最終のバスに間に合った俺は、安堵の息をついた。
(良かった…これを逃したら、帰れなかったよ…)
都心から、埼玉県に向かう最終バスには、乗客も疎らで、数えるほどしか乗ってない。
俺は、酔いにふらつく足取りで一番後ろの席に腰掛けた。
一息つくと、乗っている乗客の後ろ姿が目についた。イチャイチャするカップル、帽子をかぶった老人、それに、走り回る五才くらいの男の子に、そのお母さんらしき女、バスにはそれだけしか乗ってなかった。
(こんな時間に子連れとは、訳ありか?)
俺は、眠気に微睡みながら、そんなことを考えていた。
走り回る男の子に、誰も注意をしない…
まあ、当たり前か、俺もしないし…
と、その時、足の指に痛みが走った。
男の子が、俺の足を勢い良く踏んだのだ。
「痛いなあ!」
俺は、酔いのせいか、大袈裟に言ってしまった。
「おい、バスの中で走り回ったらいかんぞ。」
俺は、お母さんらしき女にも聞こえるくらい大きな声で言った。
しかし、女は振り向くこともしない…
子供も怒られているのに、ニコニコしたまま、謝る気もないようだ…
俺はイライラしてしまい、余計なことを聞いてしまった。
「全く、子供は寝る時間だろ。こんな時間に何処へ行くんだ。」
男の子は、ニコニコしたまま答えた。
「あのね、僕ね、母さんと一緒に、苦しみのない世界に行くんだ!母さんがそう言ってたよ。」
俺はそれを聞いて、愕然とした…
まさかこの親子、無理心中を考えているのか…
男の子の声は周りにも聞こえたはずだ。
だが、他の乗客は、我関せずと、ただ座っている…
俺は、声を高めて男の子に言った。
「苦しみのない世界なんてないんだ。そんな所があるなら、俺だって行きたいさ…
いいか、母さんに言っておけ、今をしっかり見つめ直せと…」
だが男の子は、ニコニコしたまま言った…
「大丈夫!おじさんも一緒に行くんだよ。」
その時、他の乗客のカップルと老人が立ち上がり、こっちに来た。
そして声を揃えて言った…
「苦しみのない世界へ行こう…」
俺は大声で叫んだ、
「降りまあああす!!!」
気がつくと、病院のベッドの上だった…
飲んでる途中、脳梗塞で倒れたらしい…
俺は、今も残る右半身の後遺症と戦いながら、まだバスには乗らないぞと、自分に言い聞かせている。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話