人里離れた山奥にその洞窟はあった。地元住民は死神がいると言い、近寄る事もない…。
動物学者で大学教授の池谷は自分の教え子3人を連れ、野生動物の生態を観察する為にある山へと向かった…。
その山奥には洞窟がある。中から湧水が流れ、入口にはいろんな種類の動物がそれを求めて来る。
言わば《命の水》なのだ。
池谷は向かう道中で学生達にそんな話をしていた。
まずは山へ行く前に、麓の村で詳しい話を聞きたいのでそこへ車を走らせた。
「先生…。ナビが反応しないよ。村の名前、これで合ってます?」
「おかしいなぁ………。
じゃあこの地図で行くしかないな。」
「先生ぇ…。これ、8年も前の地図じゃん!こんなんで大丈夫ですか?」
その古い地図を頼りに車を走らせた。
1時間程走るとGSとコンビニがあった。
「よし!燃料入れてコンビニで食い物でも買って来るか!」
「先生、店の人に場所も聞きましょうよ。」
「そうだな!」
燃料を入れ、買い出しの後に店員に聞いた…。
「あぁ…。ここから1時間くらいで着きますが…。
あの村に何か用事でもあるんですか?」
店員が不思議そうな顔をして反対に質問された。
「いや、村には用事はないんだ…。〇〇山の洞窟に行くから…。その村が麓と聞いたんで…。」
その店員は手を止めてこう言った…。
「きっ、鬼狸狐の洞窟…ですか?」
池谷はそう言う名前なのか?と訪ねると、
「この地では、そう呼ばれています…。本当に行くんですか?」
店員はしつこく聞いてきた。
その為にここに来た事を告げると、
「…お気をつけて…。」
店員は目を合わさずにそう一言だけ言って、袋に詰めた品物を渡した。
車中ではさっきの事が引っ掛かっていた。
学生の加藤がある提案を出した。
「先生、店員の態度が気になるんですけど…。
村が見つからなかったら引き返して△△山にしません?ここからなら距離ないですし…。」
「…でもなぁ。〇〇山の洞窟には他では見られないものが有るそうなんだ。
それを確かめたいんだよ…。しかし、危険を伴うような所であれば止めにしよう!安全第一だからな!」
加藤は池谷の言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろした。
その時、助手席に座っていた森田が何かを見つけ指を差した。
「あの看板、〇〇村って書いてある…。曲がれば良いんじゃないですか?」
「よし!行ってみよう!」
看板には村の名前が書いてあり、そのまま進んだ。池谷達を乗せた車を誘導するかのように次々と案内の看板が出て来る。
加藤はおかしいと思い、一度車を停車して確認しようと促した。
「ちょっと変だと思うんですよ…。看板は次々出てきますが距離は書いてないし、あまりにも看板と看板の間が短いし…。何か、変ですよ。」
すると外に出て一服していた森田と瀬田が、
「あれ、そうじゃない?」
山間部を見ると村らしき場所があった…。
「着いたじゃないか。大きくない村だな…。もう陽も暮れて来たし、テントを張れる場所を誰かに聞こう。」
池谷は呑気にそんな事を言って再び村へと車を走らせた。
村に着くと閑散として、人の姿が見えない。
川沿いに水車小屋があった。
「水車が動いているから誰かいるだろう?ちょっと聞いて来る。」
池谷は小走りに水車小屋に行った。
時計を見ると6時過ぎ…。
夏と言えども、辺りは暮れ泥んできた…。
すると、反対の山の斜面から男性2人が降りてこちらへ歩いて来た。
「あんたら、こんな時間にここに何のようだ?」
いきなりの質問に加藤はちょっとムッとした口調で、
「我々は東京の大学から動物の生態観察でこの山に来た者です!」
「ハァ〜?〇〇山かね…。もしかしてあんたら、鬼狸狐に行こうとしてないか?」
ここでもその名前が出てきた。
「さっきもその名前を聞いたんですが、そこはいったい何なんですか?」
加藤は男性達に聞くと、
「とりあえず、ここは危ねぇから、いったん出よ!」
危ない?
ここは村だぞ?
「いや…陽も暮れてきた事なんで、テントを張ろうかと…」
そう言った瞬間男性は、
「馬鹿野郎!この廃村に泊まるっつうのか!?
ここは土石流で村人のほとんどが死んだ所だぞ!
