古からの誘い 最終章中編

中編7
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古からの誘い 最終章中編

空は厚い雲が垂れこめ、まだ午前中だというのに薄暗く感じる。

町を出て山道へと入り、更に山奥へと進んで行く。

最初から山歩きをする覚悟だったのだろう、今日は咲夜も風子もデニムパンツ姿だ。

瑠香はいつものように夏樹の肩の上に座っている。

「さてと、こっちの方向のはずなんだけど、ここから先は道がないな。」

山の傾斜のせいもあるのだろう、夏樹の指さす方向には、先が見えないほど延々と森が続いている。

夏樹はおもむろにカバンから紙切れのような物を数枚取り出した。

和紙でできた紙人形、人形(ヒトガタ)だ。

それを地面に並べると口の中でぶつぶつと呪文を唱え始めた。

すると驚いたことに、人形がぴょこんと立ち上がったではないか。

「よし、鬼のいる場所へ案内してくれ。」

夏樹の言葉に三枚の人形は目にも止まらぬ速さでどこかへ飛び去り、十分ほどでそのうちの一枚が戻ってきた。

「よし、見つけたな。案内してくれ。」

夏樹の言葉に従い、人形は四人の前方に浮かんだまま、先ほどとは打って変わってゆっくりと先導を始めた。

別の方向へ飛び去った人形もいつの間にか先導する一枚に合流している。

「夏樹も式を使えるようになったんだ。成長したな。」

歩きながら咲夜が感心したようにそう言って夏樹の肩を叩いた。

「いや、まだ瑠香さんのような強力な式神を召喚できるような力ではないですけど。まあ、ぼちぼちですね。」

そうして小一時間も山の中を歩いただろうか。突然、咲夜が顔をしかめた。

「近いな。」

まるでその言葉に連動したかのように、遠くで雷鳴が響いた。

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更に数十メートル歩いた四人の目の前に大きな石が現れ、そのすぐ横にはぽっかりと洞穴が口を開けているのが見える。

そして先程から感じられる邪悪で強力な氣はそこから流れ出てきていた。

いつの間にか瑠香も通常サイズに戻って黒い木刀を構えている。

「ここだな。」

咲夜がそう呟いて一歩前に出ようとした時だった。

その洞穴からひとりの男が顔を出した。

この男が、女の子の言っていた四十歳くらいの男だろう。

革ジャンにジーンズと、極めて普通の格好だ。

「来たな、五条夏樹。ここへ来るのに式を飛ばすなんて、もうすぐ来るぞと言っているようなものだ。まだまだ未熟だな。」

男はそう言って不敵な笑みを浮かべた。

男の言葉からするとこの男の目的は夏樹であり、風子の推察通りだったということになる。

「ここへ招いておいて未熟も何もないだろう。貴様は誰だ?」

「俺か?俺の名は鬼坂啓二。と言っても知らないだろうな。」

「知らん。」

普段の夏樹とは打って変わった乱暴な口の利き方は、この男がとてつもなく危険な何かを発しているのを感じ取っているからだろう。

そしてその夏樹の手には、瑠香から譲り受けた独鈷杵が握られている。

戦いは避けられないと判断したに違いない。

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「俺はな、前世の記憶を持ったまま生まれ変わり続けているんだ。」

「前世の記憶だと?」

「そう、そしてその一番古い記憶、俺は賀茂文忠という名の陰陽師だった。」

「ひっ!」

その名を聞いた途端、瑠香が小さく悲鳴を挙げ、木刀の切先を下げた。

「瑠香、久しぶりだな。俺の命じた通り、この男、五条夏樹をそれなりに鍛えてくれたようだ。ご苦労。」

すると瑠香は顔を引き攣らせながら一歩前へ出た。

「文忠様の命で夏樹さまと一緒に居るわけじゃない。最初はそうだったけど、今は夏樹さまを主としているのよ。」

「はん?俺の生み出した式の分際で。まあいい、いずれ同じことだ。」

そう言い捨てると鬼坂啓二は再び夏樹の方へ向き直った。

「何度も転生を繰り返してきたが、転生というのはその能力まで引き継げるものではないらしい。悲しいかなこの鬼坂啓二も霊的には何の能力も備わっていないただの凡人だった。なまじ記憶があるだけに俺はずっと苦しんできた。」

そこで言葉を区切ると、鬼坂啓二はゆっくりと夏樹の方へ近づいてきた。

夏樹は独鈷杵を前に翳して身構える。

「そしてこの時代、そう、お前が俺の正当な血を受け継いで高い能力を持ち生まれてきたこの時代を俺は待っていた。」

夏樹が構えた独鈷杵など意に介していないように鬼坂啓二は更に一歩夏樹に歩み寄る。

「取り敢えず、以前に封じた鬼の力を借りようとこの地へ来たが、その時泊った宿で偶然お前の噂を聞いた。」

あの女郎蜘蛛退治の話だろう。宿の人は誰彼となく自慢げに話をしているのだろうか。

「巫女服を着て長い髪をふたつに縛った黒い木刀を操る女。直ぐにピンときたよ。そして一緒に居る若い男の事も。俺は狂喜したね。わざわざ自分で探しに行く手間が省けたんだからな。そしてこの地で町の人間を襲い、お前らが来るのを待ったということだ。」

