古からの誘い 最終章前編

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古からの誘い 最終章前編

室町時代の優れた陰陽師を遠い祖先に持つサラリーマンの五条夏樹。

その古の時代の陰陽師に仕えていた式神であり、夏樹を現代の陰陽師として覚醒させたい瑠香。

そして銀行員でありながら裏稼業として祓い屋を営み、夏樹の秘めたる能力に目を付けた美人霊能力者、美影咲夜。

見た目は小学生、実は二十四歳フリーターの霊感持ちである三波風子と共に、夏樹はその祓い屋の仕事を手伝っており、ふたりは様々な怪異に出会う。

そして今回、夏樹と瑠香の起源に関わる古の敵と戦うことになるのである。

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夏樹は瑠香と共に、以前開かずの間に棲みついた女郎蜘蛛を退治した神奈川県西部にあるこの温泉場へと到着した。

この地区の自治会長である男性が、美影咲夜のところにお祓いの依頼をしてきたのだ。

しかし咲夜は別件の仕事があり、一日遅れて風子と共にここへ来ることになっている。

先方が一日でも早くと懇願してきたこともあって、夏樹と瑠香だけ先にここを訪れたのだ。

依頼主の自治会長は依頼の時に“お祓い”と言ったが、夏樹が話を聞く限り、それは一般に言うお祓いではなかった。

魔物退治。

少なくとも夏樹はそう受け取った。

先週、そして今週とこの地区の住民が立て続けに四人も謎の死を遂げるという事件が起こっていた。

最初の犠牲者は仕事帰りの若い女性で、なかなか仕事から帰ってこない娘を心配した両親が探しに出たが見つからない。

バスを降りたのを最後に、その後彼女を目撃した者はいなかった。

そして翌朝、地区の外れの山中で、無残な状態で発見されたのだ。

普段はあまり人が立ち入らない杉林の中で、手足、そして首がもぎ取られたばらばらの状態で、しかもその胴体からは肺から子宮に至るまで、全ての臓器がきれいさっぱりなくなっていた。

遺体の周囲には、犯人と思われる足跡が残されており、山の中へと続くその足跡を追ったものの、結局犯人にたどり着くことは出来なかった。

そしてそれから四日後、二人目の犠牲者は中年の女性だった。

夜、と言ってもまだ八時になっていないような時間だったが、その女性は親戚から美味しい果物を貰ったので、近所におすそ分けをしてくると言って家を出た。

そしてその近所の家で少し会話を交わし、家に戻る途中で行方が分からなくなったのだ。

女性が戻ってこないことに気づいた家族はすぐに警察へ連絡したが、すぐには見つからず、翌朝になって少し離れた河原で見つかった。

発見された女性は、頭や手足こそついていたものの、最初の犠牲者と同様に腹を裂かれ、内臓が全くない状態であった。

そしてその時にこの女性を探しに出た派出所の警察官が、二人目の犠牲者となった女性が発見された場所から百メートルも離れていない場所で、首がねじ切られた状態で発見されたのだ。

その手には拳銃が握られていたが、発砲した形跡はなく、引き金を引く暇もなく首を捥がれたのだろう。

恐ろしいことに、最初の被害者を含め、被害者の肉体を損壊させるのに刃物を使った形跡が一切ない。

すべて力任せに行われているのだ。

手、もしくは爪を使ってここまでの所業を行うとすると、とても人間とは思えない。

そしてそれを裏付ける証拠が残されていた。

二人目の女性が襲われた時の様子が路上に設置されていた防犯カメラに残されていたのだ。

夜間である上に多少距離があったためにクリアな映像とは言い難く、モノクロの映像だったが、その様子ははっきりと分かった。

自宅へと小走りに向かう女性の前に突然巨大な黒い影が現れる。女性の身長から推定して二メートルは超えているように見えた。

その黒い影の腕が、驚いて立ちすくんでいる女性の頭を一閃した。そして吹っ飛んだ女性の頭を片手で鷲掴みにすると軽々と持ち上げてそのままどこかへ、おそらく発見された河原へと連れ去って行ったのだ。

そしてその黒い影の頭部には、はっきりと二本の角が映っていた。

鬼だ、いやそのように見せかけた作り物だと物議をかもしたが、そもそも大人の女性の頭を鷲掴みにして片手で持ち上げられるような人間など、そんじょそこらにいるわけがない。