ここは呪われている場所だ…。悪い事は言わねぇから出るんだ!」
でも、池谷が水車小屋に行った事を言うと…。
「す、水車…小屋?…。」
男性達は目をまんまるにして、驚きを隠せない様子で一言…。
「水車小屋は流されているんだ…。何であんたらが知ってんだ?」
加藤はえっ!と思いながら川沿いを見ると……。
水車小屋は無かった。
「先生ぇー!」
「いいか!とりあえず逃げんだ。一度、俺達の村に行ってから対策をねるべ。なっ!時間が無い…。一緒に来い!」
男性達の言う事を聞き、一緒に村へ向かった…。
加藤は池谷を探しに行くと森田と瀬田に言うと、
「一人じゃ危ないから俺達も一緒に行く。」
共に行動しようと話し、男性達には先に行っててくれと頼もうとして振り向くと…。
???…。
男性2人の姿は無い…。
「あれ!?いない…。」
すると、川の方から声が聞こえた。
「おーい!大丈夫かぁ?」
池谷だった…。
森田がボソッと、
(お前が大丈夫かっつうの!)
その通りだと頷いた…。
池谷はびちょびちょに濡れていた。話の内容だが、水車小屋の中に入った途端にそこはもう川であった。
狐につままれたかのように川に落ちたと池谷は言ったのだ。
「先生、直ぐにでも此処から出よう!」
再び車に乗り込み、エンジンをかけた…。
キュルルルルッ…キュルルルルッ…キュルルルルッ…。
エンジンがかからない…。
「どうすんだよ!ヤバイよ!」
瀬田が半ベソをかきながら呟きはじめた。
その時だった…。
加藤が後ろを向き、叫んだ。
「なんだ!あれ…。人か…?大勢いる…?そんな筈はない…。」
それは確かに棒や釜を持った人々に見えた。
「何か…言ってるぞ!呪文のように聞こえる…。」
その間も池谷はエンジンをかけていた。
「もう直ぐ近くに来た!」
キュルルルルッ……ブゥオォンッ!!!
「やったぁー!」
速攻発進して、難を逃れた…。
来た道をひたすら走った。
おかしい…。あれ程あった看板は見ないし、出口に近づかない。
「来た通りに走っている筈なのに…どうしてだ?」
辺りは真っ暗ですっかり夜になってしまった…。
「ちょっと空気でも入れ替えるとするか…。」
瀬田がボタンを押し、サンルーフが開いたその時だった…。
《…ひゃはははぁぁー…》
人間なのか動物なのか判らなく、目が赤く光った化け物がサンルーフの窓から顔を出して、薄気味悪い声で笑っている。
「瀬田ぁー閉めろ!」
時すでに遅く、手で抑えられていた。
その手を見ると毛むくじゃらで人間の手とは違うモノであった。
瀬田はボタンを押しながら自分のZIPPOに火を着け、その手に押し付けた…。
《ギャアアアアアー!》
サンルーフは閉まり後ろを振り返ると化け物は車から転げ落ちていた。
「何なんだよ!あれは…」
静かに池谷が話し始めた。
「山奥の洞窟にな…新種の生き物がいるらしいんだよ…。昼間も話したなぁ?でもな、そこは地元の人も近づかない死神が住む洞窟と昔から言われている所なんだ…。
生態観察なんかが目的じゃないんだ…。すまん…。
だが、その新種が見つかれば…大発見だぞ!」
加藤は山を降りて帰らしてほしいと池谷に告げ、瀬田もそうしたいと言った。
「おいおい。困らせないでくれよ…。此処まで来て何を言ってるんだ。
最後まで付き合ってもらうよ…。あっ、途中までにするか…。」
どういう事が起こっているのか、この場では見当もついていない。
知らぬまに、村に舞い戻っていた。
車を止めると池谷は信じられない事を言った。
「森田…。その2人を縛れ!」
「はい!」
加藤と瀬田は愕然とした。
森田もグルだったのだ。
「悪ぃーな!金も名誉も欲しいんで!」
池谷は自分の目的と計画を話し始めた。
「この洞窟を知ったのは約8年前…。私の先輩がある発見をしたんだ。
その人は山登りが趣味でねぇ、友人と2人で〇〇山に登った時に偶然、鬼狸狐の洞窟を見つけたんだよ…。
洞窟の奥から湧水が流れていてねぇ、その水もフランスのエビアンのような素晴らしい水だそうだ!
