

どうやら配管の一部を外しているようだ。

そして程なくジャーっという水の流れる音がして、更にごそごそ音が聞こえた。

「あった!」 

ゴン!

風子の声と共に何かがぶつかる音がした。どうやら何かを見つけた拍子にその嬉しさからいきなり頭を上げてシンクの下に頭をぶつけたようだ。

頭を押さえながら出てきた風子は片手に握っていたスパナと共に何か小さなものをダイニングテーブルの上に置いた。

「何これ?」

それは驚くほど澄んだ青い色の小石だった。直径2センチ程だろうか。

「うん、お姉さんの無くした物。」

どうやら流し台の配管がU字型になっている部分にあったようだ。風子はそれだけ答えると再びお尻を突き出してシンクの下に頭を突っ込んだ。

外したU字管を元に戻すのだろう。

風子が配管を元に戻し、管内の水を受けるために置いておいた洗面器を浴室に戻すと、シンクの下に入っていた物を元通りに片付けた。

いつの間にか起きていたさくらも麗奈と一緒にその青い石を眺めている。

「これ、たぶんラピスラズリの原石ね。綺麗に角が取れた”さざれ”でこんな大きいのは珍しいわ。」

宝石には詳しいのか、小石を手に取ったさくらがそう呟いた。

「それ、あの幽霊のお姉さんのものよ。」

風子の言葉にさくらは驚いて慌てて小石をテーブルの上に置いた。

「あのお姉さんはね、この部屋で、このダイニングで死んじゃったの。」

風子は幽霊と会話できると言っても、幽霊の意識を言葉として読み取ると言った方が正しい。

それ故必ずしも理路整然とした話が聞けるわけではなく、断片的な意識を風子が組み立てていくことによりその幽霊が何を思っているのかを理解するのだ。

あの女性は就職と同時に都内へ引っ越してきたのだが、もともと心臓に持病があった彼女はひとり暮らしをすることを家族から猛烈に反対されていた。

しかし小さい頃から親の庇護の下で生活してきた彼女はどうしてもひとりで生きてみたかったのだ。

そして地元で幼馴染だった恋人と別れた。

その恋人がくれたのがこの小石だった。

彼女も、小さい頃から体の弱い彼女を理解し優しかった彼が大好きだったのだが、彼女の親と一緒になって自分の東京行きを猛烈に反対した彼に反抗して別れることになってしまった。

勿論それは心の底から彼女のためを思っての事であり、東京で小石を見つめながら、そのことだけは自分の我儘を後悔した。

そしてある日小石に汚れがついているのに気付き、水道で洗っている時に手が滑ってしまった。

運悪くシンクの掃除をしていたためゴミ取りの蓋が外れており、小石は排水口の奥へと吸い込まれるように消えてしまったのだ。

彼女はアパートに帰ってきてシンクを見るたびにその小石の事を思い出して泣いていたのだが、それから数日後に彼女は心臓発作を起こし、ダイニングテーブルに突っ伏した状態で事切れてしまった。

しかし彼女は自分の死を認識できていなかった。

その時強い胸の痛みを感じたがしばらく休んでいればいつものように直るだろうと思っていたのだ。

そして気がついた時にはこの場所から動くことが出来ず、自分の部屋の荷物は運びだされ、入れ替わり知らない人が入ってくるのを見て、これは誰だろうと見ているのだが、話し掛けようとしても誰も答えてはくれず、自分の存在に気がついてくれる人も皆青い顔をして自分の事を避けようとするため、どうしていいのか分からないようなのだ。

そしてシンクに落とした小石はまだそこにあるのだが、手に取ることは出来ないと悲しそうな顔をした。

「だから、小石は流れて行かずに排水管の中に留まっていると思ったの。」

風子はそう言ってテーブルの上の小石を手に取った。

「ん?」

小石を手のひらに乗せた風子の目がふと宙を泳いだ。

「・・・わかった。」

誰に向けたのか、風子はひと言そうつぶやくと麗奈の顔を見た。

「ねえ、風子、私どうしたらいい?引っ越すべき?」

風子が言葉を発する前に麗奈が不安そうな表情で風子に聞いた。

「あのお姉さんは麗奈には何もしないと思う。お姉さんは初めて独り立ちしたこの部屋が好きだから、この小石と一緒にここにいたいだけだって。」

麗奈は黙って風子の話を聞いている。

「麗奈、できれば引っ越さないでずっとこの部屋にいて欲しいにゃ。そして毎月十日から十一日はこの小石と小さくていいからお花をダイニングのどこかに置いておいて、手を合わせて。」

「それだけ?」

「うん。それだけ。でも必要以上に情を掛けちゃダメだよ。”南無阿弥陀仏”って三回唱えて”安らかにお過ごしください”ってそれだけ。普通は知らない霊に手を合わせることはしない方がいいんだけど、麗奈は彼女の居場所に住まわせて貰ってるからね。」

