季節は蒸し暑い夏に入り、網戸の外では蝉がジリジリと鳴き始めている。
留守番をしていた私(S)は家の中で一人、和室で扇風機の心地好い涼風に心身を和ませていた。
しばらく涼んでいると呼び鈴が鳴った。
どうやら訪問客でも来たらしい。
私はインターホンに応じた。
「どちら様でしょうか。」
すると受話器の向こうから懐かしい声がした。
「あっ・・・S・・・俺だけど・・・・覚えてる??」
紛れも無くあいつの声だった。
私がアメリカに住んでいた時に日本人の補助学校でできた友達の一人、Kだった。
私「K・・・・お前、いきなりどうしたんだよっ。帰って来てたんなら連絡の一つぐらいは入れてくれよ。」
Kとは、私が日本に帰国してからでもインターネットを通じてしばらくメールしていた仲だった。
しかし、ある日を境に連絡が断たれてしまっていたのだ。
K「ゴメンゴメン。連絡しようと思ってたんだけど、俺お前の電話番号知らなかったからさ・・・・・・てか、ただの一時帰国なんだけどね。」
私『そういえば日本帰る時に新しい住所と番号教えて無かったっけか・・・・』
と私は内心思った。
私「まぁ、とりあえず上がってけよ。」
K「うん、そうさせてもらうわ。」
私はKをさっきまでいた和室へ案内した。
そこで二人で思い出話をしたり、
日本での生活はどうだ
とKに質問されたりと、私達は時間を忘れ、ただひたすら話し込んでしまった。
私「うわっ、もうこんな時間だ。お母さん帰って来ちゃうわ。」
時計は夜の7時を指していた。
K「あっ、本当だ。夏だからこんな時間になっても明るいから気付かなかったよ。」
Kは笑みを浮かべながら言った。
K「そんじゃ、そろそろ帰るわ。」
私「そういえばお前、どこ泊まってんの?」
K 「あー、東京の方にあるホテルだよ。」
私「そうなんだー。まぁ、また会いたくなったらいつでも来いよ。お前のアメリカでの生活の話聞きたいしさ。」
K「お・・・・・おう、分かった。そういえば今日は俺の方からSに話聞いてただけで、Sからしたらつまんなかったかもな。アメリカでの話、また今度するよ。」
何故だろう、Kが少し物寂しそうに私の目には映った。
しかし私は特に気にも留めなかった。
私「今度はちゃんと来るときに前もって連絡すんだぞっ。ほら、連絡先。」
私はケータイを取り出し、赤外線でアドレスを交換しようとした。
K「あ・・・・ゴメンっ。今日ケータイ持ってきてないんだわ。」
私「おいおい、今時高校生が外出する時ケータイ忘れるかよ。」
私はKを揶揄した。
K「・・・・ゴメン」
私「えっ、あっ、いやっ、いいんだって。そんな謝ること無いって。」
私はKの意外な態度に焦りを隠せなかった。
私「んじゃ、とりあえず駅まで送るよ。」
K「あっ、わりいな。そんじゃお言葉に甘えて。」
私達は靴を履き、家を後にした。
道中、私は地元を案内しながら駅を目指した。
Kはずっと笑いながら話を聞いてくれている。
私がアメリカにいた3年前の彼とはなんら変わっていない。
そんな些細なことが私には嬉しかった。
駅に着き、私達は別れた。
別れ際のKの顔はやはり寂しそうだった。
家に帰ると、私は軽く散らかってしまった部屋を片付けていた。
床に置かれたコップを片付けようと思い、かがんでみたところ、夕陽に反射し光を放っているものを見つけた。
ビー玉だった。
透明に透けていたため気付かなかった。
私はそのビー玉を手に取ってみた。
こんなもの見覚えが無い。
Kが忘れていったのだろう
と思い、私はとりあえずそれをポケットに収めた。
何気なく外を眺めてみる。
雲行きが悪い。
かすかに雨の匂いがしていた。
私はスーパーで買い物を終え、車に乗り込んだ。
季節は冬。
私はアメリカのこの時期が四季の中で一番嫌いだった。
除雪が十分に施されていない路面は、透き通った分厚い氷に所々覆われており、一瞬でも気を抜けば大事故に繋がりかねない。
今まで何回この氷のせいで死にかけたことか。
しばらく運転していると青い屋根をした一戸建ての大きな家が見えてきた。
あそこにK君は住んでいる。
私が何故K君の家に向かっているかと聞かれると、話は3年前まで遡る。
3年前、私が初めて学校でクラスを受け持った時の生徒の中にK君がいた。
彼は根暗な性格だったが、とてもいい子で成績も優秀だった。
しかし、彼は唯一の親友であった友達のS君が日本へ帰国してから様子がおかしくなった。
学校へ来なくなってしまったのだ。
その二ヶ月後に両親を亡くし、親戚のいなかった彼は完全に孤独となってしまった。
私は施設に入ることを勧めたが、彼は断固拒否し、
「今までの家で一人で暮らす」
