昔からその山には霊が宿り、それを怒らすと悪い事が起こると言われている場所がある。
母親の田舎ではそういった言伝えがあり、幼い頃から昔話のように聞かされていた。
その山はカブト虫やクワガタが良く捕れて、オオクワもいる事もあった。
私が小学3年生の時に一つ上の従兄とカブト虫を捕りに行こうと目論んでいた。
親戚の家からは道路を渡り清水の流れに沿って10分程行けばカブト虫のポイントがあるのは承知していた。
そこのポイントは伯父に教えてもらった場所なので、大人達にはそこに餌(蜜)を塗りに行って来ると言い、2人で準備を始めた。
「入口にある神様に挨拶してから入るんだよ。」
祖父に言われ、『は〜い!』と返事だけはしといて足早に向かった。
道路を渡り山に入る。少し行くと山道の入口にある神様(立派な石碑?)に手を合わせて《せぇーの!》で走り出した。
ポイントのクヌギはいかにも居るぞ!と思われる大きな木。
出てきそうな所には蜜を塗りたくっていた。
しばらくすると草木を踏む足音が聞こえてきた。
それも数名いる…。
肩車をしてもらい上の方に蜜を塗っていた自分は足音のする方向に顔を向けると徐々に姿が見えて来た。
「お前等、ここらの者じゃねぇな。何処の者だ!」
そう言ってきたのは自分達より少し体が大きい少年だった。
「神山の親戚だ!」
自分がそう応えると一変して、
「そうか!神山の爺ちゃんの孫か…。(祖父は元村長)じゃあ、一緒に峰球磨(みねくま)の大椪に行かねぇか?俺達も初めて行くんだけど…。道は大体、知ってるから!」
その少年は仁と言って近くに住む小学6年生。その他の悪ガキ5人組だった。
山の奥に行くなと言われているし、慣れてないからいいよと断ると、
「そうか…。必ずオオクワ、捕れると言う噂なんだけどなぁ…。」
その言葉に従兄と顔を見合せるとアイコンタクトで《行こう!》となった。
奥に行くにつれて道も険しくなり、獣道のようになってきた。
この山は差程、標高が高くない山だが様々な木々がしげっており、奥になるにつれて山道が無くる。それに昼間でも薄暗く、上りが急なので子供の足にはちょっと辛い。
「もう少しだと思うから…頑張ってな!」
すると…圧倒的に周りの木々とは違う大木が目に入った。
「…あれが峰球磨の大椪だ…。せっかく来たんだからお前等の為にオオクワ、捕ってやるよ!」
仁はなかなか良い奴だった。一緒にいた友達もニコニコしていた。皆は一斉に木に登ったり、穴を覗いたりしてカブト虫やクワガタを探してくれていた。
30分くらい経っただろうか?
先程までカンカン照りの晴れだったのに、ポツポツと雨が降って来た。
「よし!帰ろう。」
仁が言うと従兄が指を差してこう言った。
「あの建物に雨宿りしようよ!」
「…建物…?」
仁は不思議そうに首を傾げた。
すると一緒にいた友達が何かを思い出したように、
「じっ…仁、あれって…」
仁もハッとして、
「まさか…猟殺呪獣…。」
その建物は少し上にあり、パッと見ただけでは木の影に隠れて判りづらい。歩いて行けば直ぐに着ける距離。あれは何だと自分が言うと仁は取り敢えず山を降りようと言うだけだった。
その時…。
「ギャアーオゥゥー!」
気が狂ったように従兄がその建物に向かって走り出した!
