中編7
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流し雛。

その日、俺は某古本屋に自転車を走らせていた。

引っ越しの時に倉庫に放りこんだまま、長いこと放置していた漫画や小説を、土日を使って処分するためだ。

その古本屋は、いらなくなった本を家まで引き取りに来てくれるサービスを展開していたが、予約がいっぱいで、引き取りは3週間後になるという。

今まで放ったらかしにしてきた癖に、思い立ったらさっさと片付けたい俺は、ざっと100冊はある本を、せっせと祖母のババチャリに積んでは、家と古本屋を往復した。

それに気がついたのは、1往復目の帰り途中。

古本屋から少し行ったところにある四つ辻に、雛あられが散乱しているのだ。

味気ない灰色のアスファルトに散る、桃色や黄色や白の星。

雛祭りからは、けっこう日が経っている。

『期限切れの菓子を、子供が鳥にでもあげたのかな』

食べ物を粗末にすることには反対だけど、小さい女の子が雛あられを撒いて遊ぶ姿とかを想像して、ちょっと楽しくなった。

別にロリコンって訳ではない。

しかし、その辻を左に曲がったところで、緩んでいた口許が凍る。

また雛あられだ。

しかも今度は一ヶ所じゃない、目の前に延びる道に、パラパラとだが、永遠と続いている。

もの凄い量だ。

鳥にあげる、とかじゃない。明らかに意図的なものだ。

『なんだこれ、さっき通った時は無かった…』

前後のカゴに山積みの本に気をとられていたとしても、さすがに気付く。

脆い楕円の菓子は、ほとんどが原型を留めていた。

住宅地の中とはいえ、踏まれた跡が殆どないという事は、撒かれたばかりなのだろうか。

何となく警戒しながら、雛あられの道を辿る。

そこから5分ほどの距離にある家の前まで延びている事は無かったけれど、かなり近くまで続いていた。

節分みたいに、雛あられを撒く風習の家でもあるのだろうか。

不可解さは不気味だったけど、幽霊が出たわけでも無いし、結局、特に遠回りすることなく、雛あられの道を3往復した。

その晩から、奇妙なことが起き続けた。

屋根のすぐ上を過ぎていくようなヘリコプターの騒音に、和室の引き戸がガタガタと揺れる。

なんだ今の、凄かったねと家族に言うと、誰もヘリコプターの音なんて聞いていないと言う。

虐待を受けたせいで、ひどく臆病な性格の元野良猫。

拾って、部屋で飼うようになってから、俺だけには心を許してくれている筈の猫が、一目散に部屋の隅に逃げて怯える。

妙な事が起きるたびに、雛あられの道が頭をよぎった。

あれくらいしか思い当たる原因が無いのだ。

翌日、どうしても気になって、倉庫や部屋の片付けを放り出し、俺は昨日の道に自転車を走らせた。

ババチャリじゃなくて、今度は自分の自転車。

小一時間、走り回って辺りを調べた結果、昨日の四つ辻と、俺の家の方へ向かう道の他にも、いくつかの道に雛あられが撒かれている事が分かった。

ほとんどが車か人に踏み潰され、白い粉となってアスファルトにこびりついている。

やはり昨日は、撒かれたばかりだったのかもしれない。

自転車で走り回るあいだも、変な現象は続いていた。

後輪がパンクした。

団地の下の公園で遊んでいた女の子たちの腕が、何度みても三本あった。五人全員。

立て続けに非通知着信が鳴った。

気のせい。偶然。プラズマ現象。シュミラクラ効果―。

どんな怪現象も、自分さえ納得させられれば恐怖は克服できる。

でも、どんな理屈でも自分をうまく納得させられなかった場合、日常は容易く反転する。

秩序や常識が足元でグラグラと揺れる感覚に恐怖しながら。

そして、興奮しながら。

一人では手に負えないと悟った俺は、携帯を取りだして、高校の頃からの友人である先輩に電話をした。

電話で、夜なら空いてるという返事を貰った。

俺は、一度帰ったあとで、暗くなるのを待ってから、電車に15分ほど乗ったところにある先輩のアパートを訪ねた。

「ご無沙汰、ああ寒い、やっぱり寒い日は家にこもってラーメンに限るね」

「…作れと」

「材料は冷蔵庫だよ」

アパートの玄関を開けるなり、先輩は俺に向かってそう言った。

ひょろ長い体も、人懐っこい笑顔も、やたらと書類や資料が多い部屋も、変人なところも、相変わらず。

先輩は、高校の頃の同級生だ。

何かの病気で入院していたとかで、歳は2つ上。

復学した年上の同級

生に対して、いつの間にかついたアダ名が「先輩」だった。

今考えると酷い話だけど、別に嫌味とかじゃない。

