中編7
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まだ今の家に引っ越してきたばかりの頃。

「うわぁ、凄い雨」

その日、私は一人で留守番をしていた。

両親とも知り合いのパーティーだかなんだかに出るとかで、朝から出掛けている。

帰りは明後日になる予定だ。

留守番、気は進まなかった。

引っ越してきたこの家には出るのだ、幽霊が。

昨日も夜中に目を覚ますと、金縛りにラップ現象、うめき声、天井からは血が降ってくる。

いわゆる心霊現象を体験するようになったのは、この家に引っ越してきてからだった。

こんな家に一人残されるなんて怖くて仕方がない。

しかし転校してきたばかりの学校もあるので、両親についていくわけにはいかなかった。

天気予報の通り、夜になって大雨が降りだした。

雨は窓をばらばらと叩き、風もごうごう音を立てている。

「今夜は嵐らしいから、雨戸閉めといてね」

母の言い付けを思い出し、リビングにいた私は家中の雨戸を閉めに向かった。

家中の電灯をつけながら各部屋の雨戸を閉めて行き、最後に二階の奥の部屋へ行った。

まだカーテンを張っただけで、整理がついていない部屋だ。

中には段ボールが無造作に置いてある。

明かりをつけ、まず私はベランダに面した窓の雨戸を閉めた。

そして、もう一つの窓の雨戸を閉めようとカーテンを開けるなり、私は悲鳴を上げた。

窓の外に見知らぬオッサンが立っているのだ!

立っている……いや、窓の外には立つスペースなどない。

つまりオッサンは浮いている!

私はどうすれば良いかも分からず、そのオッサンを観察していた。

体格はメタボって感じで、薄い髪は風で吹き飛ばされそうなほど頼りない。

服装はタンクトップに腹巻きパッチという、ステレオタイプな親父ルックだ。

しかしその瞳は意外に優しさをたたえていた。

オッサンはこんこんと窓を叩き、「すまんが上げてくれ〜」と声をかけてきた。

私は何を考えていたのか、気付けば「あ、はい」と返事をしてオッサンを家に招き入れていた。

「すまんね、ありがとう」

オッサンはリビングのソファに座り、丁寧にお辞儀した。

家に入ってきたオッサンは雨に打たれてびしょ濡れだったので、私はタオルと父のパジャマも貸してあげた。

「あのう……オジサンは何なんですか?」

私は熱いお茶を差し出しつつ、恐る恐る尋ねた。

「いや失礼。僕は、こう見えて神様なんですよ」

呆気に取られた。

言うに事欠いて自分のことを「神様」だって?

鏡を見てから言って欲しいものだ。

「すみません、冗談ですよね?」

「いや、本気さ。この辺りの土地を守ってる神様なんだよ」

とてもじゃないが、信じられない。

戸惑う私の様子を見て、オッサンはにこやかに微笑んだ。

「信じられないのは分かるよ。まぁ、それでいいさ」

分かったのは、どうやらこのオッサンが悪人ではないということ。

もしかしたら演技かもしれないが、そんな疑惑よりも直感で何となく分かった。

「親切なお嬢さん。お家の人は留守かい?」

「あ、はい。明後日まで……」

私は口をつぐんだ。

いくら悪人じゃなさそうだからって、何を言ってるんだ私は。

お母さんが言っていた、どんな善人でも男は皆ケダモノだと。

「そう警戒せずに。嵐が過ぎたら出ていきますから」

「はぁ……」

ずずっとオッサンはお茶をすすり、「うまい……」と呟いた。

「そうだ、お礼と言ってはなんだが、この家を浄化してあげよう」

浄化?