の一点張りであった。
それから私は定期的に彼の様子を見に来ているのだ。
家の前に車を停めると、私は目の前に立つ大きな屋敷を見上げた。
やはり一人暮らしには大きすぎる。
インターホンを鳴らすとドアが開かれた。
K君が立っていた。
私は中に入り、靴を脱ぎ、さらに中へと上がった。
家の中はずいぶんと片付いていた。
「へぇー、相変わらず掃除だけはしっかりするんだねー。」
と彼に言った。
「・・・・・・・・」
彼は黙ったままだ。
こんなことは当たり前だった。
私はここ1年ぐらい彼に話し掛けられたことがないのだ。
彼は一人奥の部屋へ入り、ドアを閉めた。
中から音が聞こえてくる。
どうやらテレビを見ているようだ。
私は足音を殺しながら階段を上がり、彼の部屋の前に立った。
この部屋には唯一足を踏み入れたことがなかった。
いつも鍵がかかっているのだ。
ドアノブに手をかける。
『どうせいつも通り鍵がかかっているのだろう』
しかし、そのドアは開いた。
私はあっ、と声を出しそうになったが必死にそれを押し殺した。
部屋に足を踏み入れる。
普通の高校生とはなんら変わらない部屋がそこにはあった。
床にビー玉が三つ程転がっているのに気付いた。
私はそれを一つ拾おうと腰を下げる。
「触るな!!!!!」
私は驚きと同時に背中に強い殺気を感じた。
恐る恐る振り向くとK君がいた。
鬼のような形相でこちらを睨んでいる。
私は久しぶりに聞いた彼の生声に一種の喜びを感じるべきであろうが、今はそれどころではない。
総毛が立ち上がる。
体の奥で本能が
『逃げろ』
と叫びまくっている。
私は震えた口吻で言った。
「あ・・・・・ご・・・ごめんね。ドアが開いてたからつい・・・・」
彼の舌打ちが聞こえた。
K「・・・・・早く出ていけ・・・・」
私「え?」
K「早く出てけって言ってんのが聞こえねーのかよ。」
私「え・・・・・あ、ううん。そんなこと無い無い。聞こえてたよ。そうだよね、あたし帰った方がいいかもね、それじゃ帰らせてもらうね。」
私は恐怖のあまり言葉が棒読みになってしまっていた。
その場で立ち上がり、私が入ってきた入り口にの前立っていた彼と、目を合わせないようにうまく部屋を出ようとした。
しかし、すれ違うときに彼は口を開いた。
K「ちょっと待ってよ。」
私「・・・・え?・・・・・何?」
K「今日見た物は誰にも言わないって約束する?」
私「するするっ。するから安心して。」
私の声はひどく震えていた。
K「あはは。そうだよね。言わないよね。だって先生だもん。言わないに決まってる。今日はね、僕の唯一の親友に会いに行く日だからさ。邪魔、しないでね。」
・・・・彼が笑った。
しかし、普通の笑いじゃないことは私にも分かっている。
今までに無い恐怖が溢れて来る。
『今の彼はK君じゃない』
そう感じた私は恐怖のあまり我慢できず、階段を駆け降りた。
一階に着くと、私は玄関目掛けて突っ走った。
しかし、私はあるものが目に入り、不意に足を止めてしまった。
先程彼がテレビを見ていた部屋のドアが開かれていたのだが、私はそこにとんでもないものを見てしまった。
お笑い番組の流れているテレビの前で、首を吊って死んでいるKがいたのだ。
私は急いで屋敷を出た。
後ろで笑い声が聞こえた気がした。
気づくと恐怖のあまり泣いていた。
自宅に帰ると急いで通報した。
彼はその日の三日程前に死んでいたのだった。
昨日、私は夢を見た。
とある部屋の中央にいる。
外は夕陽が沈みかけており、窓から覗く空はオレンジ一色だ。
カラスが鳴いている。
その部屋にはベッド、机がある。
高校生の部屋だろうか。
机上には私が昔大好きだったコミックス、数学の教科書が置かれている。
ものすごく懐かしい。
何故だろう。
自分はこの部屋を知っている。
思い出せない。
足元にはビー玉が4つ程転がっている。
自分はそのうちの一つを拾いあげ、飲み込んだ。
喉を通過するのを確認すると、部屋を出て、そのまま階段をゆっくりと降りた。
降りおえるとしばらく長い廊下をまっすぐと歩いて行く。
目の前にドアが現れた。
ドアノブを捻る。
部屋に入る。
その部屋にはテレビがぽつりと置かれている。
そして天井からはロープがぶらさがっている。
私はそのロープの前に置かれた椅子の上に立ち上がる。
『ああ、やっと君に会いに行けるよ。ここから君の所まではずいぶんと距離があるみたいだから、少し時間がかかりそうだ。』
自分の意思とは無関係に感情が流れてくる。