軽快で気さくな性格のせいで、むしろ親しみを込めて皆から先輩と呼ばれていた。

俺と先輩とは映画研究部で一緒だった縁で知り合った。

オカルト趣味の人を見つけようとしても、実はなかなか見つからない。

見つかっても、ホラー映画や、都市伝説や怖い話が好きってくらいの人が多い。

キャーって抱きついてくれる女性がいなくても、肝試しの季節じゃなくても。

噂を頼りに、定期的に夜の心霊スポットに出かけるような人は稀だ。

類い稀なる変態だ。

俺も先輩も、その変態の一人だった。

共有する趣味がディープであればあるほど、互いの理解者、協力者として互いが必要になる。

そんな訳で、大学が離れてからも。

先輩が就職しても。

俺が落ちこぼれ院生から落ちこぼれ研究員生になりつつある今も、なんだかんだで縁が続いている。

「雛祭りは昔、流し雛っていって、人の形をした紙に穢れを移して、川や海に流す儀式だったんだよ」

ラーメンを茹でながら近状と、昨日からの出来事を話し終えた俺に、先輩はパソコンをカタカタしながら言う。

「流し雛?」

「多分、その応用だと思う」

あっさりと言い切って、生卵入れてー、と振り返る。

「雛あられが撒いてあっただけなのに、紙とか穢れとか関係あるのか?」

「うん、置き換えだからね」

茹で上がった麺の上に、海苔だのベーコンだの生卵だのを適当に放り込みながら、俺はやっぱり首を傾げる。

「なんの事だかさっぱり」

「こっち来て、ラーメンごと」

俺は両手にどんぶりを持って、先輩が顎で示すモニターを覗きこんだ。

そこには、上空から見た、うちの近所が写っていた。

グーグルアース。

「だいたいで良いから、雛あられが落ちてた道の上にこれ貼って」

そういって、小学生が出席カードとかに使うような、丸いシールを渡される。

「モニターに貼っていいの?」

「うん、構わないよ」

素直に従い、まず四つ辻を探し、そこから順番にシールを貼っていく。

「…丑の刻参りでも似たような応用があってさ。

細かくした相手の髪やら服やら、あと『〇〇の頭』『〇〇の肩』なんて書いた紙を、なるべく密に土に埋めていくんだ、大きな藁人形―というか人の形に」

「うん」

点が線になり、モニターの上に赤い道が伸びていく。

ずるずるとラーメンを食べながら、いつものように饒舌な先輩の話は、まあ適当に聞き流す。

「で、五寸釘の変わりに鎌とか長い鉄の棒とかを打ち込む。

抜かれると困るから、土に埋め込むんだけどね。

新しく建てる家の基礎に忍ばせる人もいるし、携帯の電波塔や鉄塔を利用する人もいる。

回りが田んぼの場合が多いから、塔が建てられる前に人型だけ埋めとけば、勝手に釘が打たれるだろ」

シールを貼り終えて、というか、半分を貼った辺りで、この作業の意味するところに気がつき、首筋がぞわっとした。

住宅地の中に浮かぶ、頭、胴、胴から伸びる四本の手足。

「―これも似たようなもので、紙でなく雛あられに穢れを移したんだろうな」

モニターの上には、歪つな、けれどはっきりと人の形だと分かる形が出来上がっていた。

「人型に撒いた雛あられを、上を通る通行人を川に見立てて流す仕組みだね。

何も知らずに通る人たちに、少しずつ穢れを持って行かせるんだ。

川や海よりも、人に流した方が確実に穢れは払える、ラーメンのびるよ」

後半は無視して、モニターを見ながら呆然とつぶやく。

「俺はそれ受け取っちゃった訳か」

「ご丁寧に何度も何度もね、土曜が頭と胴を三往復で、日曜は?」

「数えてないけど、たぶん全身を二往復以上はしてる、な」

先輩は、無言で立って棚から塩の瓶を持ってくると、俺に振りかけた。

「エンガチョ」

イラッとした俺が瓶を奪い、塩のかけ合いになった後、まあお祓いに行っとけよという事になり、ろくでもない週末は終わった。

ちなみに、まずはアルコール洗浄!

とか言いながら、次の日が平日なのにも関わらず、こね晩は朝まで日本酒を飲んだくれた。

誰が、というかどこの家庭が、何の穢れを払う為にやったのか。

そういう事を調べることはしなかった。

事情を詮索して理由が分かっても、後味の悪い思いが残るだけの気がした。

それに、見ず知らずの他人。

もしかしたら、見知った近所の人にも、こっそりと不幸を押し付ける。

その自己中心的でねっとりとした悪意に、俺はどうしても近づきたくはなかった。

翌日から数日つづいた雨で、道に撒かれた穢れは、やがて川や海へと流れていった。

END

怖い話投稿:ホラーテラー 病み介さん  

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