何を言って……いや、思い当たる。

「あの〜、浄化というと……?」

「やだなぁ、気付いてるでしょ」

「だから、一体何なんです」

「ほら、今もお嬢さんの後ろに」

うひゃあっと、間抜けな悲鳴を上げて私は飛び上がった。

後ろを振り向くと、たしかにいた。

血だらけの、まだ幼い女の子。

しかし存在が感じられず、どこか希薄だ。

「あ、え、お嬢ちゃん、いつからそこに……?」

「ずっといたよ」

うわ、喋ったよ。

「どうです、幽霊と話した気分は」

オッサンが笑いながら私に語りかける。

「どうもこうも……この子は何なんですか?」

「この家、実は建て替えてあってね。この子は以前ここに建っていた家で心中した一家の、娘さんです」

心中。

引っ越してきた家が……というパターンがまさか自分に当てはまるとは。

「そこにもいますよ」

「はへ?」

オッサンが指をさすと、一階の寝室から血だらけの、小学生くらいの少年が現れた。

流石に二回目は驚かないぞ、うん。

「あの、こちらは?」

「その女の子のお兄さんです」

「どうも」

……どうも、じゃねぇよ。

「ちなみに廊下にはお母さんがいますよ」

ぎし、という音がしたと思うと、廊下に血だらけの女性が立っていた。

まったく、心臓に悪い。

「あと一人。もう分かりますね?」

「……どこにいるんですか?」

「そこです」

庭に面する窓の所に、包丁を持った男性がうつ向き気味に立っていた。

「洒落にならないんですが……?」

「まぁまぁ。生者の方が強いからね」

オッサンはにこにこしているが、逆に恐い。

「で、浄化って何するんですか?」

「そーですねぇ。話を聞いてあげることですかね」

つまりあれか、未練を聞いてやって成仏させるとかそういう話か。

気付けば私は、心中した一家の家族会議に参加していた。

……異常な状況だ。

「あなたの稼ぎがもっとあれば!」

「お前が何も考えずブランドばかり買うから借金が増えたんだ!」

「そういうあなたもギャンブルでどれだけお金を使ったと思うの!?」

お父さんはギャンブル、お母さんはブランドでお金を浪費して、口論になってお父さんがお母さんを刺したらしい。

で、もうおしまいだと思って子供を道連れにして自殺と。

「オジサン、この人ら救いようが無いね」

「そうだねぇ、子供が可哀想だねぇ」

オッサンは他人事のような口振りだ。

なるほど、人間の事情なんか神様は知らないってわけね。

「お父さんもお母さんもお互い最低ですよ。子供のことなんかこれっぽっちも考えずに、挙句心中ですか」

私は二人をそれぞれ見ながら言った。

「アンタみたいな小娘に何が分かるのよっ!」

「部外者は黙ってろ!」

うわぁ、駄目だこりゃ。

「お父さんとお母さん、いつもこんなだったの?」

私はお兄ちゃんと妹に尋ねた。

「はい」というのはお兄ちゃん。

「うん」というのは妹。

「この二人は仲が良かった頃のお父さんとお母さんに戻って欲しいんだろうねぇ」

オッサン、それで私に何をしろと。

「家族団欒はお鍋、ですよ」

「鍋……?」

なるほど、皆で鍋を囲めばいいと。

って、馬鹿にしてるんだろうか?

そもそも幽霊がご飯を食べれるのか?

「いいからいいから、準備お願いします」

とはいえ私は他にどうしようも無いので、鍋を作ることにした。

白熱する夫婦喧嘩をよそに、土鍋に水を張り、昆布を一枚敷いてコンロにかける。

鶏肉、豚肉、ニンジン、ネギ、白菜、水菜、こんなもんでいいか。

「お手伝いします」

「うん」

兄妹が手伝いに来てくれた。

しかし、何が出来るというのだろう?

「えーと、お箸とか出しといて」

二人は頷くと、お箸やお椀を運び始めた。

……触れるんだ。

しばらくして鍋は完成。

未だ口論を続ける夫婦の間に割って入り、テーブルの上の鍋敷きに土鍋を置いた。

ポン酢で頂くシンプルな鍋だ。

「どうぞ」

「お、これは美味しそうだねぇ」

オッサンが箸を持ってにんまりと笑った。

それから私達は黙々と鍋を食べた。

といっても実際に食べていたのは私とオッサンだけだったが。

オッサンは家族のお椀に具をついでは、少ししてから中身を入れ替えていた。

最初に入っていた分の具はオッサンが食べていた。

「食いすぎなんじゃ……?」

「僕は神様です」

腹立つなぁ、このオッサン。

しかし、よく見ると心なしかお父さんとお母さんの表情が緩んでいる。

「昔はよく鍋をやったもんだね」

「ええ……」

なんだ……?

まさか、これでわだかまりが無くなっちゃうわけ?

「思えば、些細なことで……」

「ごめんなさい……あなた達がいながら、私達は……」

嘘……。

心中までしてるのに、鍋で?

「お父さん……お母さん」

「仲直り?」

兄妹も感極まった様子だ。

「人間なんてね」

腑に落ちない様子の私に、オッサンが優しく語りかけた。

「人間なんて、ほんの些細なキッカケで生きたり、また死んだりするんです。彼らは生きている時にそれを見つけられなかった」

「オジサン……」

「出来れば生きている時にこうしてあげたかったんだけどね……僕には出来なかったんだ」

私は理由を聞かなかった。

悲しげなオッサンの顔を見ると、聞く気も起きなかった。

「さぁ、あとは僕が送ろう。お嬢さんは見送ってあげてくれ」

私は頷いた。

家族は光に包まれ、気付くと消え去っていた。

「雨もやんだようだね」

しばらくの沈黙を破ったのは、オッサンだった。

私は洗い物を片付ける手を止め、オッサンを見た。

「お世話になったね、お嬢さんには」

「まぁ、特に大したことはしてないですけど」

「僕はもう行くよ。じゃあね」

引き留める間もなくオッサンは二階へ登っていき、そして降りてこなかった。

二階の奥の部屋に行くと、オッサンが入ってきた窓が開いていて、カーテンが風で揺らめいていた。

嵐は過ぎていた。

余談になるが、次の日近所で古びた社を見つけた。

手入れはされておらず、ボロボロだった。

私は軽く掃除をし、お饅頭を買ってきてお供えした。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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