長編8
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彷徨う足音

田舎のレストランで働いていたときの話です。

そのレストランは1Fが店で、2Fには事務所と更衣室と休憩室がありました。

2Fにはあまりお金を掛けていなくて、壁はコンクリート打ちっぱなしで天井部分にはあちらこちらに配線や金属物が剥き出したままです。

でも、配属されてきた社員が住み込みで働けるようにと、2Fの奥には狭いながらも風呂付の居住スペースが設けられてありました。

若くして店長に任命され、気合十分で店舗運営に望んだ後輩。

2Fの住居スペースに住み込みながら一生懸命に頑張っていましたが、一週間経ったある日、突然会社を辞めると言ってきたんです。

たかだか一週間で凄くやつれた感があったので、心配に思って細かく理由を聞いたんですが……結局本人は最後まで「一身上の都合です」としか言いませんでした。

人手不足のなか、その店舗にどうにかしてもう一人の後輩を送り込みました。

その後輩はまだ店長としては力量不足だったので、暫くのあいだ僕も一緒に店舗運営へ携わることにしました。

仕事上、短期間とはいえ住み込みで常勤することが難しかった僕は、片道30kmある距離を毎日車で通うことにしました。

一方、前店長の退職によって市内の店舗から配置換えされた後輩。

ずっと実家暮らしだった彼は、田舎での店舗住み込みとはいえ念願の一人暮らし生活に凄く喜んでいました。そのあまりの喜びように苦言を呈したほどです。

レストランで後輩と一緒に働きだして3日ほど経ったとき、僕はある一人の女性アルバイトの仕草が何か気になるようになっていました。

その仕草が出るのはいつも休憩中の時なんですが、いきなりビクッとした感じで斜め上を見たりするんです。

そしてその後は恐る恐る視線を下げていき、不意に黙り込んでずっと俯いたままです。

最初は「わざとやってるのかな?」とも思いましたが、さすがに毎日このような仕草をされると気になってしょうがありません。

「ねえ、天井に何かいるの?」

僕は、アホらしいとも思いながら尋ねてみました。

「えっ? あ、いや、すみません……」

彼女はそれ以上何も言いませんでした。

でもやっぱり気になったので、彼女がいない時にこっそりと別のアルバイト生へ彼女のことを聞いてみました。

すると、何ともウンザリするような内容の言葉が返ってきました。

「彼女、どうも霊感が強いらしくて……」

「霊感?」

「はい。2Fで着替えてるときに赤ちゃんの泣き声を聞いたとか、休憩中に突然上のほうから男性の話し声が聞こえてくるとか……」

「それって、ここには幽霊がいるってこと?」

「だと思います」

「君も何か変なモノを感じたことがあったりするの?」

「いえ、それはないですけど……でも、たまに嫌な感じを覚えたり、頭が痛くなったりしたことはあります。それが霊的なものかどうかは分かりませんけど」

僕は思いっきり溜息をつきました。

そんなことがバイト生の口から外にでも漏れたら、『この店には幽霊がいる』とたちまち噂になってしまう。

田舎ほど口コミでの広まり方は早い。それはよく分かっていました。

僕は来客減を懸念し、すぐにアルバイト生一人一人に釘を刺しました。

そして、近いうちに必ずお祓いすることを約束しました。

この幽霊話が本当か嘘かは別にして、そこまで徹底しなければ人の口は防げないと判断したからです。

その日の夜、僕は後輩の住む部屋に泊まる事にしました。

もちろんこの話をする為です。

後輩はかなり鈍感な性格ですので、おそらく霊的なモノなどこれまでに一切感じたことはないでしょう。僕も全くありません。ですので、お祓いをするなんて行為が無駄でしょうがなく感じていました。

しかし、それは軽率でした。

この日の夜に、鈍感な男二人が恐怖で震え上がるような出来事が起こったのです。

午後11時、仕事が終わりバイト生もみんな帰ってから店の戸締りを確実にして僕と後輩は2Fへと上がりました。

交代でシャワーを浴び、ビールで乾杯してからゆっくりと僕は話し始めました。

今日バイト生たちから聞いたこと、そして僕がバイト生たちに言ったこと、少し馬鹿馬鹿しい気分になりながらもそれを伝え、また、こういう時にどう対処すべきかを後輩に教えました。

「はあ、幽霊ですか? そういうのって、所詮は心の病と同じようなもんだと思うんですけどね~」

「まあな、俺もそうだと思うんだけどさ。まあ、かと言ってこのまま放っておいたら大変なことになりかねんぞ。人の噂ってのは怖いもんだからさ」

予想通りの反応を示す後輩に淡々と説明してから、その後はすぐに他愛ない話で盛り上がった。

ビールを数本と焼酎のロックを2~3杯飲んだところで睡魔に襲われ、後輩は2段ベッドの下に、僕はその上のベッドに身体を休めた。

電気を消し、ほんの数秒で下から凄まじいイビキが聞こえてきた。

「たまらんな、こいつのイビキは……」

呟きながら、僕もすぐに寝入った。

ガタガタ、ガタッ、ガタンッ-――!!