さらに奥に行くと、小さな地底湖が出てくるそうなんだ。そこが、《命の水》なのだよ。
地底湖と言うには小さすぎるかな?地底池だな。
その新種の生物達を捕まえて研究して金儲けするんだよ!どうだい…名案だろ?その中に見た事の無い生き物が居るんだぞ…世紀の大発見だ!
その時にな、一緒に来ていた友人が洞窟の中で行方不明になってしまったんだ。
先輩も山を降りて助けを呼びに行く途中、崖から落ちて帰らぬ人になった。
先輩のリュックの中に鬼狸狐の洞窟に行く道順と新種の写真とちょっとしたメモ書きが見つかったんだ。」
加藤が村で見たモノと車の屋根にいたモノは何だったのか聞いた。
池谷も知らないと答えた。
さらに池谷は…、
「この村は呪われていると思うよ。あの幻(水車小屋)は本当に焦ったよ。それに来た時は普通の村だったのに、いつの間にかボロクソになっているんだもんなぁ。
生け贄として、瀬田を置いて行こう!」
そう言うと瀬田を誘導して、今にも潰れそうな小屋に入れ、さらに柱に縛った。
池谷は暴れる瀬田の側に行き、何かを押しつけた瞬間、瀬田は痙攣した。
池谷はスタンガンを車の中に常備していた。
「よし!化け物が来ないうちに行こう。
森田、運転頼む…。」
加藤を後部座席の奥に乗せ、自分は三列シートの一番後ろに座った。
加藤がさっきの男性達に聞いた事を池谷に話した。
「なぁ、先生。あの村、土石流に埋もれたって知っていたの?」
池谷は知らないと答えた。
「…誰から聞いたんだ?」
「さっきの男性達…。」
池谷は眉間にシワを寄せてはこう呟いた…。
「…そいつら…何モンだ…?」
森田が男性2人の見た目や特徴を池谷に説明…。
しかし、あまりにも説明の仕方が下手くそな為に池谷はイラつき始め、加藤に聞いてきた。
「加藤!その男2人は何モンだと思った!
反対から降りて来たと言う事は、まさに洞窟がある方向から来たんだ…。しかしだ!この土地の人間は絶対に近寄らない場所。」
森田が口を挟むかのように、
「あれは幽霊だ!途中で消えたし…。振り返ったら居なかったよな…加藤!」
加藤はゆっくりと口を開き、
「あの場で俺達は話しをして立ち止まっていただろう?声を掛けずにいたら、先に歩いてもおかしかないと思うが…。」
「まぁ、いい…。山の裏側から洞窟を目指す事にするんでな!だいぶ、遠回りだが仕方ない…。」
車はそのまま走った…。
その頃…。
小屋の中で気を失っていた瀬田が目を覚まし始めた。
縛られているうえに、闇の中…。へたれな瀬田は半ベソではなく、完全に泣いていた。
「俺はどうなっちまうんだ!しっ、死にたくねぇ…」
その時だった…。
気配を感じた、と同時に誰かいる。
(絶対に呪い殺されるか、食い殺されるんだ!どっちも嫌だなぁ…。)
コン・コン…。コン・コン…。
誰か壁板を叩いた。
(とうとう、来た…。)
諦めかけた…。
「誰か…居るのか?」
人の声だ!瀬田は力一杯、大きな声で叫び、
「縛られて動けません!怪しい者じゃありません…。お願い、助けてぇ!」
それは、正真正銘の人間?山男風の大柄な男性であった。
「大丈夫?何故、こんな所に…?」
瀬田は涙と鼻水を流しながら一部始終を話した…。
瀬田の話を全て聞き終わると、その男性の口から思ってもみなかった名前が出て来たのだ…。
「そいつ…〇〇大学の池谷じゃないか?」
「えっ?何故、貴方が先生の名前を…?」
「僕も彼等に騙された一人だ!僕は池谷の一つ上で安本と言う者だ…。」
「えっ?崖から落ちた先輩ですか?…死んだんじゃ…?」
「あぁ…。正確に言うと崖から落とされたんだ!
