私は煙草が止められない。私にとって、なくてはならない物。
煙草で自分を保っている。
幼い頃、火事になり家族を失った。
放火だった。
思い出の家と、家族が炎に包まれ焼けていった。
運良く私だけが助かった。
救急車に運ばれる時、野次馬の中に恍惚の表情を浮かべる男と目が合った。
男の表情は今でも忘れられない。
次の日、その男は放火の疑いで逮捕された。
許せなかった。
あの男は笑いながら私の全てを灰にした。
子供心に復讐を誓った。
大人になり、男は終身刑で復讐の機会がないことを知った。
あの時から、私は何も変わらない。
憎しみは薄まる事はない。ただ、一つだけ昔と変わった事がある。
あの時の、男の表情と気持ちを考えるようになった事。
一人の時は必ず、男の事を考える。
何故、火を点けたんだろう?
火を点けた時は、どんな気持ちだった?
私を見て、どう思った?
いくら考えても答えが出なかった。
その頃から、煙草を吸うようになった。
近所で火事が起こった。
心がざわめいた。
我を忘れ現場に向かった。
燃えてゆく家。
立ち上る黒煙。
記憶と重なっていく。
何故か、無性に煙草が欲しくなった。
我慢が出来ない。
後ろ髪を引かれつつ、その場を後にした。
帰り道、ウィンドウには目をギラつかせた私が映っていた。
不思議な胸の高鳴りを抑え、帰路を急いだ。
その日は眠れなかった。
自分の全てを奪った炎を考え、落ち着かず煙草を吸い続けた。
次の日も近所で火事が起こった。
居ても立ってもいられず、家を出た。
サイレンの音に胸が高鳴る。
煙の匂いが足を早める。
火事を目指し、現場に向かった。
炎から目を離せない。
離す気にもならない。
野次馬を掻き分け、特等席に立った。
禍々しい炎に、引き込まれそうになる。
近付き過ぎて、消防士に止められ我に帰った。
消防士、それに野次馬が不振な目で私を見ている。
仕方なく、重い足を引き摺り、その場を後にした。
昨日と同じく、落ち着かない。
酒を煽り、煙草に火を点ける。
今の自分が気になり鏡を見る。
唇を歪ませ、ギラギラと目を輝かせる私がいた。
眠気が訪れるまで、煙草を吸い続けた。
次の日のニュースで、二件の火事の原因は、放火だと知った。
胸が大きく脈を打った。
あの時の答えを得られるかもしれない。
どうしても、放火魔に会ってみたくなった。
それからも、火事は頻繁に起こった。
その度に、現場に足を運んだ。
幾度と眠れない夜を過ごし、煙草の数が増えていく。
いつもの様に、現場に行くと、野次馬の中に私と同じ顔をした人を見つけた。
よく見ると、いつも野次馬の中に居た人だった。
惹き付けられるように近付き、声をかけた。
色々な事を話した。
驚く程、自分の境遇と似ていた。
初めて自分と同じ人間を見つけた気がして嬉しかった。
彼も同じ気持ちだと言った。
好きになるのに、時間はかからなかった。
二人で居る時は楽しかった。
孤独な自分にとって、一緒に居てくれる事が堪らなく嬉しかった。
彼と居る時だけは、煙草を忘れられた。
ただ、私達が狂ってる事も解っていた。
会話は殆どが、火事や放火の事。
それでもいいと思い、二人で時を過ごした。
幸せだった。
やがて、少しずつ私達は変わって行った。
幸せな時を重ねて行く中で、復讐心が薄れ火に対する興味がなくなって行った。
ある時、彼が息を切らし興奮しながら、仇が見つかったと言った。
幸せの中で、忘れかけていた何かが蠢くのを感じた。
彼は復讐してやると言い、私が止めるのも聞かず、行ってしまった。
落ち着かない。
心配で堪らない。
幸せが、何処かに行ってしまいそうな気がして怖い。それに、何かを期待するような感情が湧いてくる。
やっと、彼が帰ってきた。彼は、目をギラつかせ笑っていた。
それに、焦げたような匂いがした。
匂いで、何をしてきたか解った。
彼の顔を見て、悟った。
幸せは何処かに行ってしまった。
その日を境に、彼は変わってしまった。
いや、昔の彼に戻ってしまった。
彼が口にするのは、復讐の時の事だけになった。
どうやって、犯人を殺したか。
止めは燃やしてやった。
火を点けた時は、快感だったと。
彼は私に語り続けた。
話を聞く内に、私も昔に戻っていく気がした。
止めていた煙草を、また吸うようになった。
いつからか、彼が私を見る目がおかしい事に気が付いた。
その目は、私の全てを奪った男とそっくりに見えた。彼の事が怖くなった。
それよりも、何かを期待する自分が怖かった。
いつか私も彼に……
彼に気を許す事が出来なくなった。
それでも、彼が好きだった。
恐れていた事が現実になった。
彼が、寝ている私の布団に火を点けた。
熱と痛みに飛び起きた。
右腕がジリジリと焦げていく。
半狂乱で転げ回り、火を消した。
必死な私を、目を輝かせ見ている彼が怖かった。
事が済んだ後、彼が謝ってきた。
悪かった。
好きで好きで、仕方なかった。
想い続けた人間に火を点けるのは快感だ。
恨みも愛も同じだ。
お前もやれば解ると。
煙草に火を点け彼を許した。
窓に映った私は、彼と同じ顔をしていた。
それから私は完全に変わった。
考える事は一つだけ。
彼に火を点けると、どんな気持ちがするか?
何度も実行に移そうとした。
一度でもやると、引き返せなくなる事は解っていた。その度に、煙草を吸い踏み留まった。
元に彼は、何度も私を燃やそうとした。
それでも、彼が好きで離れられなかった。
煙草の量だけが、際限なく増えていく。
少しずつ焦がされていく日々の中で、ある事に気が付いた。
私は、煙草が吸いたかったのではなく、煙草に火を点けるという動作が自分を抑えていた事に。
そして今日も私は、寝ている彼を見ながら煙草に火を点けた。
終
怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん
作者怖話