結論の出ないまま、四人目の犠牲者と思われる失踪事件が起きた。

被害者は塾帰りの女子中学生。

しかし、その夜にその子を探しに出たのは、これまでの事件の捜査に当たっていた警察官数人と、猟銃を持つ一部の住人だけだった。

少ない人数なりに、地区内を捜索したが見つからず、おそらく山の中へ連れ去られたのだろうと思われた。

そして朝になって周辺の山中も捜索されたが、結局その子は見つからないままなのだ。

相手が人間ではないと地区の誰ひとりとして疑わなくなった時、出てきた名が美影咲夜だった。

地区の外れにある旧家に棲みついた女郎蜘蛛を一瞬にして粉砕した彼女達。

しかし連絡を取って見るとすぐには来られないという。

とは言え、日を追って犠牲者が増えていくような一刻を争う状況であり、咲夜は夏樹と瑠香を先に送り込んだのだ。

もちろん夏樹には鬼を退治するような力量はないが、咲夜は瑠香に期待したのだ。

「瑠香さんはどう思います?」

自治会長から話を聞いたふたりは顔を見合わせた。

「鬼であることは間違いないと思うんだけど・・・」

夏樹の問い掛けに、瑠香は不安そうな表情を隠さず言葉尻を濁した。

「けど?何?」

「私の知っている鬼達よりも狂暴過ぎる。まるで自分の所業を見せびらかしているようだわ。」

今回の鬼の所業に関しては、瑠香もかなりの違和感を持っているようだ。

しかし何故このように凶暴な鬼が突然現れるようになったのだろうか。

「この辺りに鬼に関する伝説のようなものはないんですか?」

夏樹が自治会長に問いかけると、やはり今回の事件を受けて調べてみた者がいたそうだ。

するとこの地域に伝わる書物の中に鬼に関する記述があった。

書物自体は江戸時代に書かれたもののようだが、古くから伝えられた話として記述されていた。

それによると、中津川村には時折鬼が現れ田畑を荒し家畜を奪って村人を困らせていたが、賀茂文忠という流れの術者が現れ、鬼を封じ込めたということらしい。

「賀茂文忠・・・様?」

瑠香が驚きの声を上げた。当然だろう、遠い昔に自分を召喚した主の名が突然出てきたのだ。

「おそらく文忠様が私を夏樹さまへ向けて封じ込めた後の話ね。こんなところにいたなんて全く知らなかったわ。」

「賀茂文忠が封じたその鬼が蘇ったってこと?」

「同じ鬼かどうかは判らないわ。でもそうだとすると、剣があまり得意でない文忠様に首を取られるくらいの鬼だったら、私の敵じゃないわね。ふふん。」

瑠香が得意そうに鼻を鳴らし、それを聞いていた自治会長は少し安心したように頬を緩めた。

「それで、これからどうされますか?早速山へ入ってみますか?」

自治会長の言葉に夏樹は苦笑いを浮かべ首を振った。

「いえ、鬼の居場所が分かったわけではありませんから、やみくもに山の中を歩くよりも夜を待ちましょう。」

夏樹と瑠香はそのまま宿に入り、夜になるのを待った。

「しかしここで賀茂文忠の名前を聞くとは驚きだったね。偶然って恐ろしい。」

部屋でくつろぎながら、夏樹が話し掛けると瑠香は首を傾げた。

「そうね。でも本当に偶然なのかしら。」

式神である瑠香は何かを感じ取っているようだが、それが何なのかはわからないようだ。

「もう六百年も前に死んでいる人だ。それに鬼退治の後はこの地を追われたって言っていただろ。考え過ぎだよ。」

「うん。」

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夜になり、夏樹と瑠香は心配そうに見送る宿の人達を後にして表通りへ出た。