「グルルルゥゥゥー!」
獣のような唸り声をあげてこれが本当の《猪突猛進》。一直線に走っていった。
「行っちゃ駄目だ!皆、捕まえろ!」
しかし、あまりにも速すぎるうえに足場も悪い為、追いつけなかった…。
従兄は建物の裏へと消えてしまった。
「ねぇ、あの建物は何だか教えてよ!」
仁は一息付いて、話し始めた。
「村の伝説なんだけどな、…あの建物はこの世のモノじゃない…。いや、正確に言うとあの中に纏られているモノがこの世に居てはいけないんだ…。封じ込められているんだ。この山には昔、山賊がいて旅人を襲ったりしていた。そのうえ山の獣達をも無差別に殺し、貪っていたらしい…。
そこでこの土地にいる役人・狩人・村人達が力を合わせて山賊を殺しに行った。
山賊を全員捕まえてその場で火炙りにしたんだ…。
翌朝、死体の処理に行くとそこには熊や狼(大昔はいたそうだ…)などの肉食獣がその死体を食べていたらしい。
獣達も恨んでいたんだろうと語り告がれている。人の肉を食った獣達は皆殺しにされた。
しかし、その後でも同じ場所で不可思議な殺人が続き、人々は山賊やそれを食った獣達の呪いだと噂が立ち、お堂を造り封じ込めたと伝えられている。」
仁は友達2人を下山させて大人を呼びに行かせた。
「あの建物は《猟殺呪獣》と言う御札を貼って、年に一回この村にあるお寺の住職やお坊さん達が来てお経をあげ、霊を封じ込め続けているって聞いている。」
建物に近づき、従兄が向かった裏に回ると何か引っ掻く音が聞こえてきた。
裏に行くと従兄が一心不乱にお堂の戸を猫が爪を研ぐように引っ掻いていた。
「宏ちゃん(従兄)、何やってんの!帰ろうよ…。」
自分が従兄の肩に手を掛けた瞬間、物凄い力で吹っ飛ばされた。
「グルルルゥゥゥー!」
従兄は完全に乗り遷られていると確信した。
その時だった。
『お前達、ここで何してる!』
そこにいたのはボロボロの袈裟に少林寺拳法で着るような着物(そうとしか説明できない格好)をまとったお坊さんらしき人。
ワラをも掴む思いで理由を話すと従兄のそばに行き、
『少し気を失わせるがよろしいか…?』
自分が頷いたその時、
従兄の額に手を添えた。
すると、崩れるように倒れた。
お坊さんは従兄を支えると優しく寝かせた。
『もう大丈夫です…。しかし、別の死んだ獣の霊がこの周りにはいます。憑かれやすい人は近寄ってはいけません。今直ぐにでも此処から離れてください。』
仁達が従兄をおんぶして建物から離れようとした時、
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン!
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!
建物の中から何かが暴れる音がした。
自分達は恐ろしくなり、急いでその場から離れた。
『後ろを振り向かずに直ちに立ち去りなさい!』
山を降りる時に従兄が意識が無い筈なのに、
《…もう少しだったのに…また…あの野郎…。》
そう言ったのだ。
「今、コイツなんか言ったろ?」
おんぶしていた仁は気味悪がっていた…。
獣道から山道に変わる頃、従兄は目を覚ました。何も覚えてはいないし、頭が痛いと泣き始めてしまった。
「取り敢えず、一休みしよう…。俺も疲れた。」
皆で流れる水をカブ飲みしながら、体と気を休めた。
陽も暮れてきて帰路を急いだ。
すると、下からは大人を呼びに行った奴等が見えた。その後ろには大人達もいる。その中には祖父の姿もあった。
そこで初めて安心…。自分も泣いてしまった…。
家に帰るとこっぴどく叱られたのは言うまでも無い。
従兄は祖父と一緒に真っ直ぐお寺に行き、その日は帰って来なかった。
翌日に祖父が話してくれた事は仁が言っていた事とほぼ同じ。
しかし、その後の話がある。
「…お堂が出来た後も怨念が強く、憑かれてしまう旅人がいてな…。年に何人か呪い殺されたんだ。そんな時にある若いお坊さんが来て、完全に封じ込めなければならないと言い、自らが犠牲になり封じ込めに成功したんだ。しかし、時が経つに連れ、再び被害が出てきた。さすがに死人は出なかったんだがな…。お坊さんの犠牲も実らかった。でもな、そのお坊さんは村の住職には伝えていたそうだ。
自分が犠牲になってもこの怨念は封じ込めるのには限界がある。だから年に一度、お経をあげて御札を貼る儀式を行う事。その御札はお坊さんが作った《猟殺呪獣》と書かれてある神聖なる物なんだ。
…自分達を助けてくれたお坊さんこそがその人だったのかと思った。
それを祖父に話すと…。
「…そうか…。お坊さんが来てくれたのか…。
言伝えは本当だったんだなぁ。
そのお坊さんはな、村の住職にはこう言ったそうだ…。
『自分が死んでも供養しないでほしい…。このお堂が見える所に埋めてほしい…。この獣達が出ないよう、命断っても見張ります。』
伝説だと言われていたんだが、本当に助けてくれたんだなぁ…。」
祖父は目に涙をいっぱい溜めて言葉を詰まらせてた。
村のお寺にはそのお坊さんの肖像画が飾られていた。
その顔を見るとやはり、あのお坊さんに似ていた。
大人になってからも母親の田舎に行くと村のお寺に行き、肖像画の前で手を合わせている。
…終…
怖い話投稿:ホラーテラー 玄割蠣さん
作者怖話