話の内容は知っているのかい?」
瀬田が頷くと安本は話し始めた…。
行方不明になった友人を捜索する為、無線連絡をした後に下山を決意して山を降り始めた。
急な崖に差し掛かった時、行方不明の友人が後ろにいた。その友人は近寄って来たかと思いきや、安本を崖から突き落とした。
「不幸中の幸いで崖じたい高くなかったうえに木や草がクッションになって助かったんだ。突き落とした時にソイツは僕の書いたレポートと写真をよこせと言ったのを思い出し、ヤツは僕を探しに降りて来ると思った。」
予想通り、その突き落とした友人は安本のリュックを持ってその場から居なくなった。チラッと見て死んでいると思い込んだのだろう…。触ってまでの確認はしなかった。
安本は機転をきかせ、必要最低限の物はポケットに入れておいたそうだ。
命は助かったとは言え、崖から落ちたのだからしばらくは動けなかった。
偶々、通った近くの村人が助けてくれた。
「何故、先生は貴方が死んだと思っているんですか?」
「それは僕が死んだふりをしていたからだよ…。リュックだけを僕から離しといた。僕自信が見える距離にね…。目的はリュック。中を確認したら僕には目もくれず立ち去ったよ…。
(これで池谷と俺は左うちわの右扇風機だな!)
そんなくだらない台詞を言ったおかげで、池谷の陰謀だと判ったんだ。」
安本は昔から、《鬼狸狐の洞窟》の調査と研究をしていた。しかし、この洞窟にはいろんな噂があり、慎重に事を進めなければ人命に関わると考えていたのだ。
「僕の研究を一番、理解していたのが池谷なんだ。
でも、昔から野心家でね。それと、親が製薬会社の会長なんだよ。大学にも献金を相当入れているらしいんだ…。
池谷は僕の研究を横取りしたんだよ。あいつは人を騙すのは天下一品だよ。あいつは本物の悪党だ!
僕を突き落としたヤツは池谷に莫大な借金があって、そこを漬け込んだんろう…。薄々、判っていたけど…まさかね…。」
「でも、貴方の家族に…連絡は…?」
「僕は養護施設で育ったんだ。従って家族は居ない。自分の能力でここまでやって来たんだ…。
さて、じゃあ君も一緒に来るかい?…村に。
ここに長居は無用だ!君も知っている通りこの村は土石流で無くなった所。
浮遊霊がいる。それだけなら良いが自分が死んだとは判って無い奴も居る…。これが厄介なんだ。さあ、行こう…!」
瀬田は一安心して、安本の後を着いて行った…。
(加藤…大丈夫かな?)
その時、山奥から異様な空気が漂い出した事には、気付いていなかった…。
山の裏側についた池谷達は車を置いて歩き始める。
加藤は逃走防止の為、手錠をはめられて尚且つベルトには紐を付けられた。
池谷を先頭に3人は懐中電灯を付けて山の中に入った。
「逃げたければ逃げても良いよ。この山は呪われし山だからどうなるか判らないけど…。まっ、一緒に居ても何かあったらお前を生け贄にするから、お前が生き残る確率はほぼゼロだ。」
「先生っ…裏側からだと、どれくらいの時間で洞窟に着くんですか?」
歩き始めて約1時間、疲れを見せた森田が聞いた。
「麓から昼間歩いて2時間弱…。裏だからプラス1時間と見てる。」
次は加藤が質問…。
「瀬田はどうなるんだ!
あんな所に置いて…。あんたは悪魔だ!人殺しをしているようなモンだぞ!」
「はははぁ…。悪魔?人殺し?…。私にとっては褒め言葉だよ。人殺しと言っても自分の手を汚しているわけじゃないから、ピンとは来ないがね…。こんな事は始めてじゃ無いからさ!」
しばらく歩いて行くと…、
ザアァァァーーー!