「必要以上に情を掛けると、憑かれちゃうってことね。」

風子は黙って頷いた。その時だった。

チーン

昨夜聞こえたあの凛の音がどこからともなく聞こえた。

麗奈とさくらにも聞こえたようでふたりともダイニングの中を見回している。

「お姉さんが、”ありがとう”って。」

風子がそう言って微笑むと、麗奈は小柄な風子をいきなり抱きしめた。

「風子がいてくれてよかった。ありがとう。安心したわ。」

「でも風子はよくそんなことまで知っているわね。」

風子が麗奈にしたアドバイスに対してさくらが感心したようにそう言うと風子は頷いた。

「うん。小さい頃から幽霊の声が聞こえるでしょ。その幽霊に対してお坊さんとか霊媒師が何かすると、幽霊が落ち着いたり、逆に怒ったりするのを見てきて、ああこうすればいいんだっていうのを何となく覚えたの。」

「ふうん、見えたり聞こえたりする人はそれなりに対処する方法を体で覚えていくってことだな。」

「うん。」

「でも風子、私が居る間はいいけど、私だってずっとここに住み続けるわけじゃないわ。引っ越しする時はどうしたらいいの?」

「わかんにゃい。」

さすがに風子も全てを理解しているわけではないのだ。

風子にわからないと言われ、麗奈が困ったような顔をすると風子が麗奈の肩を叩いた。

「その時はまた私がここへ来て彼女の話を聞いてあげるわ。どうすればいいかって。」

「うん。ありがと。」

それから麗奈はダイニングの棚の上に小さな可愛らしい木彫りのわらべ地蔵とラピスラズリの小石を置き、毎月月命日である十日には小さな一輪挿しに花を挿して手を合わせた。

風子が言った通り、それ以降彼女の姿を見ることはなくなったが、時折麗奈は彼女の存在を感じることがあると言う。

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◇◇◇◇

そして月日は流れ、風子達は二十六歳になろうとしている。

相変わらず小学生のような風子を他所に、麗奈は結婚が決まりこのアパートを引き払うことになった。

「麗奈ちゃん、ちゃんとお花を供え続けていたんだ。偉いね。」

麗奈に呼ばれ、以前の約束通りに風子が部屋を訪れると、引っ越しのために積み重ねられた段ボールの向こうにある棚の上に静かに微笑むわらべ地蔵と青い小石があった。

風子はその前に立ち、バッグから柘植の数珠を取り出し手に掛けると、静かに手を合わせた。

そのまま風子は微動だにせず、じっと目を閉じている。

あの女性と心の中で会話しているのだろうか。

麗奈もその後ろでじっと手を合わせて風子の様子を見守っていると、風子が突然ぶつぶつと声を出し始めた。

経を唱えているのだ。

そして唱え終わると風子はゆっくりと麗奈を振り返った。

「毎月手を合わせてくれた麗奈のお陰で彼女の魂はこの場所からほとんど消えかかっているの。今、最後の送りをしたからこの小石を埋葬しましょ。」

「埋葬?」

「うん。任せて。」

風子は、そう言うと小石とわらべ地蔵、そして麗奈が毎月使っていた磁器の一輪挿しを手に取り部屋を出た。

そのまま一階まで降りるとアパートの中庭へ入り、そこからアパートを見上げた。

「あそこが麗奈の部屋だよね。」

風子はそう言うとその傍にある木の根元に穴を掘り始めた。

そして深さ二十センチほどまで掘り下げ、そのそこに持ってきた小石とわらべ地蔵、そして一輪挿しを横にして並べた。

そしてその前にしゃがんだまま再び数珠を取り出し、手を合わせて短く教を唱えた。

「さあ、じゃあ埋めましょ。」

風子と麗奈は手で優しく土を掛け、最後に優しく手で土を押さえ、静かに手を合わせた。

「何か目印の石か何かを置かなくていいの?」

麗奈の問いに風子は首を横に振った。

「お墓じゃないから。誰かがお参りするわけじゃないし、この子達はこの土地に静かに眠っていればいいのよ。」

「そっか。」

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*********

ふたりは部屋に戻り、まとめられた荷物の中で缶ジュースを飲みながら大学時代の思い出話に花を咲かせていたが、ふと時計を見た風子はこのあと用事があるからと立ち上がった。

「じゃあ、その後、晩御飯を一緒に食べない?」

「ごめん。今日はデートだから駄目かも。」

「え~っ!風子いつの間に彼氏作ったの?」

「いや、彼氏というか、何というか。えへへ。」

そう言って、はにかみながら部屋を出る風子を麗奈はアパートの出口まで見送った。

「風子、今日は本当にどうもありがとう。これで気持ち良くここから引っ越せるわ。」

「どういたしまして。それじゃ。」

手を振って小走りにアパートを出て行く風子の向こうに優しそうな男性がにこやかに立っていた。

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「夏樹さん、お待たせにゃ。」

その男性は駆けて来た風子を出迎えると麗奈に会釈し、ふたりは腕を組み並んで去っていった。

「いつの間にあんな彼氏を捕まえたんだろ。"にゃ"は彼氏にだけか・・・

お~い、風子も幸せになれよ~!」

麗奈はそう叫んで手を振ると、中庭に戻ってもう一度手を合わせ、引っ越しを済ませるために部屋へと戻って行った。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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