これはもう70年程前の話だ。
当時、私は長屋に住んでいた。
家族は父と母と6つ歳の離れた弟。
父は宮大工の棟梁で、曲がった事が大嫌いな職人気質だった。
幼い頃に私が悪さをすると庭の柿の木に括り付けられた。
母は穏やかな性格でいつも私と弟を可愛がってくれた。
今で言う、「天然」な部分も持っていた。
弟は喘息を患っていたが、無理をしなければ生活に支障をきたす事は無かった。
ある日、母親が食卓に陰膳をする様になった。
私は不思議に思ったが、当時の日本は戦争の真っ只中で、母は縁のある人の為を思ってやっているのだろうと、自分の中で解釈していた。
現に母の兄弟や父の弟も出征していたからだ。
次の日も、また次の日も母の陰膳は続いた。
4、5日経てば陰膳は当たり前の物の様になり、私も気にする事はなくなった。
前述でも紹介したが、母は「天然」な人だった。
まだ私が風呂を入り終えていないにも関わらず、風呂の栓を抜き、お湯を流してしまう事が何度もあった。
他には、居間で父と母と私が寛いでいると、私の目も気にせず父と抱き合ったり、接吻をした。
バツが悪くなって自分の部屋によく戻ったものだ。
そんなある日の事、家に役所の人間と町長が来た。
母が応対したのだが、母は役所の人間から封書を受け取ると、その場に泣き崩れた。
その日から母の陰膳は無くなった。
私は落ち込んでいる母に直接問いかける事は出来ず、こっそり封書を見た。
そこには、
○○○○殿
ガダルカナル諸島ニテ戦死
我国ノ誇リナリ
と、綴られていた。
私は全てを理解した。
怖い話投稿:ホラーテラー 紅天狗さん
作者怖話