小さな滝が出て来た。
「先生!ちょっと水…飲ませて…!」
池谷が良いと言う前に、森田は加藤が繋がれている紐を渡し、滝壺へと走って行った。
「…チッ!しょうがない奴だ。
だがこの小さな滝が出て来たと言う事は、この上に洞窟があるな…。あと30分から1時間も行けば着くぞ…。とうとう私の夢が叶う時が来た!」
加藤がふと気が着いた。
「森田の声が聞こえない…。直ぐそこですよね?滝壺は。」
池谷が滝壺の方に懐中電灯の光を当てるとそこには………、
森田の姿は無い…。
「先生!森田が居ない。どうするんだ!洞窟は諦めて下山しよう…。あんた、命を無くせば夢も何も無くなっちまうぞ!」
「いいから来い!この場から離れるぞ。」
滝の上に登り、流れ来る水に逆らうように進んで行った…。
同じ頃……、瀬田は安本の案内で山道を歩いて村へ向かっていた。
瀬田は歩きながら不思議な事に気が付いた…。
安本は懐中電灯や松明を持っている訳じゃないのに、暗く足元の悪い山道をスイスイ迷い無く歩く。
「安本さん、こんな暗いのに良く見えますね…。」
「月明かりだけでいつも歩いているから…。慣れれば誰にも出来るよ!」
そんなもんか?と思い、そこは流した。
しばらく歩くと小さな村が出て来た。村の入口に2人の男性がいた。
その姿を見た瀬田は、
「あっ!さっきの…。」
先程の村で出会った男性2人…。
「おっ!?、お兄ちゃん無事だったのかい?
あと2人のお兄ちゃんはどうした…。」
安本が説明をすると、話しをそこで止めて…、
「疲れたろう?少し休んでそれから考えよう!」
しかし、瀬田は今直ぐに洞窟に向かって池谷を捕まえたいと安本と男性2人に頼んだ。
「疲れは無いか?大丈夫なら直ぐに行こう。此処からは30分くらいだから…」
再び、瀬田達は歩き始めた。
歩いている時に何気無しに瀬田は振り返り、村を見た時に体が震えた…。
さっきまで居た村が土砂の中にあった。少し高い屋根や電柱、煙突らしき物が見える程度…。
何がなんだか訳が判らなくなり、気が狂いそうになるを必死に堪える…。
そんな時に安本が声をかけた。
「あの2人は僕が倒れている所を助けてくれたんだ。それで僕はあの村でお世話になっているんだ…。」
瀬田は何がなんだか判らなくなり、返事も出来なかった。
先を歩く男性2人が叫んだ。
『着いたぞぉー!』
声がする方角に顔を向けるとそこには月明かりに照らされた洞窟が大きな口を開けていた…。
「…こっ・これが、《鬼狸狐の洞窟》。」
安本は静かにこの洞窟の説明を話し始めた。
「この洞窟を廻り、九尾の狐と化け狸の争いがあったと伝えられている。
その争いに横から割って入ったやまんばが鬼と組み、狐と狸を殺し、この洞窟を乗っ取った…。しかし、狐と狸の怨念がこの洞窟の入口を大岩で塞いでしまった。
洞窟の中にはやまんばと鬼達を閉じ込めたまま…。
時が経ち、この近辺で大地震があった。その地震で塞がれていた大岩が崩れ、中にいたやまんばや鬼達は出て来てしまい、人々に危害を加えた。その後、やまんばや鬼達は退治されたが、元から居た狐と狸の怨念は消えず、今に至ると言う事なんだ…。それを必死に鎮めようとやっていたのがあの土石流に埋まった村なんだ。思い虚しく潰されたんだな…。」
その時だ…。
「ご説明、有り難う!安本さんお久しぶりです…。」
池谷が来ていた。
加藤の姿を見て瀬田は、
「加藤!生きてたか!」
「瀬田!無事だったか!」
池谷は加藤の髪を掴み、首にナイフをあてた…。
池谷は自分の持っていたリュックを安本に投げ、
「安本さん…。その中に入っている物で洞窟の中にいる生物を採って来てください。間違っても逃げないでください。時間は30分…。戻って来なければ加藤は死にます…。
瀬田もそこの2人も一緒に行け!」
安本は池谷を睨み、一言残して洞窟に入った。
「お前、良い死に方しないぞ…。」
池谷は鼻で笑った。
リュックの中から懐中電灯を取出した。
「君が電灯を持っていなさい。僕達は目が慣れているから大丈夫。」
安本は懐中電灯を瀬田に渡した。
少し歩くと直ぐに池のような水溜まりが出て来た。
「ここに新種がいるんですか?」
「うん…。確実にいるんだ。えーっと……………ほら!そこ!」
安本が指を差した所には小さなトカゲのような生き物がいた。山椒魚のようにも見えたがそれとは違う、見た事の無い生き物である。
その生き物を渡された入れ物にそっと入れ、洞窟を出た。
「ご苦労様、じゃあ…リュックと入れ物はそこに置いてくれるかな?