『テレビの中の人達はずいぶんと楽しそうだ。こいつらには今の僕の気持ちなんか分からないだろうな。・・・・・・僕は・・・・・いつも一人だったんだ。家族もいない。友達もいない。・・・周りには敵ばかり。もう我慢できない。いっそ死ぬことで復讐してやるんだ。僕が死ねばあいつらも少なからず自分を責めるだろうな。くくく・・・・想像するだけで胸が熱くなる。・・・・・でもね・・・せめて向こう側の世界では誰かといたいよ。・・・・もうあんな辛い思いはしたくない・・・・。』
『今から迎えに行くよ・・・・・・・・』
そこで目が覚めた。
ずいぶんと気味の悪い夢だった。
「おい、S、何ボーッとしてんだよ!せっかく焼けた肉俺が食っちまうぞ!」
「あ、わりーわりー。ちょっと考え事。」
今私は会社の同僚達と焼肉に来ている。
新しく入った社員がうちの部に入ったので歓迎会を開いているのだ。
私の隣には新入社員のOさんが座っている。
とても顔が整っており、その端正さは私の好みでもあった。
彼女からはどこか懐かしい感じがするのだが・・・・まぁ、気のせいであろう。
そんなOさんはつまらなそうな顔で目の前のグラスの中の氷を箸でつついている。
『しまった・・・・・しっかりエスコートしてやらなくては嫌われてしまう。』
そう思った私は必死で彼女の機嫌を取り繕おうと必死になった。
『俺としたことが・・・・・せっかくのチャンスを無駄にするわけには行かない。』
そう、私は彼女を知った時からずっと、彼女の気を引こうと肝胆を砕く思いで努力しているのだった。
「S先輩・・・・そんなにあたしの隣がつまんないんですか・・・・」
彼女はそっぽ向いてしまった。
「いやいや、そんなこと無いって!そんな怒んないでくれよっ。」
と、最初はこのように彼女の私に対する好感度は低かったのだが、私達はこの半年後、付き合うことになった。
そして付き合って4年が過ぎたある日、彼女からこんなメールが届いた。
「明日、あたしの家に来て頂けますか。伝えないといけないことがあります。自宅の前で待ってます。」
嫌な胸騒ぎがした。
私はその深刻そうな内容から、返信するわけにも行かず、日付が変わるのを待った。
手元の腕時計は午後の3時を指している。
約束の時間まであと30分。
一流の企業に勤めている彼は生真面目な人で、いつも約束の時間の30分前には待ち合わせ場所にいる。
これが彼の普通だった。
しかし何故だろう。
約束の時間の30分前は過ぎたというのに彼の姿は現れない。
これでは彼の普通に合わせた甲斐がまるで無い。
ケータイが鳴った。
彼からのメールだ。
『ごめんっ。今電車のダイヤ乱れちゃってるみたいで遅れるね。』
遅れちゃうのか・・・・
早く言わないと・・・・・もう我慢できない・・・・・
40分程経つと遠くに彼の姿が見えた。
走っている。
彼は私の目の前まで走り終えると、息を切らし、手を膝につきながら言った。
「ゴメンね、事前に路線情報調べるべきだった。」
彼は呼吸を整えようと下を向いている。
「ううん。いいのいいのっ。気にしないで。」
なんだかとても気まずい雰囲気だった。
昨日あんなメールを送れば当たり前だろうか。
S「で、話って何なの?」
下を向いていた彼の顔が上がった。
ひどく疲れがたまっていそうだ。
顔色が悪い。
私「あ、んー、・・・・とりあえず中入ろ。」
S「う・・・・うん。」
私は唇の前で人差し指を立てながら家のドアを静かに開け、Sを中に上げた。
Sは少し怪訝そうな面持ちでこちら見ている。
しかし、私は構わず彼をリビングのドアの前に案内し、
「ここで待ってるように」
とだけ伝え、私はリビングに入った。
リビングに入ると母がソファーの上で読書をしている。
私「ねぇお母さん?」
母「ん?なに?」
私「どうしてこれほどまで彼にこだわるの?」
母「なによO、いきなりどうしたの。そんなこと前に説明したじゃないの。」
私「いや、やっぱり腑に落ちない所があって・・・・」
母「あら、そう・・・まぁ、それもそうよね。あんな話聞かされても・・・・ね。」
母からすればあまり思い出したくない過去なのであろう。
しかし、そんなことなど気にしてはいられない。
母「アタシが現役で学校の先生をやってた時に、初めてクラスを持たされたの。その中には仲良しのS君とK君がいて、その二人はずっと楽しそうだった。」
母は少しばかり笑みをこぼしている。
しかし、次の言葉を発する時にはその表情は曇りだしていた。
母「でも・・・・S君は引っ越してしまったの。その途端一人になってしまったK君はイジメの対象になっちゃって・・・・しかも、しばらく経ってからK君に追い打ちをかけるように彼の両親が亡くなってしまって・・・・。それからK君は学校に来なくなってしまった。アタシは何もしてやれなかった・・・・・イジメを無くすことも・・・・・彼を両親の代わりに支えてやることも・・・・。」
