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中編5
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ペンキの家

結構長文ですがお付き合いください。

オレが高校の時まで住んでたのは秋田県の北部、かなりの田舎。特に、住宅地になってる近所には老人ばかり。

子供が少ないわけじゃないが、それにしても静かな地区だった。

小学校入学前に秋田に越してきたオレは、中学生になる頃には周りとも馴染んでた。

ある質問をしないように、気を使っていたから。

帰り道の途中、妙な場所がある。窓ガラスから屋根から壁、ドアまで青いペンキで塗られた建物。その隣は空き家だが、その家だけが当然目立ってしまっている。その家から人が出る事は一回もなかった。

「あの家、なんであんな見た目なんだよ?」

ごく普通の疑問だと思う。当時まだ小学生だったオレは、一緒に帰っていた友達にそう聞いた。

「なんでそんなこと聞くの?」

さっきまでへらへら笑っていた友達の顔が変わったのが分かった。

明らかに不気味そうな表情になってオレを見て、それから早口でまくしたてる。

「あの家は昔からああなってるだろ。おかしいところなんか無いよ。僕らが生まれる前からこうなってたんだよ、それに」

普通じゃない迫力だった。小学6年生のふざけた態度でもなかった。今まで見たことがないくらい真剣な顔に、オレはわかったから、と言うことしかできなかった。

それからだ。通ってた小学校では、生徒が完全にふたつに分かれた。委員会でも、部活でも、係の仕事でも。

ひとつは、全校の8割。生まれた時からこの地区に住んでいる生徒。そしてもうひとつが、オレを含む2割。どこかから越してきた生徒だった。集会かなんかで集められて、地元出身の教師にこう言い聞かされた。

「この地区のことには触れちゃだめ。どんなにおかしいと思っても、不思議なことがあっても、地元の子に聞くのは絶対にだめ。当然、大人に聞いてもいけません」

周りにはちらほらと何でだよ、とか言う生徒もいたが、オレは以前の友達の反応を思い出して納得していた。この地区にある『少し変わったもの』とはいわゆるタブーなのだろう。オレの他にも素直にうなずく生徒がいたという事は、つまりその生徒も地元の知り合いに質問した事があったのかもしれない。

それから、数年。

面倒に関わりたくもなかったので、オレは何にも触れずに過ごしてきた。考えると、この地区には不自然なものが多々ある。

古い家の前に立った鳥居。神社もないのにあぜ道に落ちている狛犬の片割れ。例の青い家。住宅地のど真ん中にある墓場。真新しい郵便が届く空き家の数々。できたばかりの地下道にある、古い木で出来たふたつのドア。

きりがなくなってくる。けれど、この不気味なものを不気味だと認識する人なんていなかった。普通だと思っている人しかいなかった。

そして、中三だったオレは好奇心に負けた。

一緒に帰っていた友達(こいつも越してきたやつだった)の三井も、今までタブーに触れずに過ごしてきたらしかった。ちょうど夏休みに入る少し前、蒸し暑い夕方。オレたちはどこかハイになっていたんだろう。

そして、青い家の前。この何年かで、そこが空き家でないことは分かっていた。こんな家に住む人は、正直オカシイんじゃないかとも思っていた。

「・・・ガラス越しに見るぐらいなら、いいんじゃねーの?」

「だよな」

知りたいのはオレだって同じだ。三井の言葉にうなずいて、周りに誰もいないのを確認してから、そっと近づいた。

青いペンキでそこらじゅう汚れているガラスにも、まだ透明な部分がある。左側の窓の、下にある角の所だ。少しだけかがんでガラスに両手をつけると、もうその時点で鳥肌が立った。かなりためらいながら、それでもやっぱり気になって、オレはそっとガラスに顔を寄せる。

右目を閉じて、左目で家の中を覗く。恐る恐る、天井の方から。

とんでもなく古いのがガラス越しにも分かった。そして、家の中には家具やら本やらが散乱している。地震が来たら、きっとこんな感じになるのだろう。何か手がかりでもないか、どんな人が住んでいるか分かるものは、と必死になってのぞいていると、小さな音がした。こんこん、と。何かを叩く音。

三井を振り返る。誰か来たのか?と口パクで聞くが、首を振られるだけだった。なら何だったんだよ、今の音。ちっと舌打ちをしてまたガラスに目を近づけたところで、

人目なんか気にせずに、叫んだ。

「ちょ、どうしたんだよ!」

焦った顔の三井に腕を引かれて、そのままひたすらダッシュした・・・らしいのだが。正直覚えてない。よく人は恐怖すると記憶をしまいこむ、とか言うが、オレの場合は三井から聞いてなんとなく理解できている。

いきなり叫んだオレを引っ張って、家まで送ったのが三井。どうしたんですか、と問い詰めに来た地区長(町長みたいなもんだと思う)をどうにか追い返したのが兄ちゃん。

その次の日はなんとか学校に行ったが、同級生が俺たちを見る空気はまるで違っていた。

仕方無いことだと思う。オレが触れたタブーと言うのは、幽霊なんかよりずっと怖かった。

オレがあの時見たものは、人の黒目部分だった。あなたのお隣さんは目が赤い人ですよ、って言う都市伝説の実写版かと思った。推測だが、オレの聞いたこんこん、という音は内側からガラスを叩く音。そして、オレが振り返っている間に外側を見たのだろう。

それで目が合った、と。それだけの話だが、オレが怖くなったのは別の方だった。

なんでオレが叫んだのか、オレと三井が何をしたのかが広まっていたこと。つまり、青い家に住む人間はこの地区の住人とコミュニケーションをとっているということ。あの人は外出なんかしない。けれど、あの家に人が入る所なんて見た事が無い。なら、どうやって?

怖くなって、それ以上考えるのは辞めた。オレも三井も。

後日談。

オレがその地区を出るまでの五年間、青い家をオレか三井が通る時にだけ決まって音がした。

こんこん、と。

怖い話投稿:ホラーテラー たまごさんどさん  

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