長編8
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詳細不明

数年前の話。

その日は仕事を終えてから友人たちと飲みに行き、帰路についたのは0時をまわった頃だった。

時期はちょうど今みたいな夏の終わり。

秋が近づいていたせいか風が強く、少し肌寒さも感じるような夜だった。

私が住んでいるマンションはあまり人の行き来がない場所にあり、深夜にもなると微かな物音がいちいち気になるほどの静寂に包まれていた。

明かりは十分にあるものの、不気味にすら思える静けさなので、いつも駆け足でさっさと帰る。

が、その日は酔っていたため「夜風が火照った体に気持ちいいなぁ〜」などと、えらい上機嫌でのんびり歩いていた。

そんな調子で約30分ぐらいの道のりをふらふら〜っと進んでいき、半分辺りまで来たところでふと前方から何かが聞こえ、足を止めた。

ガサガサッ、ガサガサッ

「なんかきこえる〜」

本来の私ならこれだけでもビビっていたが、この時はお酒の力で平気だった。

耳を澄ましてみよ〜なんていう余裕ぶりで、その音に耳を傾けてみた。

ガサガサッ、ガサガサッ

どうも紙やビニール袋なんかが風に揺れてるような、そういう音だった。

それが前方からうっすらと聞こえている。

「風強いし、ゴミ袋かなんかかなぁ」

と、再び歩きだそうとしたその時。

ガサガサッ、ガサガサッ、ガサガサッ

「えっ?」

音がだんだんこちらに近づいてるのに気付く。

と同時に、前から人影が。

「こんな時間に誰かとすれ違うなんてめずらしいなぁ」

この辺りは本当に人の行き来が少なく、ましてやこんな夜中に人と会うなど滅多になかった。

私もいちおう女なので、ベロベロでだらしなく歩いているのはやはり無防備だし、いざって時にすぐ対応できなきゃまずい。

「用心、用心!」

そう思い、目を凝らして前方の人影を確認した瞬間、自分がビクッ!と怯えたのがはっきりとわかった。

次いで瞬時に酔いが覚め、夜風で涼んでいた体が急速に冷えていくのを感じた。

前方から現われたのは自転車に乗った女性。

前カゴにも何かが乗っていた。

私を怯えさせたのは、その異常な風貌だ。

女性は首もとまですっぽりと紙袋をかぶっており、そこからスラッと伸びている髪は地面にまで届いていた。

両手はハンドルを握るというよりも添えているという風に見え、力が入っている感じがまるでない。

首から下が全体的にだらーんとしてるというか、生気や気力といったものが一切見てとれなかった。

そして、前カゴ。

何やら文字が書き殴ってある紙袋が入っていたが、明らかにその中に何かがいるとわかった。

紙袋が逆さだったから、女性の風貌から直感的に連想できたんだと思う。

つまり、「紙袋の中に何かいる」じゃなく「何かが紙袋をかぶっている」ということ。

(やばいやばいやばい!)

私はその場で立ち尽くしたまま、頭の中で叫びまくった。

ただ、酔いが完全には覚めきらなかったのか、この時点では恐怖よりは動揺に近く、若干余裕を持ちなおしていた。

(変な人来た!どうしよう!)

(いや、落ち着け落ち着け)

(普通に素通りすればだいじょぶ)

頭の中で一人ドタバタしつつも、なんとか平静をよそおうと笑顔をつくる。

完全にただの変な人だと思い込んでいたので、露骨に態度で示してしまうと刺激するかもと思ったからだ。

(まず、意識しない!)

(それで、ちゃちゃっと通り過ぎる!)

そうこうしているうちに、女性ももうだいぶ近づいてきている。

このままつっ立ってたら、関心を持たれるかもしれない。

(よし、行くぞ!)