その後は瀬田!これで3人を縛れ。キツくなっ!」
池谷は加藤が繋がれていた紐を瀬田に渡し、安本達を縛るように命令。
「お前はどこまでも卑怯な奴だな…。」
安本は苦虫を噛み潰したような顔で池谷を睨み付けた。
後ろ向きに紐で3人の腕を縛り、それを池谷が確認。
池谷は懐中電灯を加藤に持たせ、
「全員、洞窟に入れ!」
「こんな状態で歩けるか!」
「ゆっくりで良い、歩けよ…ほら、歩けよっ!」
洞窟の中に入ると加藤が付けていた手錠を外し、今度は瀬田の腕と安本の足首に手錠をはめさせた。
「これで誰一人として自由は無くなったな…。
安本さん、貴方も運が無い人だ…。これが運命(さだめ)と言うもの…。育ちの差かな?はははぁぁぁ…」
そう言い残し、洞窟をあとにした…。
その時、山の奥から何かが聞こえる…。
「ん?なんだ…。」
満点の星空が一変して暗闇になり、
「やっ、山の天気だ…。こういった事もあるさ!」
立ち去ろうとした、その時だった…何かが洞窟の方に向かって来た。
大勢の人々が歩いて来る。
「村で見たモンだな!?よし加藤、お前が生け贄だ!」
池谷は加藤の両太ももに持っていたナイフを突き刺した!
「ぎゃあぁぁぁー!」
その場に倒れた加藤を残して池谷は走り去った。
「適当でも下れば何処かにつくだろう!」
池谷はひたすら山道を下った。
すると!
「…あっ、あぶねっ!」
そこは崖だった。
「勢い余って突っ込むトコだった!はははぁぁぁ…。どこまで運が良いんだ。」
そう笑っていた…。
「運はそこまでだな!」
!!!!!っ
後ろには安本がいた…。
「はぁ?何でだ。」
安本は池谷に近づき、こう言った…。
「池谷ぃ…。その崖はなぁ…俺が落とされた崖だ。
ハハハァァァ…。お前の言った事は本当だ。これが運命(さだめ)なんだなぁ…。地獄に落ちろ!」
そう言って、安本は池谷を突き落とした…。
あああああぁぁぁぁぁー
安本は洞窟の前に戻った。加藤は歩けないものの傷も浅く、男性2人が処置をしてくれたおかげで大事には至らなかった。
東の空はゆっくりと明け始める頃、安本を見た瀬田がびっくりした顔で言った。
「や、安本さん?貴方…もしかして…。」
「あっばれちゃった?
そう、僕達はねぇ…この世のモノじゃ無いんだ。」
陽の光が差すと同時に、安本の体が透き通って見え始めた…。
安本の話しでは助けられた村でも災害が起こり、土砂に埋もれて村人全員、無くなったそうだ。
「僕は生きていた時に恨みの念を持ってたせいか、浮遊霊になっちまった!(小さな声で…)因みにそこの2人は自分が死んでいる事が判ってないんだ。
あっ!?安心して…悪さはしないから…。」
朝日が昇るとだんだん安本の姿は消え出した。
同じように男性2人も見えなくなっていた。
「リュックの中に携帯が入っていたから救助を呼びなさい!電波はバリ3だったから…。《鬼狸狐の洞窟》って言えは通じるよ!君達に会えて良かった!有り難う…。」
そう言って消えて行った。
「安本さん、恨み晴らしたかったんだな…。」
「あぁ…でも、憎むのも憎まれるのも嫌だな!」
山の向こうには太陽が顔を出し始めた…。
「でも、良く抜け出せたなぁ?」
「知らぬ間に安本さんが紐解いてくれた…今考えたら幽霊縛ってどうすんだって話だよな!…あっ!そう言えば、森田は?」
「うん…。消えちまった」
「…うっ…、う〜ん…。
此処は…何処だ…?
真っ暗で何も見えねぇーぞ…。
ちょっと、一服すっか?
カチッ……ジュポッ……」
「ぎゃあぁぁぁー!」
森田の目の前には、目が赤く光った化け物がいた…。
その化け物の腕毛は……焦げていた…。
森田が居た所は………、
洞窟の奥深い場所であった…。
・・・・!
「何か…聞こえた?」
「…うん?猿の鳴き声だろ?」
「そうか。」
「足、大丈夫か?」
「傷が深くなかったから、大丈夫!」
…Fin
怖い話投稿:ホラーテラー 玄割蠣さん
作者怖話