中編4
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寂しい目

都心の保育園で保母の仕事をしているAさん。

数年前のある時期から、急に園児たちが次々と怪我をしだした。

遊具で遊んでいたところ上から転落したり、物が上から落ちてきたりする事故が多発した。

今まで働いてきて、そうした事故はたまにあったが、その頻度があまりに異常だった。

そんなある日、Aさんは目撃した。

恐らくは事故の元凶と思われる存在を。

一人の園児が滑り台の上に登ると、スゥッと横に現れた男の子が、トンと園児を滑り台から突き落としたのだ。

その後、何事もなかったようにスゥッと空中に消えていった。

このままでは、また事故が起こるかもしれないと、他の保母さん達を集めて話し合った。

みんなAさんの話をにわかには信じられないという様子だった。

結局これといった解決案は見つからず、より厳重に園児達をよく見張るようにということで解散となった。

みんなが帰っていくなかで、ひとり椅子に座ったまま青ざめている保母さんがいた。

「あれ?Kさん、どうしたの?」

Aさんは気になり、話を聞いてみることにした。

「私、子供を流産したんです…」

妊娠していたKさんは、ちょっとした不注意により、階段から転落。

気づいたときには病院のベッドの上だった。

お腹に微かに感じていた生命の鼓動が、なくなってしまっていた。

後悔してもしきれない程の、悲しみに暮れた。

もしその子供が生きていたら、ちょうど保育園に上がるかという頃だった…

…話を聞いているうちに、他のみんなはとっくに帰ってしまっていた。

「もう遅いし、私達も今日は帰りましょうか」

まだ心中の穏やかでないKさんを連れて、Aさんは保育園を出ようとした。

キィ・・・

キィ・・・

キィ・・・

すっかり静まりかえった保育園の庭で、音が響いた。

ブランコの、錆びた鎖がきしむ音…

ハッと音の方向を見たKさんはブルブルと震え、その場にヘタレこんでしまった。

真っ暗な遊具広場のほうで、ボオッと光る小さな人影。

男の子がうつむきながらブランコに座って、静かに揺れている。

辺りは物寂しい空気に包まれ、それは近寄りがたい気分にさせた。

………………

なにか張り詰めたような雰囲気に、しばらく何も出来ないまま立ち尽くしていた。

ブランコの動きがピタリと止まった。

たったそれだけの事なのに、思わずビクンと飛び上がりそうになる。

スッとブランコから降りると、うつむいたままこちらに向かってゆっくり歩いてきた。

すぐ近くにまでやってくると、ガタガタ震えながら怯えるKさんを見つめて、寂しそうにスゥッと消えていった。

まだ怯えるKさんを何とか落ち着かせると、Aさんは家路についた。

…その次の日から、男の子は頻繁に姿を現すようになった。

Kさんが他の園児たちと遊んでいると、男の子は羨ましそうにそれを陰から見ている。

そして、遊んでいた園児たちに立て続けに小さな事故が起こっていた。

「やっぱり…私はあの子に恨まれてるんだ」

Kさんはひどく落ち込みながら、Aさんに相談してきた。

「…そんなことはないんじゃないかな?」

Aさんは、Kさんの言うことを否定した。

先日の夜に見た男の子、その目はとても寂しそうで、Kさんを恨んでいるようには見えなかったからだ。

しかし、すっかり罪悪感で臆病になってしまったKさんには届かなかったのかもしれない。

数日後、Kさんと一緒に遊んでいた女の子が事故で怪我を負ってしまった。

近くの陰では、あの男の子がこちらを見つめていた。

ついに我慢の糸が切れたのか、Kさんは我を忘れたようにその場から駆け出した。

そしてそのまま、保育園の前の車道に飛び出した。

Aさんは慌てて追いかけようとしたが、とても間に合わなかった。

キキィーーッ!

大きな車のブレーキ音が鳴り響いた。

思わずAさんは、悲鳴をあげて目を覆った。

………………

恐る恐る見てみる。

車の正面で、Kさんがヘタレこんでいる。

慌ててKさんに駆け寄る。

怪我は……どうやら無いようだ。

Kさんが、涙目で震えながら車の前を指差していた。

そちらを見てみると、そこにはあの男の子の姿があった。

うっすらと半透明の体で、車とKさんの間を阻むようにして倒れていた。

それまで震えていたKさんが、慌てて男の子の元へ寄る。

しかしその手が届く前に、男の子の姿はスゥッと消えていた。

Kさんは、声をあげて子供のように泣きじゃくっていた。

それから、あの男の子が姿を現すことは二度となかった。

「あの子に、私はひどいことをしてしまっていたのかもしれない…」

数日後、Kさんは寂しそうにそう話した。

産んであげることが出来なかった罪悪感により、男の子に対して恐怖を抱いてしまっていた。

その感情が、男の子の寂しそうな表情を、恐ろしい恨みの表情として捉えさせていたのだろう。

ただ…ただ、もっと自分のことをよく見てほしかったのかもしれない。

男の子に助けられてやっと気づいた、本当の気持ち。

それは皮肉にも、二度と会えなくなってしまった後の事だった。

「よく子供たちや若者が怖いって避ける大人がいるけど、その寂しい目に気づいてあげられたらもっと分かり合えるのかもしれないわね…」

Aさんは少し哀しげに、そう語っていた。

怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん  

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