いつからだろう。
親と会話がないのは。
俺は高三、受験生という立場だ。だけど学校にはしばらく行っていない。登校拒否になって…1年たつか。
何もかもが嫌なんだ。
話を聞いてくれない担任も。
俺を人間扱いしないあいつらも。
そんな息子を、いない者として生活してる…自分の親も。
たまに『…飯、ないの?』と言っても完全シカトだ。
夜中テレビ見てようが、昼間風呂に入ろうが、全く会話がない。
目も合わせてくれないのは、もはや親なんかじゃない。
ただの同居人だ。
だから、部屋から出ない日々が続いている。出ないといっても、唯一気晴らしに行く場所はあるが。
すぐ近くにある公園のベンチだ。
ここは薄気味悪いというか、人が寄り付かない雰囲気がある。そんな場所は、俺にとっては好都合で、いつも夕暮れ時にここのベンチでぼーっとするのが日課だ。
ただ…
いてもいなくても同じような俺だからなのか…。
ここ最近ずっと、“やつら”が見えるようになった。
やつらは、ただ、そこにいる。
なにを言うでもない、なにをするでもない。自分の想う場所に、ただいるだけ。
あの女もそうだ。
いつも右手を異様にぶらぶらさせている。
あっちの男は木の幹をただ見つめているだけ。
はじめは異様な雰囲気に怖くて震えていたが、やつらがなにもしないとわかると、何ら自分と変わらない存在に思えてきた。
ただ、そこにいるだけ。
俺と変わらない。
だけど俺はやつらとは違う。全てどうでもいいようで、実際そうじゃない。毎日がイライラして、なんとかしたいのに、なにをどうしていいのかわからない。
俺は。
なにがしたいんだろう。
『にぃに!』
そう俺を呼ぶ小学生が駆け寄ってきた。
「またお前か…くんな」
『なんでだよ!今日もぼくとはなそうよ』
「…ここなぁ、あんま楽しい場所じゃねえって言ったろ」
『なんで?公園だよ?』
「だから…いいから帰れ」
このガキは、何故か俺になつく。二週間前くらいか、いきなり話しかけられて今に至る。周りにやつらがいることを知らないから無理もないが、遊ぼうなんて言われる始末だ。その度に冷たくあしらっているのに、懲りずによく来る。
例外になく今日も来たが、なんだか今日は雰囲気が違う。
ガキは俺の前に立ち、何の前触れもなく言った。
『にぃに、いつもなにしてるの?』
「は?お前にはわかんねえよ」
『…でも、おしえて』
明らかに雰囲気がいつもと違う。笑わないし、トーンが低い。
「…なにもすることねえから、ここにいんだよ」
『う そ だ』
間髪入れずにガキが言った。
なんなんだ…なにかが変だ。
いつもは遊ぼうとか言ってくるくせに、今日はやけに突っ込んでくる。
『じかん が ないんだ』
ガキのその一言で、俺はびくっと体を震わせた。
時間がないってなにが?帰る時間か?そう考えてみたがそんな雰囲気ではない。
真っ直ぐ見据えるガキの目。
その時ふと思った。
こいつは、誰なんだ?
やつらじゃないって誰が決めた?
やつらがなにもしないって、誰が決めたんだ?
こいつはなぜ、ここにいるんだ?
なにがしたくてここに来た?
まさか、という選択が初めて頭をよぎりだした。
もしそうだったら。
もしこいつがそうだったら、俺はどうしたらいいのか。
手がじわじわと汗ばむ。
『にぃに』
俺を呼ぶ。
「呼ぶな!!もう…っ帰るっ!!」
ベンチを立とうとしたその時。
『か え さ な い』
心臓が止まったかと思った。
その一言が全てを物語る。
こいつは、やつらだ。
油断していた。
人懐っこい子どもだと思っていた。でも違うんだ。目の前のこいつは、こいつは…
恐怖で身体が震え出す。
なにも身動きがとれない。
そんな俺に、ガキは話し出す。
『にぃに』
『なにがしたいの』
『にぃに』
訳がわからない。
『ひとり じゃ ない』
『ぼくが いる』
『わかって あげる』
『じかんが ないんだ』
『にぃに』
同じトーンで繰り返している。目の前に立っているのに、顔を見るのが怖い。どうしたらいいのかわからなかった。
俺は耳を塞いで叫ぶしかなかった。
「俺は!!俺にはなにも出来ない!!他に行ってくれ!!」
「俺はもっとやることがあるんだ!!あいつら、…俺を殴るあいつらに復讐するんだ!!担任も…殺してやる!!親だって!!親なんて俺を見ちゃいない!!なにも…なにもわかっちゃいない!!」
自分が壊れていくのがわかった。
「俺の気持ちも…なにも知らないくせに!!!わかったような口ききやがって!!助けてもくれねえ親なんか…!!だから殺してやる!!」
自分が止まらない
はぁ、はぁ、と息がきれる
目の前にはガキが黙って聞いている。だけど今は自分の思いが止まらない。何故なんだ。怖いとか、逃げようとか、さっき感じた気持ちすらない。今はただ自分自身の叫びが止まらない。
「殺してやる!!」
「皆殺しにしてやる!!」
すると、ガキが一言言った。
『それで、ころしたの』
俺の身体が熱くなる。
「殺したくて!!殺したくて!!殺したいのに!!」
涙があふれる。
「殺せなかったんだ…」
「だから…だから…」
ガキがゆっくり歩み寄る。
『にぃに…』
『だから自分で死んじゃったんだね…』
そうだ。
俺は…
自分に負けた。
孤独に負けて…
自分で生涯を閉じたんだ。
ガキの顔を見た。
優しい顔で微笑んでいた。『にぃにはもう大丈夫』『間に合ったよ』『これでさよならだね』と言っていた。
いつぶりだろう、こんな気持ちは。こんな気持ちを、なんて表現したらいいんだろう。きっと、こうだ。
アリガトウ…
その瞬間、俺の身体がぽうっ…と白く光りだし、足の先からゆっくりと消えていく。
あぁ、還るのか…
そんな風に思いながら、俺は空を見上げ…目を閉じた。
――――――――――
「…ハァッ、…ハァッ、もう!またこんな所に!一人で行っちゃ駄目って行ったでしょ!」
『あ、ごめんねママ』
「パート終わるまで出口で待っててっていつも言ってるのに!毎回こんな気味悪い場所にきて…!」
『ごめんなさい。…でも、もうこないよ。…ベンチの人、逝っちゃったから…』
「…?変な子ねぇ。もう、早く帰りましょ!」
『はーい、ママ』
夕焼けが、手を繋いで帰る親子を照らしていた。
終
怖い話投稿:ホラーテラー 日日菜さん
作者怖話