中編4
  • 表示切替
  • 使い方

天国の男の子

「ねぇ、お棺の中に、入れたいものがあるんだけどイイ?」

ある男子高校生の葬儀を担当したときの話です。亡くなった男の子は、白血病で若くしてこの世を去ったのでした。その男の子の友達だと思われる女の子から、そう言われたのです。

「○○君が元気だった頃の、二人で撮った写真を入れてあけだいの。彼にはつらい病気の思い出じゃなく、楽しかった思い出を持たせてあげたいの」

彼女は泣きじゃくりながら、そう私に訴えかけてきました。僕は最近の若い子にしては、なんて誠実でやさしい子なんだろう、そんな印象を持ったのを覚えています。

ちなみに、この話は、私がまだ葬儀業界に就職して間もない駆け出しの頃のこと。初めて若い方の葬儀を担当したので、その女の子のことを記憶していたのです。

そして6年後・・・・。再び葬儀会場でその女の子に出会ったのです。亡くなられたのは、彼女の夫。

「若くして未亡人か・・・・かわいそうに」

それが正直の感想でした。

話の流れで、「実はあなたと会うのは2度目でして、男子高校生の葬儀を・・・・」覚えていればと思い、僕は昔の葬儀のことを話しました。

すると、彼女は、とても驚いたかのように、目を丸くして「実は・・・・」と僕に話してくれました。

夫との結婚は、決してスムーズに決まったとはいえませんでした。というのも、夫には、彼女と結婚する前に付き合っていた女性がいたためです。その女性は御曹司の娘で、夫は付き合っていた頃から、いろいろお金を出してもらっていたようです。

でも、結果として、夫はその女性と別れ、彼女を選択しました。つまりは、当時付き合っていた女性との交際をお断りする形になったのです。

その後、二人は結婚式、新婚旅行…、いろいろなことがトントン拍子に進み、夫との新婚生活が始まりました。

そのあたりからでしょうか。一日に何本も無言電話が鳴るようになったのです。彼女は、もしかしたら、「夫の元彼女かも・・・・」と薄々気づいていまたが、無視することにしました。そんなある日、無言電話ではなく、元彼女がハッキリと言ってきたのです。

「あたし、そろそろガンで死ぬの。そしたら、あなたを道連れにするわ。フッフッフッ・・・・」

そんな捨てゼリフで電話は切れました。このことは、怖すぎて夫には話せませんでした。それ以来、無言電話はピタリとやんだのです。

ところが、その数日後、一人のときや、眠っているときに頻繁に不思議な出来事が起こるようになったのです。

ズッシリとした重圧を肩や背中に感じたり、突然物が落ちてきたり・・・・。

また、何かにとりつかれたかのように、夫の性格まで変わってしまったそうです。これまで優しかった夫が、彼女に暴力を振るうようになりました。

そんなある日、

「あなたの夫の元彼女、先月、ガンで亡くなったらしいよ」

不思議な出来事が始まったのと同じくして、元彼女が亡くなったことを聞いたのです。身震いがしました。毎晩のように金縛りに遭うようになり、眠れない日が続きました。

そんな中、不思議な夢を見たそうです。

「僕は、今まで何もしてあげられなかったけど、今なら君を守ってあげられる」

どこか、懐かしい夢・・・・。心が安らぐような、暖かい気持ちになり、久しぶりにすがすがしい気分でから目覚めました。

彼女は今見た夢を考えたそうです。

「学生服を着た若い男の子」「教室」「懐かしい声」

ふと、一人の男の子を思い出しました。高校生のときに初めて付き合った彼、ファーストキスの相手、淡い恋心・・・・。その子は、白血病で亡くなった高校生の頃の同級生。でも、今の自分はこんなにも不安定な状態なので、きっと、何かにしがみつきたいという一心で、そんな夢を見たのだと思ったのです。

その後も、夫の性格は荒れる一方。夫の暴力に疲れ果て眠ってしまった夜。

「ンフフフフ、アハハハハ・・・・。あなたを殺すことなんて簡単なの」

「殺す、殺す、殺す・・・・」

「オマエもアイツも殺してやる!」

不気味な女の声がすぐそばで聞こえ、白い手のようなものが闇の中から私のほうにスッと伸びてきたのです。その不気味なほどの青白い手は、私の首をギュッときつく締めつけてきましま。

「お願い、やめてぇ!」

「誰か助けてぇ!」

声にもならない心の叫びでした。すると、今度は男性の手らしきものが、その女の手をサッと払いのけたのが見えました。

女は「チッ」と舌打ちをすると消えていき、その男性は、

「もう、安心して。ゆっくりおやすみ」

やさしく、そうささやいたのです。その声は、やはり、白血病で亡くなった高校生の頃に付き合っていた彼。暖かく、懐かしさを感じながら、私は深い眠りにつくことができたのです。

翌朝、目覚めると、お風呂場のほうから水の流れる音がし続けていました。「おかしいな」と思い、浴室に向かうと、夫が湯船で死んでいました。死因は飲酒による心臓マヒ。

しかし、彼女には、元彼女の仕業としか思えなかったそうです。

そう考えると、背筋がゾクっとしました。もしかすると、彼の助けがなければ、今頃は私も布団の中で息絶えていたことでしょう・・・・。

彼女は、夫の棺にも結婚式の写真を入れました。

「私は、今回のことに関して誰が悪いとはいえないと思っています。心の底から人を好きになったのなら、周りが見えなくて当たり前だと思いますから・・・・」

そう彼女はつぶやきました。夫の葬儀の後、彼女は、初恋の男の子と、夫の元彼女にお線香をあげに行ったそうです。

お棺の中に入れた写真、たった一枚が、人の生死を分けてしまうとは・・・・。

怖い話投稿:ホラーテラー KHさん  

Concrete
コメント怖い
0
1
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