母は目に涙を浮かべている。
母「だから・・・・せめてもの償いで私は暇さえあれば彼の家に定期的に様子を見に行った・・・・。いや、罪滅ぼしだったのかも知れない・・・・。それからしばらくして、アタシがいつものように彼の家に行くと、あれは起きた・・・・。一生忘れられない・・・・。きっとアタシへの復讐だったんだわ・・・・。」
母はK君の家で起きた一連の事件を話した。
話し終えると、彼女はこう言った。
母「アタシはあの場を逃げてしまった。・・・・自分の可愛い教え子に恐怖を感じてしまったの。それからアタシは先生としての自分が情けなくなり、先生をやめた。でもね、アタシには一つ、腑に落ちないことがあったの。彼があの時『唯一の親友に会いに行く』って言っていたことよ。それを言った時の彼の表情はすごく綺麗な笑顔をしていた・・・・でもアタシには嫌な予感がしたの。」
母は涙を流し始めていた。
私は前にも聞いたあの事件を思い出してしまい、体中のあちこちが震え出していた。
母「アタシはとりあえずS君にコンタクトを取ろうとした。K君の親友とすればS君しか思い付かなかったのよ。幸いアタシはS君と年賀状を送りあっていたから住所は容易に掴めた。そしてアタシはOを連れて日本に帰国したのよ。でも帰ってから気づいたんだけど、日本に来たところでどうすればS君に気付かれずに彼に近付けるか全く手段が思い付かなかったの。それから途方に暮れて何年か経つと、仕事のためアメリカに残った夫から連絡が入ったの『S君から年賀状が来た。一流企業のD社への入社が決まったそうだ』とのことだった。」
母は私を強い眼差しで見てきた。
母「そこでアタシは思い付いたの。アナタをD社に入社させて彼に近付けさせよう、って。そうすればS君に気付かれずにS君を救えるかも、って思ったの。」
母「アナタには悪いと思ってる。でもアタシにはそれしか思い付かなかったのよ。O・・・・ごめんね。」
私「えっ・・・ううん。全然大丈夫だよ・・・・。」
大丈夫なわけ無かった。
私は母を恨みたい気持ちでいっぱいだった。
好きでもない人と付き合わせ、仕事も決められ、私の人生は母によってレールを決められていたようだった。私はただそのレールをなぞるように走るだけ。
しかし、母の気持ちを考えると協力せずにはいられなかったのだ。
母が次の言葉を発しようと口を開いた瞬間、リビングの外からドタバタと人の走り去って行く音がした。
私は
「しまった・・・・・」
と思い、急いでリビングを出た。
しかし、そこには彼の姿は無く、開け放たれた玄関のドアがゆっくりと閉まって行くのが見えただけだった。
ふと目が覚めた。
まだ外は陽など昇っておらず、カーテンの外は暗いままだ。
体を反転させ、そばに置かれた置き時計を見る。
予定より随分早く起きてしまったようだ。
目が覚めてしまった私は物思いに耽った。
久しぶりに夢を見たのだ。
私は綺麗に舗装された歩道を歩いていた。
しばらく歩いていると目の前に建物が現れた。
私はそれを見上げる。
ドアまで歩いていき、インターホンを押した。
するとドアが開き、人が出てきた。
私は目を見張った。
開かれたドアの奥にいたのは私だったのだ。
とても嬉しそうな顔で目の前の私は私自身を迎えた。
なんだか不思議な気分だった。
私はこの光景を覚えている。
しかし、思い出せない。
どうやら私の意思ではこの体を操れないらしい。
しばらくそこで話すと、中へ通された。
廊下を歩いていく。
途中、姿見があった。
私はそれを覗き込む。
鏡に写っているのは私ではなくKだった。
異常に口角が上がっており、不気味な笑顔がそこにはあった。
首もとには首輪でもしていたかのようなアザが付いている。
私はそこで目が覚めたのだった。
・・・・・ピピピ・・・ピピピ・・・・・ピピピピピピピピ
置き時計が耳障りな電子音を鳴らし出した。
私は時計に腕を伸ばし、スイッチを押し、音を止めた。
ベッドから出ると身支度を済ませ、玄関を出た。
予定通りの電車に乗れそうだ。
駅までの道のりの途中には商店街があるのだが、早朝のその道はいつも大人数のサラリーマンでごった返している。
その通りにさしかかると、果たして道は駅に向かうサラリーマンにうめつくされていた。
私は人の間を縫いながら歩いていく。
目の前には人の後頭部ばかりが目に入る。
しかし、よく見るとその中には一人だけ、人の波に流されず、ただこちらを向いて立ち尽くしている少年がいた。
人々は彼を避けながら歩を進めている。
・・・・・・・K?