まだ八時前だというのに通りには人の姿はなく、車すら通らない。

夏樹と瑠香はゆっくりと数百メートルの通りを歩き、一往復すると比較的表通りを見渡せる町の中心にあるバス停のベンチに腰を下ろした。

「誰もいないわね。静かだわ。」

「ああ、この状況でふらふら外を歩くのは俺達と鬼くらいだな。」

夏樹がふと瑠香の顔を見ると、何故か不安そうな表情をしている。

「どうしたの?女郎蜘蛛を倒した時はあんなに嬉々としていたのに。」

「うん。何故か分からないけど、とっても不安なのよね。」

その時だった。

「!!」

座っているふたりに、まるでそよ風が吹いてきたように鳥肌が立つような妖しい氣が突然に漂ってきた。

「来た!」

ふたりは同時に立ち上がると氣の漂ってくる方向へ顔を向けた。

しかしそちらには誰の姿も見えない。

するといきなり瑠香がそちらへ走り出した。その手にはしっかりと黒い木刀が握られている。

夏樹も慌てて瑠香の後を追って走り出す。

しかし五十メートルも走ったところでいきなり瑠香が立ち止まった。

「消えた?」

先ほどまで漂っていた妖しい氣がなくなったのだ。

こちらの気配を察して逃げたのだろうか。

そのまましばらく気配を探っていると、遠くに黒く動く影のような物が見えた。

よろよろとよろめきながらこちらへと向かってくるようだ。

ふたりは全神経を集中してその影を探ったが、妖しい氣は感じられない。

すると夏樹はその影に向かって小走りに駆け出した。

近寄って見ると、そこにいたのは制服を着た中学生くらいの女の子だった。

「大丈夫か?」

女の子からうっすらと妖しげな気配が漂ってくるが、これはこの子が発しているのではなく、おそらく残り香のようなものだろう。

たった今しがたまで物の怪と一緒にいた証しだ。

女の子は怯えた表情で夏樹と瑠香を見ていたが、安心できそうな相手だと判断したのだろう、突然わっと泣き出して瑠香にしがみついてきた。

夏樹と瑠香が女の子を派出所へと連れて行くと、やはり先日来行方不明になっていた女の子だった。

女の子の話によれば、拉致された日は塾の居残りで帰りが遅くなり、バスを降りて小走りに自宅へと向かった。

あと少しで自宅というところでいきなり目の前に大男が現れたと思った瞬間、腹部に膝蹴りを受けて気を失い、そして気がつくとどこかの洞穴の中に手足を縛られて転がされていた。

既に夜が明けていたようで、洞穴の入り口から差し込む光で中の様子が解かる。

一番奥にある石でできた祭壇の上には古ぼけた木の箱と共に、見るからに恐ろしい二本の角が生えた頭蓋骨が置かれていた。

そしてしばらくすると、四十歳くらいの男が洞窟に現れて何も言わずにパンをくれた。

食事以外は縛られ転がされたままで丸二日を過ごし、今夜、突然鬼の頭蓋骨が震え出したかと思うと目の前に巨大な鬼が現れたのだ。

女の子はこのまま他の犠牲者と同じように、殺されて食べられてしまうんだと覚悟したが、鬼は女の子の服の襟首を掴むと軽々と持ち上げ、山の中を歩いて町の近くの山の中で女の子を解放したのだった。

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「いったいどういうことだ?なぜその女の子だけ殺されずに帰ってこれたんだ?」

朝になって咲夜と風子が合流し、宿の部屋で夏樹が昨日見聞きしたこと、そして昨夜の出来事について話した。

咲夜の疑問は当然であり、誰しもそう思っているが今のところ誰にも答えられない。

「んとね、んとね。」

それまで両手を頬に当てて黙って話を聞いていた風子が突然口を挟んできた。

「ん?何、ふ~ちゃん?」

「んとね。これは私の感だけなんだけど、私達は鬼さんとその四十歳くらいの男の人に誘き寄せられてるような気がするにゃ。」

「誘き寄せられる?どういうこと?」

風子が突然言い出した突拍子もないと思われるような言葉に夏樹が首を傾げた。

「前に私達が蜘蛛さんを退治した町で、わざと物の怪の仕業だと判る事件を起こすにゃ。そんで夏樹さんと瑠香さんが到着した日に連れ去った女の子を開放して、ここにいるぞ、早く来いって言ってる気がするにゃ。」

「何で鬼が僕たちを?」

「わかんにゃい。でももしそうだとすると、その四十歳くらいの男の人が黒幕かにゃ?」

「ふむ、一理ある気はするが、それでや~めたって事にはならないな。どれ、じゃあ早速そのお誘いに乗ってみるか。」

咲夜がそう言って席を立つと、他の三人もそれに続いた。

◇◇◇ 古からの誘い 最終章中編へ続く

Concrete
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ネタバレ注意
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覚えて下さったことが嬉しくて元の名に戻しました。笑

5人なのですか?!
うーむ、二度読みしますね!

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