中編5
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ベンチの人 

いつからだろう。

親と会話がないのは。

俺は高三、受験生という立場だ。だけど学校にはしばらく行っていない。登校拒否になって…1年たつか。

何もかもが嫌なんだ。

話を聞いてくれない担任も。

俺を人間扱いしないあいつらも。

そんな息子を、いない者として生活してる…自分の親も。

たまに『…飯、ないの?』と言っても完全シカトだ。

夜中テレビ見てようが、昼間風呂に入ろうが、全く会話がない。

目も合わせてくれないのは、もはや親なんかじゃない。

ただの同居人だ。

だから、部屋から出ない日々が続いている。出ないといっても、唯一気晴らしに行く場所はあるが。

すぐ近くにある公園のベンチだ。

ここは薄気味悪いというか、人が寄り付かない雰囲気がある。そんな場所は、俺にとっては好都合で、いつも夕暮れ時にここのベンチでぼーっとするのが日課だ。

ただ…

いてもいなくても同じような俺だからなのか…。

ここ最近ずっと、“やつら”が見えるようになった。

やつらは、ただ、そこにいる。

なにを言うでもない、なにをするでもない。自分の想う場所に、ただいるだけ。

あの女もそうだ。

いつも右手を異様にぶらぶらさせている。

あっちの男は木の幹をただ見つめているだけ。

はじめは異様な雰囲気に怖くて震えていたが、やつらがなにもしないとわかると、何ら自分と変わらない存在に思えてきた。

ただ、そこにいるだけ。

俺と変わらない。

だけど俺はやつらとは違う。全てどうでもいいようで、実際そうじゃない。毎日がイライラして、なんとかしたいのに、なにをどうしていいのかわからない。

俺は。

なにがしたいんだろう。

『にぃに!』

そう俺を呼ぶ小学生が駆け寄ってきた。

「またお前か…くんな」

『なんでだよ!今日もぼくとはなそうよ』

「…ここなぁ、あんま楽しい場所じゃねえって言ったろ」

『なんで?公園だよ?』

「だから…いいから帰れ」

このガキは、何故か俺になつく。二週間前くらいか、いきなり話しかけられて今に至る。周りにやつらがいることを知らないから無理もないが、遊ぼうなんて言われる始末だ。その度に冷たくあしらっているのに、懲りずによく来る。

例外になく今日も来たが、なんだか今日は雰囲気が違う。

ガキは俺の前に立ち、何の前触れもなく言った。

『にぃに、いつもなにしてるの?』

「は?お前にはわかんねえよ」

『…でも、おしえて』

明らかに雰囲気がいつもと違う。笑わないし、トーンが低い。

「…なにもすることねえから、ここにいんだよ」

   『う そ だ』

間髪入れずにガキが言った。

なんなんだ…なにかが変だ。

いつもは遊ぼうとか言ってくるくせに、今日はやけに突っ込んでくる。

  『じかん が ないんだ』

ガキのその一言で、俺はびくっと体を震わせた。

時間がないってなにが?帰る時間か?そう考えてみたがそんな雰囲気ではない。

真っ直ぐ見据えるガキの目。

その時ふと思った。

こいつは、誰なんだ?

やつらじゃないって誰が決めた?

やつらがなにもしないって、誰が決めたんだ?

こいつはなぜ、ここにいるんだ?

なにがしたくてここに来た?

まさか、という選択が初めて頭をよぎりだした。

もしそうだったら。

もしこいつがそうだったら、俺はどうしたらいいのか。

手がじわじわと汗ばむ。

『にぃに』

俺を呼ぶ。

「呼ぶな!!もう…っ帰るっ!!」

ベンチを立とうとしたその時。

  『か え さ な い』

心臓が止まったかと思った。

その一言が全てを物語る。

こいつは、やつらだ。

油断していた。

人懐っこい子どもだと思っていた。でも違うんだ。目の前のこいつは、こいつは…

恐怖で身体が震え出す。

なにも身動きがとれない。

そんな俺に、ガキは話し出す。

『にぃに』

『なにがしたいの』

『にぃに』

訳がわからない。

『ひとり じゃ ない』

『ぼくが いる』

『わかって あげる』

『じかんが ないんだ』

『にぃに』

同じトーンで繰り返している。目の前に立っているのに、顔を見るのが怖い。どうしたらいいのかわからなかった。

俺は耳を塞いで叫ぶしかなかった。

「俺は!!俺にはなにも出来ない!!他に行ってくれ!!」

「俺はもっとやることがあるんだ!!あいつら、…俺を殴るあいつらに復讐するんだ!!担任も…殺してやる!!親だって!!親なんて俺を見ちゃいない!!なにも…なにもわかっちゃいない!!」

自分が壊れていくのがわかった。

「俺の気持ちも…なにも知らないくせに!!!わかったような口ききやがって!!助けてもくれねえ親なんか…!!だから殺してやる!!」

自分が止まらない

はぁ、はぁ、と息がきれる

目の前にはガキが黙って聞いている。だけど今は自分の思いが止まらない。何故なんだ。怖いとか、逃げようとか、さっき感じた気持ちすらない。今はただ自分自身の叫びが止まらない。

「殺してやる!!」

「皆殺しにしてやる!!」

すると、ガキが一言言った。

  『それで、ころしたの』

俺の身体が熱くなる。

「殺したくて!!殺したくて!!殺したいのに!!」

涙があふれる。

「殺せなかったんだ…」

「だから…だから…」

ガキがゆっくり歩み寄る。

『にぃに…』

『だから自分で死んじゃったんだね…』

そうだ。

俺は…

自分に負けた。

孤独に負けて…

自分で生涯を閉じたんだ。

ガキの顔を見た。

優しい顔で微笑んでいた。『にぃにはもう大丈夫』『間に合ったよ』『これでさよならだね』と言っていた。

いつぶりだろう、こんな気持ちは。こんな気持ちを、なんて表現したらいいんだろう。きっと、こうだ。

  アリガトウ…

その瞬間、俺の身体がぽうっ…と白く光りだし、足の先からゆっくりと消えていく。

あぁ、還るのか…

そんな風に思いながら、俺は空を見上げ…目を閉じた。

――――――――――

「…ハァッ、…ハァッ、もう!またこんな所に!一人で行っちゃ駄目って行ったでしょ!」

『あ、ごめんねママ』

「パート終わるまで出口で待っててっていつも言ってるのに!毎回こんな気味悪い場所にきて…!」

『ごめんなさい。…でも、もうこないよ。…ベンチの人、逝っちゃったから…』

「…?変な子ねぇ。もう、早く帰りましょ!」

『はーい、ママ』

夕焼けが、手を繋いで帰る親子を照らしていた。

怖い話投稿:ホラーテラー 日日菜さん  

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