あんな夢を見た当日にKに会うとは。
私はとりあえず彼に手を振りながら近寄ろうとした。
Kは私に笑顔を見せると、姿を消した。
私は目を疑った。
彼が一瞬にして消えたのだ。
辺りを見回してみる。
やはりKらしき人影は見えない。
気のせいか・・・・・全く・・・・変な夢は見るわで今日はなんだか釈然としないことが連続している。
私は再び駅に向かって歩き出そうとした。
「ここだよ」
耳元で誰かに囁かれた気がした。
私は咄嗟に振り返る。
しかし、誰もいない。
「ねぇ、ここだって・・・・S・・・・僕が見えるはずだよ。」
私は再び背後を振り返った。
店と店の間の狭い小道。
彼はそこにいた。
やはりKだった。
私はKを認識すると同時に、地面を蹴った。
狭い道に向かって走っていく。
私の胸の内は
Kに付いて行かなくては
という謎の感情に支配されていた。
Kは、小道の先にある店の外壁に設置されている、鉄製の非常階段を小走りで上っていく。
「K!待ってよ!俺も・・・・・俺も連れてってよ!」
私は無意識にそんな言葉を発していた。
何故か分からない。
いや、今の私は普通ではないのだろう。
そんなことは分かっている。
しかし、感情が抑えられない。
Kに付いていかなきゃ。
そんな感情が私の胸の内を支配している。
息を切らしながらも私は階段を駆け上がる。
こんな必死になって走るなど、いつぶりだろうか。
休憩もせずにこんな長い階段を駆け上がれるとは、自分に一体何が起きたのだろうか。
とにかく、今の私は尋常ではない。
十二分に承知している。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
早くKに追いつかないと・・・・・・
階段を最上階まで上りきる。
店の屋上に出た。
Kはその中央にいた。
肌寒い早朝の風が肌に当たる。
K「久しぶり、S。やっぱり俺のこと見えてたんだ。」
私「何言ってんだよ・・・K・・・見えて当たり前だろ・・・・。気味悪いこと言うなよ・・・・。」
私は息を切らし、今にも膝を付きそうな程疲れているというのに、それとは対照的にKは、何事も無かったかのようにそこに立っている。
K「ねぇ、S。付いてきてよ。一緒にずっと楽しく暮らそうよ。さっき言ってたじゃん『俺も連れてって』って。」
私「いや、あれは・・・その・・・」
Kの言っている意味が分からず、次の言葉をなかなか出せないでいた。
K「いいんだよ。そんな強要してるわけじゃないからさ。Sが決めなよ。」
私「・・・・K・・・・俺・・・・お前の言ってる意味がよく分かんねーんだ。まず、付いてきて、って、どこ行くつもりなんだよ。」
K「決まってるじゃんか。」
Kは相変わらず無表情で
淡々とした様子で話を進めている。
しかし、彼が次の言葉を発しようとした時、口角が異常な角度に上がりだした。
「一緒に死のうよ、S。」
私は次の瞬間、踵を返し、階段を駆け降りた。
一度も後ろを振り向かないまま。
一刻も早く人気のある場所に避難したかった。
「・・・・・そっか・・・・S・・・・君は付いて来てくれないのか・・・・。他の人が絶望に堕ちてしまうことになるのに・・・・。」
怖い話投稿:ホラーテラー アルミさん
作者怖話