意を決し、改めて前を見据えた。

さっきより近くなったからか、意識せずとも視界に入ってきたその姿は、一瞬で私の小さな余裕を吹き飛ばした。

その代わりに、私の全身は恐怖で包まれた。

最初、紙袋をそれほど注視したわけではなかったが、自転車をこいでるんだから穴でも開けてるんだろうと、確認もせず思った。

前カゴにいる何かは、猫か犬に無理矢理かぶせてるんだろう、と。

だから、単に「変な人」だと思ったし、私の姿も当然見えてると思った。

だが、近づいてくる女性の紙袋は、完全に彼女の視界を遮ぎっていた。

目どころか顔が丸ごと隠れてしまっているのだから、前後左右わかるはずがない。

ところが、まるで敷かれたレールを走ってるかのように軸も全くブレる事なく、ただ真っすぐ真っすぐこちらへ近づいてくる。

それにハンドルを持つ両手と同じく、足もペダルに添えてるだけという感じで、ちゃんと踏み込んでいるようには見えなかった。

加えて一歩一歩が非常に遅い。

にも関わらず、進む距離が妙に長いのだ。

どう言ったらいいかわからないが、「自転車が自動的にレールの上を毎秒決まった距離だけ進んでる」

そんな不自然な走り方だった。

自転車自体も、よく見ると異様に古い。

まるで何十年も乗り回したみたいに、ボロボロと朽ち果てていた。

そして、前カゴで紙袋をかぶる何か。

猫か犬かと思ったそれは、人間の赤ちゃんらしきものだった。

全体が隠れていたため、赤ちゃんだと断言できる要素は無かったが、わずかに見えていた小さな爪先らしき部分に気付き、私はそう判断した。

さらに言うと、紙袋には

ままはおまえをゆるさない

ままはおまえをゆるさない

ままはおまえをゆるさない

ままはおまえをゆるさない

ままはおまえをゆるさない

と少しの隙間もなく書き殴られており、カゴの大きさから考えても赤ちゃんと判断したのは自然だったと思う。

何とも言い難い不穏な空気が、辺りに漂い始めていた。

寒さからか恐ろしさからか、私の体はガタガタと大きく震えだす。

汗が滝のように全身を伝い、身動き一つ出来ない。

目をそらす事もかなわず、徐々に近づく恐怖を見届けるしかなかった。

それでも、不自然な自転車と前カゴの赤ちゃんらしきものに対しては、何とか必死で耐えていられた。

だが、最も強烈で異質な存在感を放っていたのは、こいでいる女性の方だった。

服装が自転車と同じでやけに古く、全身ホコリまみれ。

汚れてるとかじゃなくて、何というかすでに自転車と一体化してて一緒に朽ち果ててるみたいな、そういう雰囲気だった。

最初に見た時もそうだが、彼女からはとにかく「人間らしさ」というものがまるで感じられない。

隠れて見えない顔はともかく、体の線は柔らかでしなやかだったし、豊満で自然な体型だった。

だが、どうにも違和感が拭えない。

どこか機械的にすら思える。

また、地面にまで届いている彼女の髪は、風に揺られところどころで前輪後輪に巻き込まれてしまっていた。

ペダルをこいで進むごとに、抜け落ちているのかボロボロと髪が散らばる。

特に後ろ髪は腰先からほとんど後輪に巻き込まれていたうえ、後輪自体にも異常な量の髪の毛が巻き付いていた。

そんな状態なのに、彼女の体には「ペダルをこぐ」という以外の動きが微塵もない。

(足だけ電池で動いてるみたい)

そんな風に思わせるほど、彼女の体はピタリと静止していた。

女性はどんどん近づいてくる。

ゆっくりゆっくりと、ただ真っすぐに。

何一つ理解できないこの状況に、私は今にも気を失いそうだった。

(通り過ぎるのを待つしかない)

逃げ出したい気持ちを抑え、(早く行って早く行って!!)と心の中で祈り続けた。

女性は少しの変化も見せずに前へ前へと進み、ついに私の真横へと差し掛かる。

(早く!早く!)

そもそも私の存在に気付いているのかも不明だったが、特に反応もなく女性が横を通り過ぎようとした。

その時

あぁぁあぁぁあぁぁぁ

突然、赤ちゃんの泣き声が響き渡った。

赤ちゃんの泣き声というにはあまりに不気味な声だったが、少なくとも幼児の声に聞こえたのでとっさに前カゴの赤ちゃんだと思い、そちらへ顔を向けてしまった。

すると、私が顔を向けたのとほぼ同時に、女性はふわーっと両手をあげた。

そしていきなり凄まじい勢いで両手を振り下ろし、前カゴの紙袋を殴りぐしゃぐしゃに潰し始めた。

ガサガサガサガサッ!!

あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ

女性が殴る度に、泣き声はひどくなった。

泣き声が大きくなると、今度は殴り方も強くなっていく。

しかし、妙なことに中からの動きが一切ない。

声はそこから発せられているし、ぐしゃぐしゃにしてもペシャンコにならないのだから、間違いなく空じゃないはずだ。

なのに、中のものが痛がったり暴れたりしている様子がなく、声だけが激しくなる一方だった。

茫然とする私への反応は全く見せないまま、女性はひたすら両手で紙袋を殴り続けた。

泣き声は耳をつんざくような大音量になり、殴り方も常軌を逸したものになっていった。

その間、私は全身がマヒしたように何も出来ず、いつの間にか震えも治まっていた。

あまりの恐ろしさに凍りつき過ぎて、一時的に感覚がなくなってたのかもしれない。

(いやだいやだ!早く終わって!)

5分…10分…どれぐらい経ったか、不意に泣き声が止んだ。

ほとんど同じタイミングで、女性の手もピタッと止まる。

辺り一面が、突然の静寂に包まれた。

(え?えっ?何?何っ!?)

急な変化に戸惑い、何だか嫌な予感がしてまた汗が流れてきた。

(終わったのかな)

唖然としていると、女性はゆっくりと前カゴの紙袋に手を添えた。

もうシワはとれないだろうというぐらい、ぐしゃぐしゃだった。

今度は何が始まるのかと、怯えた目で女性の方に視線をやった途端、私の緊張は限界に達し、心臓が猛烈な勢いで脈を打った。

女性の顔を覆う紙袋が、動いていた。

明らかに袋の中からの力で、無造作に。

頭を振ってるなんていう動きじゃなく、まるで首から上には女性とは全く別の「何か」がいるかのように。

ガサガサガサガサガサッ!!

ガサガサガサガサガサッ!!

もう、その場に留まる事は無理だった。

「ぎゃあぁぁぁっ!!」

自分でも奇声としか思えない悲鳴をあげ、全速力でマンションまで走り、部屋へ逃げ込んだ。

近所迷惑も顧みずドアを思いっきり閉め、ガチャガチャと鍵をかけた。

それからずっと布団の中。

朝まで震えっぱなしで一睡も出来ず、何故か(来ないで来ないで来ないで)と祈りまくっていた。

その後は、現在まで何事もなく。

その道自体は今でも通ってるが、夜中は絶対無理になった。

遅くても10時が限度で、それ以降の時間にはこの日以来一回も通ってない。

というか、そこじゃなくてもとにかく夜道が怖くて仕方がない。

長文駄文、失礼しました。

なお、題の詳細不明とは私の率直な感想というか、この体験で一番強く頭に浮かんだ言葉。

言葉どおり、今のところ詳細はわからないです。

消化不良に感じる方もいるかもしれないですが、ご理解頂ければ幸いです。

長々と失礼しました。

ありがとうございました。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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