鬼坂啓二は満面の笑みを浮かべて更に一歩夏樹に近づく。

「お前は、それだけの為に三人もの人の命を奪ったのか!」

「ああ、腹ごしらえも兼ねていたがな。」

この男は、人の臓物を喰らうと言っているのか。

とても人間とは思えないが、それが鬼の証しなのか。

しかし見た目は普通の人間の男だが。

「どうだ、お前のその能力と俺の意識を融合させればこの世は思いのままだぞ?」

いつだったか、瑠香と出会ったばかりの頃、瑠香も似たような事を言っていたっけ。

夏樹の脳裏にそんなことが思い浮かんだ。

そう、その時、夏樹はそんな事には興味がないと瑠香の宿った人形を燃やしてしまったのだ。

あの時は煩悩を否定する瑠香に対する腹立たしさもあったのだが。

「この世を思いのままにだと?そんな事には興味はない!」

夏樹はそう叫ぶとショルダーバックの蓋を開けた。

するとショルダーバックの中から、真っ白な何十枚もの人形が次々と飛び出してきた。

その人形は、まるで燕の大群のように列をなして鬼坂啓二に向かってゆく。

「むおっ!」

鬼坂啓二は両腕で顔を庇いながら身を屈めた。

しかし、彼自身が言ったようにこの鬼坂啓二には何の能力もないのだろう。

宙を舞い襲い来る人形になす術もなく、一瞬にして革ジャンは切り裂かれ、顔を庇っている腕からは血が噴き出した。

すると鬼坂啓二は、脱兎のごとく駆け出し洞穴へと逃げ込んだ。

パチン

夏樹が指を鳴らすと、鬼坂啓二を追っていた人形達は一斉に夏樹のバックの中へと戻った。

人形、すなわち夏樹が呼び寄せた式達をあの洞窟へ入れてはいけない、そう感じたのだ。

その途端、洞穴の中から動物の雄叫びのような、地響きのような咆哮が聞こえてきたではないか。

ヴオ~ッ!!

その咆哮が収まると、身長二メートルは楽に超える大きな鬼が洞穴の入り口を狭そうに何とか潜り抜けてその姿を現した。

一瞬、その鬼が鬼坂啓二を助けに出てきたのかと思ったが、違う。

その鬼の腕には、先ほど夏樹の放った人形がつけたと思われる無数の傷があった。

鬼坂啓二は鬼をその身に宿し、一瞬にして肉体的に変貌を遂げたのだ。

その腕の傷も見る間に消えてゆく。驚くべき再生能力。

賀茂文忠はこれと同じことを夏樹の肉体で行おうとしているのだろう。

鬼の体では、破壊と殺戮しか生まない。

この世を支配するためには、それでは駄目なのだ。

元陰陽師の彼はもっと知的にこの世を陥れようとしているに違いない。

その為に夏樹を必要としているのだ。

それであれば尚更この鬼を賀茂文忠もろとも絶対に倒さなければならない。

夏樹は独鈷杵を握りしめ、再びバッグの蓋に手を掛けた。

その時、横から真っ白い塊が夏樹の視界に飛び込んできた。

パルだ。

パルは体長が一メートルを超える白狼であり、咲夜は白狼を自分の使い魔として召喚できるのだ。

夏樹が振り返ると、指を絡めて顔の前に掲げた咲夜がニヤッと笑った。

そしてパルと並ぶように、瑠香も木刀を正眼に構え前に出た。

「夏樹さまには指一本触れさせないわ!」

そう叫ぶと鬼に向かって木刀を振り上げ、地面を蹴った。

「式の分際でこざかしい!」

鬼がそう叫んで右手を横に振った。

ぽん!

何かが弾けるような音がしたと思った瞬間、瑠香がぱさっと地面に落ちた。

いや、地面に落ちたのは瑠香ではなく、瑠香の着ていた巫女服だった。

続いてカランと音を立てて木刀が転がった。

一瞬にして瑠香が消されてしまったのだ。

「る、瑠香さ~んっ!!」

夏樹が悲鳴に近い声で瑠香の名を叫んだが答えは返ってこない。

「ふん、俺が召喚した式だ。消すのは簡単な事だよ。」

夏樹を主と呼んでいたが、元を辿れば賀茂文忠が召喚した式であり、それは何も変わっていなかったのだ。

魔と戦う上で瑠香を無くすということは、夏樹にとって両腕がなくなったに等しい。

そして戦闘能力以上に、瑠香を無くしたことによる精神的なショックは計り知れないのだ。

「畜生!」

夏樹はバックの蓋を開け、全身全霊を込めて人形を飛ばした。

それと同時にパルが鬼に襲い掛かる。

しかし夏樹の放った人形は、ことごとく鬼に払い除けられ、地に落ちた。

パルも鬼の首を目掛けて飛びついたが、これも左腕一本で振り掃われ、パルは一旦後方へ下がって、姿勢を低くして鬼を睨みつけている。

瑠香を無くした今、どうやってこの鬼を倒せばいいのか。

夏樹は涙を浮かべ歯ぎしりをして、鬼を睨みつけた。

「瑠香さん・・・」

◇◇◇ 古からの誘い 最終章後編へ続く

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