1Fのほうから突然聞こえてきた物音。

僕はすぐに眼を覚まし、軽く身体を起こしてから耳を澄ませた。

顔はすごく強張っていたと思う。

ガタンッ、ガタッ-――

再び聞こえてきた物音。

咄嗟に強盗だと思った。

すぐに警察へ電話できるよう慌てて携帯を手に取り、何か武器になる物はないかと薄暗い室内をキョロキョロと見回した。

心臓が激しく高鳴った。

二度目の物音以降、暫くシーンとした静寂がつづいた。

僕は動くことが出来ず、眼をグワッと見開いたまま声も出せずに襖を睨んだ。

この襖の先には小さな台所があり、そのスペースに2F休憩所へと繋がっているドアがある。

カチ、カチ、と時計の秒針音だけが部屋の音を支配している中、その物音は突然に鳴り響いてきた。

カンカンカンカンカンッ-――!!

1Fから伸びている鉄の階段を誰かが物凄いスピードで上がってくる!

階段を上りきった足音が、止まることなくこっちに向かってさらに走ってきた!

タッタッタッタッタッタッタッ-――!!

そして、この居住スペースの入口まで来てから足音はピタッと止まった!

(や、や、やばい……そこ、そこに誰かいやがる……)

僕はもう恐怖で固まり、警察に通報することすら忘れていた。

ガチャ-――

台所にあるドアが静かに開けられた。

コツッ、コツッ、コツッ-――

足音がゆっくりとこの部屋の襖のほうへ近づいてくる。

震える声が荒い息と一緒に断続的に口から漏れた。

「……課長」

「うわああっ!?」

不意に下から起き上がってきた後輩が顔を覗かせ、僕は悲鳴に近い声で叫んでしまった。

「……課長、今なんか物音がしませんでした?」

「シイッ、シイイッ!」

慌てて後輩に『黙れ』の合図をする。

そしてすぐに襖を指差し、小声で後輩に伝えた。

「そこ、そこまで何者かが来ている……」

「えっ-――!?」

「こうなりゃヤケだ。いいか、二人でゆっくりと近づき、襖を開けたら一気に飛び掛るぞ」

「わ、分かりました……」

僕は僅かな音もたてぬよう慎重にベッドを降り、後輩と二人でそろりそろりと襖まで進みました。

大きく息を吐き、まずは電気を点ける。

後輩がすかさず焼酎の一升瓶を手に取った。

そして、二人で顔を見合わせてから首を何度も縦に振り、恐る恐る襖に手をかけた。

僕はもう一度息を吐いてから、スウッと一気に襖を開けた。

「誰だああっ!!」

大声で叫びながら身構えたが、そこには誰もいなかった。

「あれ? どこ行きやがった!?」

台所の電気を点け、風呂場とトイレの電気も点けて扉を開ける。だが誰もいない。

「……誰もいませんね?」

「い、いや、誰かがここまで来たのは事実だ……だって、ほら、ドアが開けっぱなしになってる」

「ちょ、ちょっと待ってください、ここのドア、俺がちゃんと鍵をかけてましたよ」

「えっ……マ、マジかよ!?」

恐怖がさらに高まるなか、2Fにあるすべての明かりをオンにしていく。

更衣室のロッカーから女子トイレのなかまで、2F中を隈なく確認したが人の気配はどこにもなかった。

階段の電気を点け、1Fに降りてから全ての電気を入れてキッチン、バックヤード、洗浄室、客室フロアー、ここでも隈なく探したが誰もいなかった。

レジにある釣り銭も、キッチン内や倉庫にある食材も取られた形跡は全くない。

「お、おい、店の扉もちゃんと鍵がかかってるし、シャッターも閉じたままだぞ……窓も割られてないし、内鍵もちゃんとかかってる……もし誰かが居たのなら、一体どうやって入ってきたんだ?」

「うーん……店内のどこかに潜んでいたんですかね~?」

「だが誰もいないじゃないか。それに、店の外へ出た形跡だってない」

「じゃあ……もしかしたら幽霊??」

後輩がそう呟いた直後、

カンカンカンカンカンッ-――!!

再び階段を駆け上がる足音がけたたましくフロアー内に響いてきた!

「うわああっ!!」

僕達は同時に叫び、ビクンッと両肩を釣り上げた。

それから、包丁やフライパンを手にオドオドしながら2Fを探したが、やっぱり人の痕跡はなかった。

僕達は全ての電気を点けっぱなしで2Fの部屋に戻り、無言のまま朝を迎えた。

事を荒立てたくなかったので警察は呼ばなかった。

もし呼んでいたとしても、店内を荒らされた形跡や侵入した形跡すらないのだから、警察も仕事のしようがない。

僕は、昨夜の出来事を絶対に他言しないよう後輩に釘を刺してから、迅速に神社へ相談の電話を入れた。

そして、紹介してもらったお坊さんにすぐ来てもらい、お祓いしてもらった。

店長としての資質には欠けるが、後輩の神経が図太くて助かった。

彼は移動を希望するでもなく、会社を辞めるでもなく、その後もしっかりと努めてくれた。

まあ、彼がその店に居残ってくれた理由として、実は図太い神経だけじゃなく、その店の女性アルバイトの一人と恋仲になっていたことは現在の今でも知らなかったことにしているわけだが。

ちなみに、お祓いをしてからは霊感の強かった女性アルバイトの子も別人のように明るくなりました。もちろん、霊現象もまったく起こらなくなりました。

あの夜に体験した不可解な足音が、本当に幽霊によるものだったのかどうかは……やっぱり霊感ゼロの僕としては今でも確信が持てません。

怖い話投稿:ホラーテラー 梅太郎さん  

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